第一章・前編「鋼鉄の味、黄金のスープ」
これは起こりえたかもしれない、ifの話です。
作品世界の前提知識が必要な部分が非常多くありますが、ご了承いただければ幸いです。
また、初投稿につき拙い部分が目立つかもしれません。申し訳ございません。
【主な登場人物】
■ 88の男(The 88 Man)
「俺の手から、鉄の臭いが消える日は来るのか」
役割: 過去を背負う料理人 / 元・ガンスミス
紹介: かつてはウェイストランドで指折りの銃器職人、そして自らもガンマンだった男。 しかし、ある悲しい過去をきっかけに「殺しの道具」を作ることを止め、料理人として生きることを決意した。身につけているのは身を守るための最低限の銃と、「遠い異国の島国」から渡ってきた白いエプロンだけ。 鉛と硝煙の味に絶望した彼が、荒野の果てに求めた「聖域」とは——?
■ フォークス(Fawkes)
「そのスープからは……文明の匂いがする」
役割: 哲学する怪物
紹介: 黄色い皮膚と巨体を持つ、多種族「スーパーミュータント」。 本来なら理性を失い人間を喰らうはずの種族だが、彼はボロボロのVaultスーツを纏い、孤独に荒野を歩いている。 彼が求めているのは、血の滴る肉ではなく、失われた「理性」と「対話」。 料理人の男と出会った時、奇妙な旅が幕を開ける。
■ 少年レイダー(The Boy)
「よこせ! 殺してやる!」
役割: 飢えた引き金
紹介: 廃墟の図書館に潜む、名もなき少年。 彼が握りしめた粗末なパイプピストルが、88の男の運命を決定的に変える「最悪の引き金」となる。
第一章・前編「鋼鉄の味、黄金のスープ」
キャピタル・ウェイストランドの夜は、死そのもののように静かで、そして冷たい。 崩落したハイウェイの残骸が、巨大な墓標のように放射能の霧を纏って聳え立っている。ガイガーカウンターが刻む乾いたクリック音だけが、この世界がまだ緩やかに腐敗し続けていることを告げていた。
その高架下、風を避けるように設営された小さな野営地に、男が一人座っていた。
男の目の前には、キャピタル・ウェイストランドにおいて「富」の象徴とも言えるAER9レーザーライフルが転がっている。 男の手つきは慣れていた。まるでピアノの鍵盤を叩くように、複雑な光ファイバーの結束を解き、集束クリスタルを無造作に引き抜く。かつてなら、彼はこの美しい機関部の狂いをコンマ数秒で修正し、誰かの頭蓋骨を焼き貫くための「完璧な光」を生み出していただろう。
だが今、彼が求めているのは殺人光線ではない。
「……着火剤には、こいつが一番だ」
男は取り出したマイクロフュージョン・セル(MFC)の被覆を、ナイフの切っ先で器用に剥いだ。 内部の反応液が空気に触れ、青白いスパークが走る。彼はそれを、積み上げた枯れ木と廃材の中に放り込んだ。
バチッ! 瞬間、強烈な熱エネルギーが木片を焦がし、爆発的に赤い炎が燃え上がった。 数千キャップの価値がある弾薬を、ただスープを煮込むための種火として使い捨てる。B.O.S.のナイトが見れば卒倒し、スカベンジャーなら発狂するであろうその冒涜的な行為に、男は微かに口元を歪めた。
「高くついた火だ。……いい仕事をしてくれよ」
男はクリアフレームのサングラスをかけ直した。 揺らめく炎が紫色のミラーレンズに反射し、レンズの奥にある瞳を、誰からも隠し通していた。
彼は道具袋から、丁寧に研がれた包丁を取り出した。 そのグリップには、銃器の滑り止め加工が施されている。彼にとって、銃を捨てることはできても、指先に染み付いた「鉄の感触」までは捨てられなかったのだ。
トントントン……。 静寂な廃墟に、野菜を刻む律儀な音が響き始めた。
かつて彼は、「完璧な銃」を作れば、それで誰かを守れると信じていた。 だが、どれほど精密に調整されたトリガーも、放たれた弾丸を止めることはできない。彼の整備した銃は、確かに敵を殺したが、それ以上に多くの悲劇を生み出し、冷たい死体を量産しただけだった。
『壊れたものを直すのは飽きた』
ある雨の日、彼は作業台の上の図面をすべて焼き捨てた。 銃は冷たい。だが、スープは温かい。 銃は命を奪うが、食事は——たとえ一瞬であっても——生きる理由を与えることができる。
