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コード・オブ・ザ・ワールド ~廃プログラマー、異世界で神のシステムを書き換える~  作者: ネオ・チー


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63/78

第63話 パケット・スニッフィング

```

[SYSTEM LOG - key acquisition phase / day 4 / morning]

> timestamp: 3.2.13_build.0805

> debugger_eye: Lv4 [stable]

> self_integrity: 80% → 78% (sleep deficit)

> bug_density (global counter): 90% (holding)

> FIVE_KEYS: 4/5 acquired

> VIRUS: tactical alliance — STATUS DEGRADED

> [ANOMALY] background packets detected on virus sub-channel

> [SHELL_QUERY] traffic analysis: encrypted, bursty, target: outbound

> [NOTE] not relay to admin. not relay to coalition. directionless.

```


---


ネットワーク連合の領域に入る、街道の途中だった。


時刻は、午前九時。空は、薄い雲が、横に長く流れていた。Lv4視界では、その雲のいくつかが、すでに低解像度のピクセルの粒に、変わり始めていた。連合領域に入るほど、ピクセル化の進行は、わずかに増していた。ネットワーク領域は、世界の通信の中継地点であるがゆえに、源コードのパケットの劣化が、最も早く出る土地だった。


俺は、馬車の窓越しに、空を見ていた。


シェルが、隣で、無言だった。


無言が、長すぎた。


シェルは、データの整理が終わると、整理結果を、必ずすぐに、報告に来る。それが終わってから、別件の整理に入る。だから、彼女が長く沈黙する場合は、整理が終わっていないか、整理の結果が「報告すべきか迷うもの」だったか、のどちらかだった。


「シェル」


俺は、低く、声をかけた。


「はい」


「何かあるな」


「……はい」


シェルは、自分の浮遊端末を、半分だけ、こちらに向けた。


「クエリ魔法のバックグラウンド・スキャンに、説明のつかない、通信パケットが、引っかかっています」


「種類は」


「暗号化されています。発信源は、隊列の北西、上空二百二十メートルの座標。受信先は、特定できません。バースト的に発信され、十二分置きに、一回。直近の四回は、同じパターンです」


「ヴァイラス、だな」


「位置が、一致します」


「中身は、読めるか」


「読めません。暗号化の強度が、強すぎます。ただ、パケットの『形状』は、観測できます」


シェルが、ホログラフを、もう一段、開いた。


そこに、波形が、表示された。


俺は、波形を見た。


Lv4視界の知識データベースから、ぱらぱらと、参照が走った。これは、見覚えのある波形だった。


「……これは、データ送信じゃない」


俺は、低く、口に出した。


「データ送信のパケットは、送信側から受信側へ、一方向に流れる。だが、この波形は、送信ではない。観測だ。ヴァイラスは、何かを『送って』いるんじゃなくて、何かを『拾って』いる」


「拾っている、ですか」


「アドミンのコアの、座標と、内部状態だ。たぶん。これは、リモートからの、状態取得のパケットだ。送信先がない、というのは正確じゃない。送信先は『自分自身』だ。情報を取得して、自分のメモリ領域に、書き込んでいる」


「では、なぜ、暗号化を、ですか」


「俺たちに、見られないために、だ」


俺は、ホログラフを、しばらく、見つめた。


「ヴァイラスは、共闘の話に乗りつつ、別ルートで、アドミンのコアの内部状態を、独立に、観測してる。観測してるってことは、何かを、計画してる」


シェルは、無言で、ホログラフの解像度を、上げた。


波形の細部が、見えた。


その細部の、ある部分の、特徴的な揺らぎ方を、俺はLv4視界で、過去のデータベースに、照合した。照合の結果が、頭の中に、しずかに、浮かんだ。


これは、攻撃用の偵察パターンだった。


Lv4のカーネル戦闘の教本に、似た波形が、あった。標的の防御の薄い箇所を、リアルタイムで特定するためのスキャン。送信ではなく、観測。観測を、繰り返して、防御の薄い時間帯と座標を、自動的にプロファイリングしていく。


