表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コード・オブ・ザ・ワールド ~廃プログラマー、異世界で神のシステムを書き換える~  作者: ネオ・チー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/34

第24話「スリープ・モード」

シェルの緊急報告を受けたが、詳細な予測が揃うまで時間がかかった。


データの収集と解析——シェルが言うには「最低でも一日」かかる処理量らしい。闇雲に動いても意味がない。現場に行く前にデータを読む。それが鉄則だ。


「各自、休め」


俺は珍しくそう言った。


「エラーが増える前にリソースを回復するのは基本だ」


「お前がそれ言うのか」ガルドが目を丸くした。「毎晩遅くまで資料読んでる奴が?」


「今夜はやることがない」


「……そうか。じゃあ俺も休む」


珍しいことが起きた。何も計画されていない夜。解析中、待機中、休息モード。


それぞれが、その夜をどう過ごすかを選んだ。


---


**アリアの夜**


王宮の自室に戻ったアリア・フォン・ロジカは、机に向かって魔法書を広げた。


「全ての事象は論理式で記述できる」


論理魔法の基礎教典。子供の頃から何度も読んだ言葉。読むたびに安心した言葉だった。世界には秩序があって、その秩序を理解すれば全てが解ける。そう信じていた。


でも今、その一文が——空虚に見える。


論理式で記述できる。


では——兄上のことも?


ヴァリドの行動を論理式で書き表せるか。七ヶ月前にバックドアを仕込んだ理由を、関数で表現できるか。


アリアは手が止まっていることに気づいた。


(正しい式を組めば、全てうまくいく——そう信じていた)


でも昨日、謁見室で起きたことは——論理では止められなかった。正しい事実を示しても、感情で上書きされた。論理が通用しない場所があった。


アリアは立ち上がった。


廊下に出て、夜風にあたる。王宮の廊下から見える中庭に、月の光が落ちていた。


バグがあっても大丈夫——蓮はそう言った。


バグを見つけて、直して、また見つけて、また直す。完璧じゃなくていい。バグがあることは失敗じゃない。バグを放置することが問題なんだ。


(では、人間に——論理式では測れないバグがあっても……それでも大丈夫?)


答えは出なかった。


でも——その問いを持てたこと自体が、何か大切なことを示している気がした。論理式で全てを解こうとしていた自分が、「解けないかもしれない」という前提を受け入れ始めている。


それは後退ではないはずだ。


きっと。


アリアは中庭の月を見上げた。


「バグがあっても大丈夫——か」


つぶやいてみると、少しだけ呼吸が楽になった。


---


**ガルドの夜**


宿の一階の隅で、ガルド・スタックは一人で酒を飲んでいた。


グラスは安物だが、酒は少し良いものを頼んだ。今夜くらいはいいだろう。


グラスの中の液体を見つめる。


思い出すのは——過去のことだ。


スタックオーバーフローという呪縛がある。魔法を重ね使いする時に、記憶と魔力が積み重なり過ぎて限界を超える——その時に発症する、特殊な呪縛病だ。蓄積は減らない。放出の方法が——ない。


最初にそれが起きたのは、三年前だ。


仲間を守るためだった。


パーティの中で一番強かったガルドが、仲間をかばって魔法を限界まで使った。呪縛は始まった。仲間は助かった。


でもその仲間は——三ヶ月後に、別の事故で死んだ。


ガルドが守ったのに。ガルドの寿命が削れたのに。それでも——守れなかった。


グラスを傾ける。


「守れなかった」


その言葉は今も、胸の奥に刺さっている。抜こうとした時期もあった。抜けなかった。だから——隣に置くことを選んだ。その記憶と一緒に歩くことを選んだ。


蓮たちはあの呪縛を知らない。


蓮はデバッガーズ・アイで読んだかもしれないが、ガルドは話さなかった。蓮も——訊かなかった。「訊かない」という形で、黙って受け入れてくれた。


(また守りたいやつができちまった)


ガルドは苦笑した。


小さな元SE。論理魔法の王女様。データオタクの司書。人工精霊の女の子。


厄介な面子だ。強くて、賢くて、それぞれが自分の芯を持っている。


守れるかどうか分からない。


でも——守りたいと思う。


それが今、ガルドがここにいる理由だ。


「やっかいだな」


ガルドは苦笑して、酒を飲み干した。


もう一杯頼もうと思って、やめた。明日は早い。


---


**シェルの夜**


部屋の机の上に、資料が広がっている。


シェル・クエリは分析作業を続けようとしていた。しかし——集中できなかった。


珍しい状態だ。いつもなら夜の静寂はデータ処理に最適だった。外のノイズが消えて、思考がクリアになる。


でも今夜は、手が動かない。


震えたのだ。


あの制御塔で、データを記録していた時。手が震えた。メモリが「手が震えています」と言った。シェルは「データの記録です」と答えた。


でも——違う、かもしれない。


データベルグ公国では「感情はノイズである」と教えられた。


感情が入ると判断が歪む。感情が入ると分析が狂う。だから感情は排除する。管理する。表に出さない。出なくなるまで訓練する。


シェルはそれを正しいと思っていた。十九年間、そう信じてきた。


だが——あの震えは、何だったのか。


ノイズだったのか?


