表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コード・オブ・ザ・ワールド ~廃プログラマー、異世界で神のシステムを書き換える~  作者: ネオ・チー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/37

第15話「王宮の論理」

馬車というものは、思いのほか揺れる。


轍の悪い道を走るたびに車体が跳ね、俺は何度か頭を天井にぶつけた。前世の鉄道通勤が懐かしい——だがここには鉄道がない。あるのは馬と車輪と、不整地の道路だけだ。


ガルドは早速、対角の座席で居眠りをしていた。どういう神経をしているのか、揺れる馬車の中でも十分もたずに寝息を立てている。アリアは窓の外を見ながら、背筋を完全に垂直に保って座っていた。王女として染み込んだ姿勢の習慣というのは、移動中も解除されないらしい。


俺の隣——メモリが目を閉じたまま静かに座っていた。


眠っているのではない。瞼の裏で回路模様が動いているのが、近距離だとかすかに透けて見える。何か処理している。


「——正常範囲の活動です。ただ思考処理中です」


俺が何も言っていないのに、メモリが口を開いた。


「気になりましたか?」


「少し」


「……処理している内容を言語化すると、」メモリはわずかに間を置いた。「'自分がなぜここにいるのか'の検証です。合理的な理由が複数存在しますが、優先順位の計算が収束しません」


俺はそれを聞いて、少し考えた。


「それは論理の問題じゃなくて、気持ちの問題じゃないかな」


メモリは何も答えなかった。


目は閉じたまま。口も閉じたまま。ただ、回路模様の動きがわずかに変わった気がした——確認のしようがないが。


王都ロジカの正門を馬車がくぐると、廷臣たちの視線が集まった。


調査隊の帰還と、ダンジョン攻略の報告——その知らせは先行便で届いていたらしく、案内役がすでに待機していた。整然とした礼と誘導。ロジカ王国の役人は、仕事が早い。


王宮の石畳を歩きながら、デバッガーズ・アイで建物を見る習慣が抜けない。


```

[STRUCTURE: ロジカ王宮]

魔法術式: 324件稼働中

レガシーコード比率: 71%

最終大規模改修: 312年前

未パッチの非推奨処理: 18件

潜在的不整合: 複数箇所

```


「……レガシーコードだらけだ」


思わず口から出た。


「王宮の魔法は千年以上の歴史があります」


すぐ隣でアリアがわずかに硬い声で言った。


「歴史があることはわかります」俺は慎重に言葉を選んだ。「ただ、保守されていない。術式のいくつかは、実質的に機能不全に近い状態になっています。三百年間のツケが積み重なっている」


アリアが黙った。


否定も肯定もしない沈黙だった。心当たりがあるのだろうか、それとも反論の言葉が見つからないのか——どちらにせよ、彼女が思っていたよりは深く刺さったようだ。


謁見の間は圧倒的だった。


天井まで三十メートル。黄金の柱が左右に十二本ずつ並び、先へ進むほど空間が広がっていく設計だ。最奥の玉座には、白髪交じりの老人が座っていた。


ロジカ八世。


この国の国王は、座っているだけで存在感がある。老いた体躯なのに萎縮した印象が全くない。全身から発する重力が違う。目だけが——異様に若かった。七十代の老人の目ではない。三十年は矍鑠とした光を帯びた目で、真正面から俺たちを見ていた。


アリアが前に出て報告を始めた。


ダンジョンの異常、デッドロック構造の解析、リカーシブ・ドラゴンの討滅、ストレージユニットの発見、メモリの起動、そしてウイルスコードの除去と全体汚染の発見——順を追って淡々と述べていく。王族の教育を受けた人間の報告は、情報の整理が体系的で、無駄がない。


俺は補足として口を挟んだ。専門的な部分だけ。技術的な説明を平易に言い換えながら。


国王は一言も発せず、最後まで聞いていた。


「——よく理解した」


全ての報告が終わった後、国王は静かに言った。


「源コードへの意図的な改竄。我々の術師では観測すら困難だが、お前の目には見えると」


「はい、陛下」


「功績として、これを認定する」


短い言葉の後に、典礼官が称号の授与を読み上げた。


「特務調査官」。王国内の全施設への立ち入りと情報請求の権限が与えられる称号だ。調査に際して必要なリソースへのアクセスが、公的に保証されることになる。


礼を述べようとした、その瞬間。


「辺境出身者が王宮の称号を」


声がした。


柱の影から現れたのは、俺より若干年上と思しき青年だった。整った顔立ちに、しかし感情を遮断したような目——仮面のように何も通さない目だ。装束は王族のものだが、剣士の筋肉をしている。


デバッガーズ・アイが反応する。


```

[PERSON: ヴァリド・フォン・ロジカ]

種別: 人間

職業: 王子/魔法剣士

Lv: 36

personality:

pride: 96

ambition: 88

empathy: 21

intelligence: 73

```


第一王子。


`empathy: 21`。数値を見なくても、雰囲気でわかった。


「時代も変わったものだな」とヴァリドは続けた。「アリア、お前の推薦か。相変わらず変わり者を好む」


「ヴァリド兄上」


アリアの声に、ほんの微かに緊張が滲んだ。普段の彼女とは違う、家族の前で生まれる独特の緊張だ。


「変わり者かどうかは、実績で判断するべきでしょう」


「実績? ダンジョン一つか」


ヴァリドは半歩進んだ。


「王国の政治はもっと複雑だ。ダンジョンを一つ攻略できたからといって、王宮で権限を持てると思うのは早計でしょう。——特に、能力の検証ができない者は」


「検証できない?」


「お前のコードとやらを読む目、他の誰かが確認できるのか? 自己申告だけで担保された能力に、どれほどの信頼性があると言うのだ」


俺は黙って聞いた。


反論したい気持ちはある。でも、ヴァリドの言っていることは論理的には正しい。俺のデバッガーズ・アイで見えているものは、俺以外には見えない。第三者による検証が不可能な情報を証拠として扱うことには、確かに問題がある。