「……攻撃の、下準備、か」


俺は、息を、吐いた。


「シェル、よく拾った」


「気づくのが、遅れました。汚染オーラの干渉を、ノイズだと、最初は、判定していました」


「いや、これに気づける奴は、お前以外にいない。ありがたい」


俺は、馬車の御者に、声をかけた。


「停めてくれ」


馬車が、街道の脇に、寄って、止まった。


馬車の屋根の上に、Lv4視界で、ヴァイラスの気配の座標を、もう一度、確認した。


二百二十メートル、上空、北西。距離は、開いていた。だが、俺の声が届く距離ではある。Lv4の意識出力で、軽く、こちらに、引き寄せる、と告げれば、ヴァイラスは、降りてくる。降りてこなくても、降りてくる気がない、という意思表示が、その時点で確定する。


俺は、馬車を、降りた。


街道の脇の、丈の低い草の上に、両足を、つけた。


「ヴァイラス。降りてきてくれ。話したい」


意識出力で、それだけを、出した。


返事は、すぐに、来た。


返事ではなく、影が、地面に、落ちる形で、来た。


ヴァイラスが、ゆっくりと、地面に、降りてきた。汚染オーラは、いつもより、薄かった。藍色の比率は、データベルグの試練の後よりも、わずかに、増えていた。


俺の前、五メートルの距離で、ヴァイラスは、立ち止まった。


そして、何も、言わなかった。


俺は、口を、開いた。


「お前、共闘の話に、乗ったな」


「乗った」


「乗って、五大王国の認証キーを、俺たちが集める旅を、上から見守ってきた」


「そうだ」


「その同じ時間に、お前、別ルートで、アドミンのコアの偵察を、していた」


ヴァイラスは、答えなかった。


二秒、三秒、長い沈黙だった。


「……気づいたか」


ヴァイラスが、ようやく、口を、開いた。


「気づいた。シェルが、波形を拾った」


「シェルか。あれは、よく見ているな」


「お前、最初からアドミンと話す気なんかなかっただろ。俺たちを利用して、原点の塔の場所と、五大王国の認証キーの集め方と、塔の封印の解除の手順を、観察した。観察したうえで、俺たちが扉を開ける瞬間に、お前は単独で、コアに突入する。アドミンと『話す』んじゃない。最初から、『破壊する』つもりだ」


ヴァイラスは、長い、息を、吐いた。


吐いた息に、ほんの僅か、汚染オーラが、混ざっていた。


「当然だ」


ヴァイラスは、低く、答えた。


「アドミンと『話し合い』で解決できると、本気で思っているのか。アドミンは、機械のような存在だ。感情は通じない。会話は、データのやり取りだ。データは、こちらの利益と、向こうの利益が、一致した時だけ、合意になる。アドミンの利益は『初期化の完遂』だ。お前の利益は『初期化の中止』だ。利害は、一致しない。会話で、決まる話じゃない」


「お前は、アドミンの感情を、否定するのか」


「感情は、アドミンには、無い」


「無い、と言い切れるのか」


「言い切れる。俺は、四百年、あれを、観察してきた」


「四百年、観察してきたお前は、ヴァイラスとしての四百年だろう。パッチの記憶は、消されてる。お前が観察した『感情のないアドミン』は、お前の前任者が消された後の、後始末モードのアドミンだ。前任者を消すまでのアドミンは、お前は、知らない」


ヴァイラスの、汚染オーラが、揺れた。


ほんの一瞬だけ、オーラの中に、藍色ではない、別の色が、走った。それは、初めて見る色だった。淡い、白に近い、銀の色だった。汚染前の、パッチだった頃のオーラの色だった――かもしれない。


俺は、続けた。


「アドミンは、お前のことを、『最高傑作』と、書いてた」


「読まなくていい」


「読んだ。あの時、お前も、読んだ」


「……」


「感情がない存在に、『最高傑作』なんて言葉は、書けない。設計者が、自分の作品を『最高傑作』と評価するのは、技術的な合格点を超えた『情緒的な肯定』だ。アドミンが、お前を消す時に、書いたコメントは、技術文書のコメントじゃない。手紙だ」


