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コード・オブ・ザ・ワールド ~廃プログラマー、異世界で神のシステムを書き換える~  作者: ネオ・チー


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第08話「ロード・トゥ・キャピタル」

 馬車の内部は、思ったより広かった。


 アリアが用意した王室の馬車だ。革張りのシートに、窓枠の細工が丁寧で、乗り心地が宿場の借り馬車とは段違いだ。外には護衛の騎士が五名、前後に分かれて随行している。


 向かいの席にアリアが座った。


 背筋が一分の乱れもなく伸びている。馬車が揺れても動じない。王族の礼儀として叩き込まれた姿勢なのか、それとも素からそういう人なのか——どちらでも成立しそうな人だった。


「ロジカリスまでの道程は二日です。基本情報の共有を行いたい」


 アリアが開口一番に言った。論理的な人間は情報共有も論理的だ。雑談の枕を挟まずに本題に入れる。これは俺にとって助かる。


「お願いします」


 アリアが懐から地図を取り出して広げた。羊皮紙に細密な地理情報が描かれた、相当に精度の高い地図だ。


「世界の現状を知っておくべきです」


---


 アリアが地図の上を指でなぞりながら説明した。五大国の説明が始まった。


 まず、ロジカ王国。この国のことだ。論理魔法を国是とする中規模の王国で、国是は「理で解けない問題はない」。人口は多くないが技術水準が高く、魔法の体系化と研究において大陸随一とされている。


「次に、ビジュアル帝国」アリアが東の方向を示した。「視覚魔法と映像術式で栄える芸術大国です。光と色彩を操る魔法が発達しており、情報を映像化して伝達する技術は他の四国を圧倒しています」


 視覚情報を魔法でパケット化して送信する国、ということか。現実世界の放送技術に近い仕組みかもしれない。


「データベルグ公国は——知識の蓄積と情報取引で経済を回す商業国家です。この世界最大の図書館を擁し、情報そのものを売買する。知識に価格をつける文化が根付いています」


 情報ブローカーの国か。なるほど、「データベルグ」という名前は伊達じゃない。


「ネットワーク連合は複数の自治都市が情報網で連結された連合体です。中央政府は存在せず、各都市が対等に情報を共有しながら協調している」


「分散型のシステムですね」


「……そう呼ぶのですか」


「中央サーバーを持たず、各ノードが対等に接続している——そういう構造を、私の前世ではそう呼んでいました」


 アリアが少し考えてから「なるほど」と言った。「確かに構造はそうです」


「最後はセキュリア要塞国です」アリアの指が、地図の西端の山岳地帯に移った。「魔法防壁技術の超大国。最も閉鎖的で、外国人の入国を原則禁じています。何十層もの魔法防壁で国土を覆っており、その内側で何が起きているか、外からは把握できません」


「防壁特化の国か。セキュリティ一点突破型」


「……そのような概念で理解されると、理解が早いですね」


 アリアが地図を巻きながら言った。感嘆でも皮肉でもなく、純粋な観察として言っている。


「五大国は表向き、五国協定を結んでいます。大規模な戦争は約二十年ない。しかし実態は複雑な力学です。近年、説明のつかない異常現象がすべての国で報告されています」


「共通の原因を持つ分散したバグ、ということですね」


「その可能性が高い。しかし問題は——各国が協力して調査する体制にない。データベルグは情報を囲い込もうとし、セキュリアは沈黙している。ビジュアル帝国は現象を映像記録しているが、解析はできていない」


「五カ所で同じバグが発現しているのに、デバッグチームが存在しない状態ですね」


「……まさに、そういうことです」


---


 翌日の午前、馬車が森林地帯に差し掛かった頃だった。


 先頭の騎士が手を上げて馬車を停止させた。


「スプライトウルフです!」という声が外から届いた。「複数、森の中——視覚欺瞞を使っています!」


「スプライトウルフ」とはアリアが説明してくれた種族だ。魔法で視覚を欺く狼型のモンスター。姿を消したり、幻影を作ったりして獲物を混乱させてから、本体で仕留める。騎士団でも視覚情報だけで対応するのは難しい相手だという。


「デバッガーズ・アイを使います」俺は言って、視界を開いた。


 森が「コード」として見え始めた。


 木々の位置が点座標として定義される。空気の流れがベクトルデータとして浮かぶ。そして——狼の個体情報が、視覚的な姿ではなく「エンティティデータ」として位置表示された。幻影は`is_illusion: true`のフラグが立っているから、すぐに本物と区別できる。


