表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コード・オブ・ザ・ワールド ~廃プログラマー、異世界で神のシステムを書き換える~  作者: ネオ・チー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/34

第28話 古代の設計書

翌朝、俺は再び禁書の部屋に入った。


今度はメモリだけでなく、シェルも同行を許された。大公が「情報の扱いに長けた者なら構わん」と言ったからだ。シェルの出身地がこの公国であることも、理由の一つだろう。


禁書の部屋に入る直前、大公がシェルを一瞥した。


「クエリ家の末娘か」


シェルは手帳を見たまま答えなかった。大公もそれ以上は言わなかった。何かがあったのだと思った。だが今は——踏み込む場面ではない。


設計書——「源コード・リファレンス」は、分厚い書物だった。全部で三百ページ以上ある。すべてがプログラミング言語で記述されており、俺のデバッガーズ・アイが自動翻訳してくれなければ、ただの暗号文だ。


「読み上げるから、記録してくれ」


「了解です」シェルがペンを構えた。


俺はページをめくった。



設計書の構造は、まさにソフトウェアのリファレンスマニュアルだった。


最初の章はアーキテクチャ概要。世界の層構造が図示されている。



  CODEX WORLD - Architecture Overview

  

  Layer 5: Application (魔法、スキル、NPC行動)

  Layer 4: Environment (自然法則、物理定数)

  Layer 3: Kernel (世界の根幹ルール)

  Layer 2: BIOS (起動・初期化プロセス)

  Layer 1: Hardware (存在の基盤層 - アクセス不可)



「五層構造か」


俺はつぶやいた。一般的なOSのレイヤー構造に似ている。上の層ほどユーザーに近く、下の層ほどシステムの根幹に近い。


「俺が今アクセスできるのはLayer 5——アプリケーション層だ。メモリが言っていた環境変数はLayer 4。カーネルはLayer 3……」


「Layer 2のBIOSとは?」シェルが訊いた。


「Basic Input/Output System——起動と初期化を管理する層だ。コンピュータで言えば、電源を入れた時に最初に動くプログラム。世界で言えば——」


言葉が止まった。


世界の起動と初期化。


つまり——世界を「作り直す」機能が、ここにある。


「初期化プロセスが、BIOSに実装されている……」


シェルのペンが止まった。


「それは——世界を最初からやり直す機能が、設計段階から組み込まれているということですか」


「ああ」


俺は次のページをめくった。



第二章は「エンティティ管理」。世界に存在するすべての「もの」の定義方法が書かれていた。人間、モンスター、植物、鉱物——すべてがオブジェクトとして定義され、属性とメソッドを持つ。


第三章が、俺の手を止めた。



  Chapter 3: Administrative Systems

  

  3.1 Root Administrator

   - Creator and maintainer of World-CODEX

   - Full access to all layers (1-5)

   - Authority: CREATE, READ, UPDATE, DELETE on all entities

  

  3.2 Navigator Programs

   - Auxiliary systems designed to assist Root Admin

   - Count: 7 (seven navigators created)

   - Access: Layer 5, partial Layer 4

   - Purpose: Monitoring, maintenance, data collection

   - Status: [VARIES]



「ナビゲーター・プログラムが……七体」


メモリが震えた。


「七体作られた——私は、その一体です」


「七体のナビゲーターが、世界の監視と保守を担当していた」俺は読み続けた。「それぞれに担当領域がある。メモリ、お前の担当は?」


メモリの瞳の奥で、光が明滅した。記憶が戻りかけている。


「……記憶管理です。世界の履歴データの保存と、過去のバージョンとの差分管理」


「だからメモリという名前なのか」


「はい。他のナビゲーターの名前は……まだ思い出せません。でも——七体いたことは確かです」


「残りの六体は?」俺は訊いた。


メモリが沈黙した。瞳の光が揺れて——消えかけた。


「……分かりません。バージョン1.0のアップデートで——何が起きたのかが」


六体のナビゲーター。生きているのか、消えたのか。それすら分からない。



第四章。ここで、設計書のトーンが変わった。



  Chapter 4: Maintenance Protocol

  

  4.1 Regular Maintenance

   - Scheduled bug fixes and performance optimization

   - Performed by: Root Admin + Navigator Programs

   - Frequency: Continuous

  

  4.2 Version Update Protocol

   - Triggered when: Bug density exceeds critical threshold

   - Process: Full system backup → Data migration →

   Core rebuild → Entity restoration

   - WARNING: Incomplete migration may result in data loss

  