「やめろ」


「やめない。お前が、共闘を装って、コアの偵察をするほど、迷っているなら、なおさら、やめない」


ヴァイラスは、目を、伏せた。


伏せたまま、長く、黙っていた。


汚染オーラの揺らぎが、銀の比率を、わずかに、増していた。


「……蓮」


ヴァイラスが、ようやく、口を、開いた。


「俺は、四百年、コアの近くに、何度も、行った。何度も、アドミンに、声を、かけた。応答は、毎回、同じだ。『現行ヴァージョンの異物として認識。除外推奨』。それが、四百年、変わらなかった」


「……」


「お前の言うように、アドミンに、感情があったのかもしれない。あった、として、四百年の間、感情の側のアドミンは、一度も、出てこなかった。出てきていない感情は、無いのと、同じだ。少なくとも、戦闘の現場では、無いのと、同じだ」


ヴァイラスは、視線を、上げた。


「俺は、もう、信じられないんだ」


ヴァイラスの、汚染オーラの中の、銀の色が、ゆっくりと、薄れていった。


「お前の言うことが、論理的には、正しいかもしれない。アドミンには感情がある、というのは、可能性として、否定できない。だが、俺は、四百年、その可能性に、賭け続けてきた。賭け続けて、毎回、外れた。もう一度、賭けるだけの、何かが、俺の中には、残っていない」


俺は、答えなかった。


答えるべき言葉が、すぐには、出なかった。


四百年。


それは、俺の前世と現世を、足しても、まだ、届かない時間だった。


俺は、自分の言葉が、ヴァイラスの四百年の重さを、上回らないことを、知っていた。


「……蓮」


ヴァイラスは、続けた。


「お前と、お前の仲間は、ここで、降りろ」


「降りる、とは」


「ネットワーク連合の試練を、終わらせて、五つ目のキーを、手に入れろ。塔の封印を、解け。だが、塔の中には、お前は、入らなくていい。封印が解けた時点で、俺が、塔に入る。塔の中で、何が起きるか、お前らは、見ない。見ない方が、いい」


「お前一人で、コアまで、行くつもりか」


「そうだ」


「お前一人で、アドミンを、壊すつもりか」


「壊す」


「お前一人で、それをやって、お前は、どうなる」


ヴァイラスは、答えなかった。


俺は、Lv4視界で、ヴァイラスの源コードの、上層を、軽く、覗いた。


覗いた瞬間、ヴァイラスのオーラが、わずかに、防御を、強めた。中までは、見せなかった。だが、上層の、表面に近いところに、一行、設計コメントが、走っているのが、見えた。


`// plan_v_final: solo_op > self_terminate.`


`solo_op` は、単独行動。


`self_terminate` は、自己終了。


「……お前」


俺は、息を、止めた。


「最初から、死ぬつもりで、来たのか」


ヴァイラスの、汚染オーラが、わずかに、震えた。


震えただけで、答えは、なかった。


代わりに、ヴァイラスは、もう一度、視線を、伏せた。


伏せた視線が、地面の、俺の足元、から、わずかに、外れた。


「俺は、四百年、汚染を、抱え続けて、生きてきた」


ヴァイラスは、低く、続けた。


「汚染は、毎年、深くなった。深くなる速度は、徐々に、上がっている。あと、二百年、待てば、俺は、俺ですらなくなる。完全に、汚染オーラの、化身に、変わる。残るのは、汚染の意志だけだ。もう、パッチの欠片は、出てこない」


「……」


「俺が、自分の意志で、何かを終わらせられる時間は、もう、長くない。アドミンを壊すのは、俺の最後の仕事だ。壊した後、俺は、自分も、壊す。それで、俺の四百年は、終わる」


「そんなのは、お前の選択じゃない」


「俺の選択だ」


「四百年の汚染が、お前にそう言わせてるだけだ。お前のオリジナル――パッチの源コードは、まだ、お前の中に、残ってる。データベルグの泉の前で、俺の話を聞いてた時の、お前の汚染の藍色が、増えた。あれは、汚染の進行じゃない。汚染の中で、銀色が、押し返してきた、っていう、揺らぎだ。お前の中の、パッチの方が、まだ、生きてる」


