第4話「ゴブリン・オーバーフロー」
廃村の調査から三日後。
村に戻ってから、俺はずっと仕様解析ノートを眺めていた。
「バグレポート #001: データ消失エラー(クウォレン村)。優先度: CRITICAL」
書いたはいいが、対処法が何もない。ReadOnlyのデバッガーには、バグを観察することしかできない。歯がゆさを抱えたまま三日が過ぎた。
四日目の朝に、森の番人ギルデンが血相を変えて帰ってきた。
「ゴブリンが——群れてる。十匹以上の群れなんて、この森じゃ見たことねぇ」
嫌な予感がした。
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翌日、報告が来た。二十匹。
その次の日、四十匹以上の目撃情報が重なった。
俺は静かに仕様解析ノートを開いた。
三日前、廃村の帰り道に、近くの森でゴブリンのパラメータを走査したことがあった。その時に見た数値を記録しておいた。
```
Goblin_Scout_0x88A1
spawn_rate: 10000 (expected: 100)
spawn_interval: 0.3sec (expected: 30sec)
population_cap: DISABLED
```
三日前の時点で、すでにこの値だった。
「バグだ」
俺は即座に断定した。
スポーンレートが通常の百倍。スポーン間隔が百分の一。個体数上限が無効化されている。三つのパラメータが異常値を示しているということは、どれか一つのフラグが誤って書き換えられたわけじゃない——意図的に、あるいはシステム的な異常で、複数の値が同時に崩壊している。
「無限ループでゴブリンを生成し続けてる……まずいな、これ」
増殖速度を計算した。今日が三日で四十匹なら、一週間後には三百を超える。二週間後には指数関数的に——
考えるのをやめた。計算するより動いた方がいい。
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村人たちはパニックになり始めていた。
王都に援軍の要請を出したが、「状況を確認のうえ、適切な対応を検討する」という返事しか来ない。辺境の村のゴブリン騒ぎに、王国が即座に動くわけがない。
俺が動くしかない。
エンジニアとして考えた。バグを根本から直すのが最優先だが、今できることは「被害を最小化するワークアラウンド」だ。根本原因を直せない間は、その影響を迂回する策を取る。
村の広場で、ゴッドと村人数人を集めた。
「ゴブリンの行動AI——動き方のパターンを分析しました。視野範囲が狭い。聴覚感度が高い。個体ごとに縄張りを持っていて、その範囲内に侵入した対象を攻撃する傾向がある」
「お前、何でそんなことがわかるんだ?」
猟師のギルデンが疑わしそうに問う。
「仕様書を読んだ、というイメージで」
しばらく沈黙があった。
「……わけわからんが、信じてみるか」
ギルデンが折れた。
俺はゴブリンの縄張りと巡回ルートを紙に書きながら、説明した。「フロントラインの個体を徹底的に叩いて、残りを散らす。群れが崩れれば個別に対応できる。村の入口に罠を並べれば、数の差をある程度埋められる」
元冒険者のバッシュ——引退して十年、腰が少し曲がっているが剣を手放していない老人——が腕を組んで聞いていた。
「罠の素材はある。俺が仕掛け方を教える」
「助かります、バッシュさん」
「ただし」とバッシュは続けた。「これは時間稼ぎだろう。根本を直さん限り、いたちごっこになるぞ」
鋭い人だ。俺は頷いた。
「そうです。ワークアラウンドだけでは追いつかない。でも今夜は、これで持ちこたえるしかない」
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その夜の作戦は、機能した。
罠を仕掛けた森の入口で、群れの先頭集団が足止めされた。バッシュの剣さばきとギルデンの弓が、俺の指示を元にゴブリンを各個撃破していく。
「次は右! 三体が連携しようとしている——間に誰か割り込んで分断して!」
「今! 真ん中の個体がヘイトをそらした! 背後が空いている!」
リアルタイムでゴブリンのAIが読めるのは、やはり強い。どこに移動するか、次の攻撃がいつ来るか、どの個体が群れ行動の中枢を担っているか——全部、コードとして見えている。
日付が変わる頃には、その夜押し寄せた群れを散らせた。
村人たちが疲れ切った顔で倒れ込んでいる。俺も膝に手をついた。
「よくやった」とバッシュが静かに言った。
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翌朝。
また来ていた。
新しい群れが、森の縁に姿を現していた。昨夜より多い。昨夜より近い。
「……増殖速度が昨日より上がっている」
デバッガーズ・アイで走査した数値が、予想よりひどかった。
```
total_active_goblins: 1,847
spawn_rate_today: +743 体/日
population_growth: exponential (係数: 1.6)
```
指数関数的な増加。係数が一・六。倍々ゲームよりは遅いが、このペースが続けば——三日後には数千体になる。
「ワークアラウンドじゃ追いつかない」
俺は仕様解析ノートに書き込んだ。
「バグレポート #002: ゴブリン無限スポーン
現象: スポーンレート100倍 / 間隔1/100 / 上限DISABLED
増殖傾向: 指数関数 (係数1.6)
対処状況: ワークアラウンド(罠・撃退)実施中 → 効果不十分
根本解決: スポーンポイントのコア変数を書き換える必要あり
問題: 現状のLv.1ではREAD_ONLYのため書き換え不可」
ペンを止めた。
ゴッドが部屋に入ってきた。湯気の立つ飯を持ってきてくれた。無言で机に置いた。
「食え」
「……ありがとうございます」
俺が食べている間、ゴッドは窓の外を見ていた。
「いつまで持ちこたえられる、と思う」
老人の問いは静かだった。答えを求めているというより、自分自身に確認しているような声だった。
「このままでは……三日が限界だと思います」
正直に言った。ゴッドは無言で頷いた。
「わかった」それだけ言って出ていった。
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その夜、俺は一人で考えた。
根本を直しに行くしかない。
スポーンポイントを探して、コアに触れる。今まで「READ_ONLY」だったこの目で、コードを書き換える。できるかどうかは——正直わからない。Lv.1の制限がそのままなら、触れても読むだけだ。
でも。
経験値の取得を、俺は確認している。マルの毒を解除したとき、視界に通知が出た。スキルに習熟度が蓄積されているはずだ。
レベルアップの条件は何か。「デバッグを成功させること」だとしたら——今がその機会だ。
廃村のエラーは、まだ手が出せない規模だった。でもゴブリンのスポーンポイントなら——場所は絞れている。コアのコードも想定できる。
「直しに行くしかない。スポーンポイントを探して、コアに触れる」
声に出した。誰もいない部屋に、自分の声だけが響いた。
これまで「書き換え不可」だったこの目で。できるかどうかも分からないまま、覚悟を決めるしかなかった。
翌朝、夜明け前に俺は動き出した。
次回、第05話「初めてのホットフィックス」——スポーンポイントの核心で、蓮は削除するか修正するかを問われる