  4.3 Emergency Protocol - Full Reset

   - Triggered when: System integrity falls below recoverable level

   - Process: Complete data wipe → Fresh installation

   - WARNING: ALL CURRENT DATA WILL BE DESTROYED

   - Authorization required: Root Admin ONLY



俺は声に出して読んだ。


シェルのペンが、ゆっくりと止まった。


「バージョンアップデートと、フルリセット——二つのプロトコルがある」


「バージョンアップデートは、データを移行しつつ世界を更新する。フルリセットは——全データ消去からの再インストール」


「その二つの違いは」シェルが訊いた。


「バグの密度だ。バグ密度が閾値を超えたらバージョンアップデート。システムの整合性が回復不可能なレベルに落ちたらフルリセット」


「どちらにせよ」シェルが言った。「現在のデータが——」


「危険にさらされる。バージョンアップデートでもデータ移行が不完全なら損失が出る。フルリセットなら——全消去だ」


沈黙が落ちた。


メモリが小さく言った。


「……前のバージョンアップデートの時。移行は——不完全でした」


俺はメモリを見た。


メモリの瞳に涙はない——AIに涙腺はないだろう。だが、表情には確かに「悲しみ」に近い何かがあった。


「不完全——どのくらい」


「大部分のデータが……初期化されました」


つまり——前のバージョンの住民は、ほとんど消えた。



第五章以降は技術仕様の詳細だった。魔法システムのAPI定義、モンスターの生成アルゴリズム、ダンジョンのサンドボックス実装——有用な情報だが、今すぐ必要なものではない。


俺は最後のページまでめくった。


そして——末尾に、一行だけ記述があった。



  // KERNEL ACCESS POINT: Sealed within the heart of the fortress

  // Authorization: Root Admin credentials required

  // Note: Do NOT expose this location to unauthorized entities



「カーネルアクセスポイント——要塞の心臓部に封印」


俺は読み上げた。


「要塞——セキュリア要塞国のことですか」シェルが言った。


「おそらく。セキュリア要塞国の前身が、世界の最深部への唯一の入口を守る役割を持っていた——そう読める」


シェルが手帳に走り書きした。


俺は設計書を閉じた。そしてもう一つ——読み取っている間に気づいたことがあった。


「シェル」


「はい」


「設計書のコードスタイル——変数の命名規則、インデントの幅、コメントの書き方——記録してあるか」


「はい、パターンとして記録しています」


「じゃあ、これと比較してくれ」


俺はデバッガーズ・アイを起動し、記憶の中からヴァイラスの改竄コードのパターンを呼び出した。王都での防衛戦、道中で修正したバグ——ヴァイラスの手による改竄のコードスタイル。


シェルが二つのパターンを並べて、目を見開いた。


「……似ている」


「ああ」


俺はうなずいた。


「ヴァイラスのコードの書き方——設計書のスタイルに似ている。変数の命名規則が同じ。インデント幅が同じ。コメントの癖まで似ている」


「つまり——」


「ヴァイラスは、設計書を読んだことがある。あるいは——」


俺は言葉を選んだ。


「ヴァイラスも、元はアドミンが作ったプログラムなのかもしれない」


部屋の空気が凍りついた。



その時だった。


メモリが突然、体を折り曲げた。


「メモリ!」


俺が叫んだ。メモリの全身の回路模様が激しく明滅している。データの大量流入——記憶の急速な回復が起きている。


「マスター——思い出しました——」


メモリの声が、途切れ途切れになった。


「ヴァイラスは——かつて——」


光が一段と強くなった。部屋全体がメモリの発する光で白く染まる。


「——英雄と呼ばれた存在でした」


光が収まった。


メモリが膝をつき、荒い呼吸をしている——いや、AIに呼吸は不要のはずだが、負荷回復のためのクーリングプロセスが、呼吸のように見える動作を生んでいた。


「英雄……?」


俺はメモリの肩を支えた。


「はい。遠い昔——世界がまだ若かった頃——英雄と呼ばれた存在がいました。でも——それ以上は——」


メモリの瞳が揺れた。


「名前が……思い出せません。顔も。声も。ただ——英雄だったということだけが……」


記憶はそこで途切れていた。


名前も、末路も、まだ見えない。


だが一つだけ、確かなことがある。


ヴァイラスは——最初から悪ではなかった。




次回、第29話「英雄の残像」——断片的な記憶が語る、もう一つの世界。ヴァイラスが英雄だった時代。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