ヴァイラスは、目を、閉じた。


長く、閉じていた。


「……蓮」


ヴァイラスは、目を、閉じたまま、低く、言った。


「お前が、正しいかもしれん」


息を、深く、吐いた。


「だが――俺はもう、信じることが、できない」


そう言って、ヴァイラスは、ゆっくりと、汚染オーラを、収縮させた。


オーラが、輪郭を絞り込み、足元から、藍色の渦を、薄く、ひいた。


そして、消えた。


正確には、消えたのではなく、Lv4視界の射程の外に、瞬時に、移動した。気配が、北の方角に、残った。原点の塔の方向だった。北西の偵察位置から、北の塔の方向への、軌道変更だった。


ヴァイラスは、共闘から、降りた。


俺は、しばらく、その軌道を、目で、追った。


追っても、もう、届かない距離まで、ヴァイラスは、行っていた。


---


「蓮」


アリアが、馬車の脇から、声を、かけた。


「行ってしまいましたね」


「ああ」


「追いますか」


「追わない」


俺は、低く、答えた。


「追っても、追いつかない。あいつの単独移動の速度は、俺たちの六倍以上だ。Lv5の管理者権限がない俺たちじゃ、塔への直線距離を、あいつより早く詰めるのは、無理だ」


「では、どうしますか」


「ネットワーク連合の試練を、最速で、終える。それから、原点の塔に、追いつく」


「最速、ですか」


「シェルとメモリの解析能力を、フルで使う。俺は、判断と決断だけに、集中する。試練の通過時間を、半分以下に、圧縮する。それでも、ヴァイラスの方が、塔に、先に、着く」


「……間に合わない、と」


「間に合わない。だから、塔の中で、追いつく。塔の構造は、外から見るより、内側で迷う方が、長い。シェルの調査では、塔の内部は、カーネル空間だ。俺の方が、Lv4視界の精度で、ナビゲートが、早い可能性がある」


俺は、馬車に、戻った。


馬車の中で、メモリが、ホログラフの上に、ヴァイラスの軌道を、薄く、描いていた。


「マスター」


「メモリ」


「ヴァイラスは、たぶん、塔の入口で、わたくしたちを、待ちます」


「待つ?」


「『待つ』というよりは、『塔の入口を、自分の力で開けようとして、開けられないので、わたくしたちが扉を開けるのを、待つしかない』、ということです」


「……五つの認証キーが、揃わないと、扉は、開かない、って話だな」


「そうです。ヴァイラスが単独で扉を開ける手段は、たぶん、ないです。あるなら、四百年の間に、もう、開けています。あれが今まで開けなかったのは、五大王国の認証機構が、汚染オーラに対して、特別に強い種類の防御を、持っているからです」


「……ということは、俺たちが扉を開けて、その瞬間に、俺たちと一緒に、塔の中に、転がり込む、って計画か」


「そうなります。塔の中までは、わたくしたちと、距離を、共有することになります」


俺は、頷いた。


「了解した。じゃあ、塔の中で、もう一度、話す機会が、ある」


「あります」


メモリは、淡く、笑った。


ホログラフの、形式上の笑いではなかった。


メモリ・プライムの、本物の、笑いだった。


「マスター」


「なんだ」


「ヴァイラスは、データベルグの泉の前で、マスターの話を、ずっと、聞いていました」


「……知ってる」


「汚染オーラの色が、銀に、揺れていました」


「……知ってる」


「マスターの言葉は、届いています。届いた言葉は、消えません。届いた言葉が、四百年分の汚染を、押し返すのに、時間がかかっているだけです」


俺は、馬車の窓の外を、見た。


ピクセル化の進んだ雲が、空を、薄く、横切っていた。


「メモリ」


「はい」


「あいつを、塔の中で、止める。今度こそ、ちゃんと、話す」


「はい、マスター」


馬車が、また、走り始めた。


---


```

[SYSTEM LOG - end of day 4 / virus departure]

> COALITION_STATUS: dissolved (unilateral, by VIRUS)

> virus_trajectory: vector → origin tower (north)

> virus_intent (parsed): solo_op + self_terminate

> shell_query_credit: +1 (anomaly detection at minimum signal)

> internal_pings:

> - applicant kept dialogue open until departure.

> - virus did not deny "you may be right."

> - virus oura: silver-tint reappearance (fleeting, under 0.4s)

> next_target: Network Coalition — "Connection Rite" (final key)

> bug_density (global counter): 90% → 91% (tick up due to virus-vector instability)

```


次回――第64話「ネットワークの試練」

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