前世でも同じタイプの上司を知っている。自分が理解できないものを存在しないと判断する人間。その手の人物と議論しても消耗するだけだということも、経験上わかっている。


「ヴァリド殿下のご指摘は理解します」


俺は静かに答えた。


「ただ——ダンジョンの暴走が解除されたこと、Aランクパーティが全滅したダンジョンを攻略できたこと、これらは調査隊の全員が目撃した事実です。原理の説明が難しくても、結果は変わりません」


「結果がお前の言う説明を証明することにはならない」


「その通りです。証明にはなりません」


ヴァリドが眉を上げた。


反論を期待していたのだろう。肯定されると逆に動きにくい——そういう場合がある。


「ただ今後の調査で、より多くの証拠を積み重ねていきます。殿下が懸念されるのは当然ですので、その結果でご判断いただければ」


ヴァリドはしばらく俺を見ていた。その目が、何かを計算していた。


「道具は、使う人間によって価値が変わる」


最後にそう言い残して、踵を返した。


「その点をよく弁えるように」


石の廊下に足音が消えていった。


「なんか感じ悪いな、あいつ」


ガルドが小声で言った。


「王子です」


アリアが疲れた顔で答えた。「兄なのです」と付け加えるかどうか迷って、やめたような顔をしていた。


謁見の間を出る前に、王宮魔法師団長が近づいてきた。


「桐島殿、少しよろしいですか」


「はい」


「各地からの異常現象の報告書です。我々では原因の特定ができず……」


厚い封筒を手渡された。


「できる限り確認します」


宿舎に通されたのは夕方だった。


王宮附属の宿泊施設は広く、清潔で、調度品が重厚だった。石造りの床と天井が前世のホテルとは全く異なるが——ベッドがあり、机があり、灯りがある。十分だ。


夜、ガルドとアリアが別室に引き取った後、俺は机に封筒の中身を広げた。


メモリが傍らで椅子に腰かけ、目を閉じている。処理中か、それとも休眠か。


「一緒に見ます、マスター」


閉じたままの目で、メモリが言った。


「頼む」


報告書に記載された事例は四十二件。「空間反転」「物体の質量消失」「時間の局所的な乱れ」「生物の挙動異常」「魔法術式の自発的な書き換え」——多様な現象だが、どれも従来の魔法理論では説明がつかないとされている。


メモリの `data_processing_extreme` が動き始めた。俺が報告書の内容を読み上げると、彼女が即座に分類し、パターンを抽出していく。


三十分後。


「見てください、マスター」


メモリが宙に地図を展開した。


四十二件の発生地点がプロットされている。発生日時も付記されている。俺はそれを眺めた。


「——違う」


思わず立ち上がった。


「どうしましたか?」


「ランダムじゃない。発生地点を見ろ——規則的だ。時間軸でソートすると」


メモリが地図を時系列順に並べ直す。点が北東から順番に灯り、南西に向かって広がっていく。等間隔に、規則的に。


「発生間隔は?」


「平均で十二日。最大偏差三日」


「影響範囲のサイズは各事例で?」


「均一ではありませんが——段階的に拡大しています。最初の事例は半径三十メートル。最新の事例は半径二百メートル」


俺は黙って全体を見た。


発生地点、発生時刻、影響範囲。全てにパターンがある。


「これはランダムな破壊じゃない」


呟いた。


「段階的に規模を拡大しながら、北東から南西へと順次実施している。均一な間隔で、計画的に——これはシステムを意図的に負荷テストしているんだ」


「負荷テスト?」


「本来は許可を得た環境で行うものです。システムが限界でどう振る舞うかを意図的に検証するテスト——破壊テスト(Destructive Testing)だ。誰かがこの世界のシステムの限界を計測している」


メモリの回路模様が止まった。


一瞬だけ、完全に止まった。


「限界を計測している……」メモリがゆっくりと言った。「それはつまり——世界を壊すためではなく、壊れる前に限界を知るために?」


「可能性の一つはそうだ」


「その場合、目的は——」


「まだわからない」


俺は地図を見続けた。


北東から南西に向かう、計画的な調査の軌跡。この世界のシステムを誰かが解析している。俺と同じように——あるいは俺以上の権限で、世界のコードを読める誰かが。


メモリが小さな声で言った。


「マスター。これは……私が眠る前から始まっていた可能性があります」


「どういう意味だ?」


「私が格納される前の最後の記録の中に——世界のコードが外部から読み取られている痕跡がありました。当時は原因がわからなかった。でも今のデータと照合すると——」


「同じパターンだ」


「はい」


部屋が静かだった。


灯りが揺れている。メモリの瞳の回路模様が、低い速度でゆっくりと動いている。


俺は深く息を吐いた。


「誰かが、この世界のシステムの限界を計測している」


もう一度声に出して確認した。


「計測が終わった後、何をするつもりかはわからない。でもこれだけは確かだ——このままにしておくわけにはいかない」


メモリが俺を見た。


「マスター、私の整合性は現在四十七パーセントです。全力ではありません。でも——」


「一緒に動いてくれる?」


メモリはすぐに答えなかった。


二秒、三秒。


「……はい」


それだけ言った。


それで十分だった。

次回、第16話「ファースト・コンタクト」——調査の中で初めて、この世界のコードを操る「別の何か」の存在を感知する。破壊テストの実行者は——何者だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