「右八時の方向に三体」俺は言った。「一体は視覚欺瞞を解いています——本体は直進してきます。残り二体は包囲行動中です。アリアさん、四秒後に正面から来ます」


「了解」


 アリアが馬車の扉を開けて外に出た。その動きが——速かった。


 剣を抜くのが見えた。鞘から刃が抜ける瞬間に、デバッガーズ・アイで彼女のスキルが起動するのが見えた。


```

[条件分岐剣法「イフ・エルス・ブレード」発動]


if (enemy.approach_vector == FRONT):

→ execute(downward_slash, angle: 45deg)

elif (enemy.approach_vector == LEFT_FLANK):

→ execute(horizontal_sweep, pivot: right_foot)

else:

→ execute(defensive_parry, riposte: immediate)

```


 スプライトウルフが正面から飛びかかってきた瞬間、アリアの剣が一直線に振り下ろされた。計算された軌跡で、狼の突進を断ち切る。


 残り二体が側面から来た。アリアの体が、足を軸にして回転した。条件分岐が高速で切り替わり、太刀筋が自動で選択される。騎士二名が追随して後方の個体を押さえた。


 全部で十秒かからなかった。


 アリアが剣を収めながら馬車に戻ってきた。乱れた様子が一切ない。呼吸の乱れすら最小限だった。


「ありがとうございます」アリアが言った。「位置情報が正確でした。助かりました」


「剣技を見ていて思ったんですが」俺は言った。


「何ですか」


「条件分岐剣法のコード——すごく綺麗なんですよ」


 アリアが俺を見た。


「冗長な処理がない。条件の判定から動作の選択まで、無駄な中間処理を挟んでいない。最適化されています」


「……剣技を、コードと呼ぶのですか」


「私の見え方では、そうなっています。あのスキルは、私が見た魔法の中で最も美しい実装の一つです」


 アリアが、少し黙った。


 窓の外の森が流れていく。しばらくして、彼女が小さな声で言った。


「……誰かに褒めてもらったのは、久しぶりです」


「剣技ですか?」


「剣技全般を、ですが——そういう形で、ということが」


 苦笑いとも取れる、微妙な表情だった。


「たいていは『王女らしくない』と言われます。王女が剣を持つのは見苦しい、と。魔法だけを使えと言う人も多い」


「『正義感MAX』で『柔軟性LOW』な人は、周りに合わせることが得意じゃないでしょうから」


 言ってから、俺は少し止まった。


「……あ、失礼。見えてしまっていました」


「……いつから」


「最初から」


 アリアが、わずかに眉を動かした。「私のパラメータを見て、何と書いてありましたか」


「正義感MAX、柔軟性LOW——です」


 沈黙があった。


 そしてアリアが——珍しいことに、少し笑った。笑い、というよりは、何かが緩んだような表情だった。


「……そうですね。自覚はあります」


---


 王都「ロジカリス」に到着したのは、二日目の夕暮れ時だった。


 城壁が圧倒的だった。高さが軽く二十メートルはある白石の壁が、街を完全に囲んでいる。門の上に立つ衛兵が、アリアの旗紋を確認して素早く開門した。


 馬車が城門を通り抜けた瞬間——街の空気が変わった気がした。


 論理魔法の本場の首都。建物の配置が整然としていて、道路が碁盤目状に走っている。魔法灯が等間隔で並んでいる。街の設計そのものが「論理的」だ。


 俺はデバッガーズ・アイで街全体を走査した。


 コードが見える。建物の定義、住民のエンティティデータ、街を流れる魔法エネルギーの循環——


 その瞬間、視界の一点で手が止まった。


 城壁の内側、王城の北翼に向かう方向——


 コードの「劣化」が、始まっていた。


 廃村ほどではない。ほんのわずかだ。建物のテクスチャ定義が、微細なところで欠落している。エンティティの座標データに、ごく小さなノイズが混じっている。「色を失っていく」とアリアが言っていた——デバッガーズ・アイで見れば、コードの精度が少しずつ落ちていく症状として見える。


 廃村と、同じ兆候だった。


 俺は馬車が城内に進む間、一言も言わなかった。アリアが俺の表情の変化に気づいたのか「どうしましたか」と言ったが「少し疲れました」とだけ答えた。


 まだ確信がない。確信のないことを声に出すのは——エンジニアとして、悪手だ。


 でも仕様解析ノートは素早く開いた。


```

バグレポート #003 (暫定)

場所: 王都ロジカリス・王城北翼方向

症状: コード劣化の初期症状

テクスチャ欠落・エンティティデータノイズ確認

※クウォレン村の症状と同一の特徴

進行速度: 不明

緊急度: 要監視

```


 この街が、同じように消えていく前に——


 俺はノートを閉じた。

次回、第09話「冒険者ギルドの洗礼」——戦闘スキルゼロで冒険者登録した蓮に、ギルドのならず者が絡んできた。そして「スタックオーバーフロー」の奥義を持つBランク冒険者・ガルド・スタックとの、奇妙な出会い。

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