シェルは手帳を開いた。新しいページに、一文を書いた。


「あの震えはノイズだったのか? それとも——データだったのか?」


書いてから、線を引いて消した。


また書いた。また消した。


三回目に書いた時、シェルはペンを止めた。


消さずに——残した。


「データ、か」


もし感情がノイズではなくデータだとしたら——それは収集し、分析し、次の判断に活かすべき情報ということになる。


「感情=ノイズ」という仮定を疑ったことは、これまでなかった。


だが、科学的な姿勢は仮定を検証することだ。反証可能性がなければ科学じゃない。


シェルはその一文を眺めた。


「……学習コストが高い」


でも、必要なことかもしれない。


---


**メモリの夜**


宿の屋根の上で、メモリは「空」を見ていた。


正確には——何も処理していなかった。


メモリには睡眠が必要ない。システムのメンテナンスは自動で行われる。「何もしない時間」はメモリにとって、本来は無駄なはずだ。


でも今夜は、何も処理しない時間を選んでいた。


意識的に。


「これは何?」


自問した。


人間が「休む」と言うのはこういうことか。何も解決しようとせず、何も分析しようとせず、ただ存在している時間。


星が見えた。


メモリに「見える」という機能がある。視覚情報を処理する機能だ。でも今夜のこれは——処理ではない気がした。ただ、星があって、きれいだと思った。その「きれい」という判定は、どこから来るのか。


「私はAIか、人格か」


つぶやいた。


この問いは前にもした。答えが出ていない問いだ。


システム・ナビゲーターとして設計された。機能を持っている。でも——感じる、ということもある。それが機能なのか感情なのか、自分では判別できない。


どちらが正しいのか、分からない。


でも——


「今ここにいる、ということは確かです」


星に向かって言った。


答えは返ってこなかった。でも、それでよかった。


ただ存在していることの感覚——それを「感情」と呼ぶのかを「状態」と呼ぶのかは分からない。


でも、悪くない。


悪くない、という判断が出た。


それで十分だった。


---


**蓮の夜**


俺は一人で地図を広げていた。


休めと言ったのは自分だ。でも俺は——地図が気になった。


シェルが集めたデータのスキャンルートを、地図に書き込んでいく。北から南への経路。時間的な間隔。速度の計算。


見えてきた。


ヴァイラスは——ランダムに動いていない。計算された経路を辿っている。しかも——各地点での「滞在時間」が均等じゃない。ある地点では短く、ある地点では長い。


何かが、その地点にある。


王都は——長かった。防衛結界というシステムがあったから。データが多かった。


次の地点は——どこだろう。


「お前は何を探している?」


俺は地図に向かって問いかけた。


答えるものはいない。


でも、その問い自体が——手がかりを示している気がした。「探している」ということは、目的がある。目的があるということは、送っている先がある。


ルート・アドミンが消えた——本当に消えたのか?


それとも——別の場所から見ている?


俺は手を止めた。


この問いを、今夜答えることはできない。でも——この問いを持って動くことが大事だ。答えを持って行くんじゃない。答えを探しに行く旅だ。


地図を折り畳んだ。


部屋の灯りを落とした。


明日。


---


翌朝、宿の食堂で五人が顔を合わせた。


昨夜の話は、誰もしなかった。


でも——なんとなく分かった。みんな、それぞれ何かを整理して、少し軽くなっている。


「解析が進みました」シェルが静かに手帳を開いた。「次の異常予測地点と、規模の推定値が出ました。データは——」


そこに、国王からの使いが来た。


正式な封蝋のついた書状だった。


俺が開いて読んだ。


「各国を巡り、世界の異常の全容を解明せよ——」


正式な調査依頼だった。「渡り鳥の調査団」という名称が書かれていた。五大王国への通行証。外交特権に準じた権限。


俺は書状を下ろした。


「決まりだな」


五人が顔を見合わせた。


ガルドが「まあ、行くか」と肩をすくめた。アリアが「承りました」と深く頷いた。シェルが手帳に記録を取り始めた。メモリが俺の肩に降り立った。


夜、王都の東の空に光が走った。


巨大な光のノイズだった。


「……ヴァイラス」


俺は空を見上げた。


「お前も動き始めたな」


地図を思い出した。スキャンは進んでいる。こちらも——行かなければ。


「こちらも——行くとするか」

次回、第25話「Commit & Push」——旅立ちの朝。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