「……火が強すぎるな。これじゃあ、キャロットの甘みが逃げる」
男は独りごちると、使い込まれた木製のスプーンで鍋を優しく撫でた。 鍋の中では、バラモンの干し肉と野菜が、とろりとした黄金色の小宇宙を作っていた。エプロンに書かれた「STEAK 88 HOUSE」の文字だけが、彼が選んだ新しい人生の証明だった。
ズゥン……。
大気を震わせるような重低音が、包丁のリズムを断ち切った。 地面が微かに揺れ、鍋のスープが波紋を作る。 足音だ。それも、人間のものではない。もっと重く、圧倒的な質量を持った何かが近づいてくる。
男はスプーンを止めたが、立ち上がりはしなかった。 紫色のミラーレンズが、炎の向こうの闇を冷静に見据える。
闇の中から現れたのは、悪夢そのものだった。 身の丈3メートルを超える巨体。放射能で変異した緑色の皮膚。引き裂かれたVault 87のジャンプスーツ。 スーパーミュータント。 だが、その目は他の同族のような狂気ではなく、深く絶望した哲学者のような静けさを湛えていた。
フォークスと名乗るその巨人は、焚き火の明かりが届く境界線で立ち止まった。
「……人間よ」
フォークスの声は、錆びた鉄扉がきしむような音色だった。
「なぜ、武器を手に取らない? お前の足元には、まだ使えるライフルの残骸があるはずだ」
男は、分解されたAER9を一瞥もしなかった。
「あれはもう銃じゃない。……ただの、鉄屑だ」
男は鍋から視線を外さずに答えた。
「それに、あんたからは『鉄の味』がしない。……血と硝煙の匂いはもう嗅ぎ飽きたんでな」
フォークスは呆気にとられたように目を見開いた。 200年近い幽閉と孤独。同族からは「失敗作」と蔑まれ、人間からは問答無用で銃撃されてきた彼に、背中を見せて料理を続ける者がいるとは。
男は歪んだ金属のボウルを手に取り、鍋からたっぷりとスープをよそった。 立ち上る湯気が、殺伐とした夜の空気を柔らかく変えていく。
「座れ、巨人。図体がでかい分、腹も減るだろう。……今日のスープは、少し自信作なんだ」
差し出されたボウル。 フォークスは、震える巨大な指先でそれを受け取った。 温かい。その熱は、分厚い皮膚を通して、凍りついた彼の心の芯まで届くようだった。
「毒見が必要なら、私が先に食うが?」
男はニヤリと笑い、紫色のレンズ越しに巨人を試すように見つめた。 フォークスは首を横に振ると、不器用な手つきでスープを口に運んだ。
その瞬間、巨人の時間が止まった。 バラモンの旨味、野菜の甘み、そして隠し味のスパイス。それらが複雑に絡み合い、彼の脳裏に、人間だった頃の遠い記憶——暖炉の火、家族の笑顔、クリスマスの夜——を鮮烈に呼び覚ましたのだ。
「……ああ……」
フォークスの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。 それはスープの中に落ち、静かな波紋を広げた。
「……美味いか?」
「……ああ。……私が生きてきた長い時間の中で、……一番、温かい」
男は満足げに頷くと、再び鍋をかき混ぜ始めた。 紫色のミラーレンズには、涙を流してスープを啜る孤独な友の姿が、鮮やかに映し出されていた。
「なら、おかわりはあるぞ。……夜はまだ長い」
キャピタル・ウェイストランドの片隅で、元ガンスミスの料理人と、詩を愛する巨人の奇妙な晩餐が始まった。 それは、後に語られる「88の男」の伝説が、最初の火を灯した瞬間であった。
読了、お疲れさまでした。
お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、88の男が身に着けているエプロン。
これは、私が気に入ったある食事処の前掛けから着想を得ました。
他者から奪うことを拒否した、悲しき料理人がウェイストランドを旅していく。ただそれだけの物語ですが、面白そうではある。そう思ったのを覚えております。
この続きも書き上げてはおりますが、ゆっくりと推敲などしつつ投稿できたらと思います。
ありがとうございました。




