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幸せな家族

「エレナ様。ユリシーズ王子がいらしております」

「まあ、こんな時間に?」

 深夜とは言わないが、もう寝ようかという時間になって、ユリシーズ王子が訪ねてきたらしい。

 こんなことはもちろん初めてだった。

 ユリシーズ王子が信頼できる人物だと選んでくれた執事に案内されて、ユリシーズ王子が待つホールへと急いだ。


「お待たせいたしました、ユリシーズ王子」

「……いいや。こんな時間にすまない」

 最近のユリシーズ王子にしては、随分しおらしい態度だ。

 やましいことを隠しているかのように、少し挙動不審なユリシーズ王子は、舞踏会に着ていくような煌びやかな服装をしていた。

 ――ああ、そういえば今日はモルヴァン公爵の孫娘の誕生日か。ということは、今日は誕生日パーティーがあったのね。

 騎士時代の知識を引っ張り出す。

「何かあったんですか」

 こんな時間に訪ねてくるほどだから、よほどのことがあったのだろうと聞いてみる。

「……ああ。実は……」

 しばらく迷うようにキョロキョロ視線を動かした後、ようやく決意したように話し出したユリシーズ王子。

 いたずらしたことを告白する時のユリスに似ていて、笑ってしまいそうになった。


「ユリスが俺の子だと、社交界で宣言してきた」

「えええ!?」

 ど、どういうことなんでしょう。

 いきなり? もうすぐ準備が整うと聞いていたけれど、もう言ってよくなったということだろうか。

 いや、ユリシーズ王子の様子を見る限り、言っちゃいけないことを言っちゃった感じがする。

 それよりも、ユリスがユリシーズ王子の子だと、いつ知ったんだろう?

「リオネルにはリヒタール侯爵の娘との縁談がある。だから悪いが俺の子ということにさせてもらう。異論は認めない」


 あ、まだ気が付いていないのね。


 ――ユリスが自分の子だと気が付いていないのに、『ユリスは俺の子だ!』ってやったのか。リオネル王子が以前、ユリシーズ王子ならやりかねないって言ってたけど、その通りだった。さすが弟。


「ユリシーズ! きてたんだね」

「ユリス!」

 もう寝ていたはずのユリスが、異変に気が付いたのか起きてきてしまった。

 駆け寄るユリスを、ユリシーズ王子がガシっと抱きしめる。まるで誰にも取られないぞとでもいうように。

「ユリス。今日から君は俺の子だ」

「ほんとに!?」

 ユリシーズ王子の言葉に、抱き上げられたユリスの表情が、花が咲くように明るくなる。

「もう宣言してきたから。引き返せないからな! エレナは俺の妃にするし、ユリスは俺の子だ。二人のことを世界一愛しているのは俺なんだから、俺が父親だ。文句あるか!」


 なんでだろう。

 ユリシーズ王子が、またキラキラと輝いて見える。

 だけど視界が滲んでしまって、彼とユリスの姿がはっきりと見えないのが残念だった。

 慌ててポケットからハンカチを取り出し、視界が悪い原因である涙を拭きとる。


「エレナ、もう言っていいよ。リヒタール侯爵との話が正式にまとまったから。5年間待たせたね」

 すぐ横に立っていたリオネル王子がそう言った。

 いつの間に来ていたのか、全く気が付かなかった。騎士失格だ。

 だけどそんなこと気にしていられない。

 私はユリスを抱きしめるユリシーズ王子に走り寄って、思いっきり飛び着いた。

「ぐぇっ」

 力加減を間違えて思いっきり抱き着いてしまい、一瞬だけ苦しそうにするものの堪えるユリシーズ王子。

 もちろんユリスのことはしっかりと抱きしめて、落とさない。



「エレナ。もう俺は決めたからな。これからユリスは俺の子として育てる」

「はい」

「悪いがもう決めた。君が泣くほど嫌がってもだ。リオネルは婚約者の令嬢以外を娶るつもりはないと言うから……」

「違います。嫌で泣いているのではありません。嬉しくて」

「嬉しい?」

 まだ状況が分かっていない様子で。だけど私たちのことをガッシリと抱え込んでいるユリシーズ王子。

 こんなに可愛くて愛しい人は、世界中を探しても他にいない。

「ユリスは本当にあなたの子です。ユリシーズ王子」

 こんなことを言ったら、ますます怒られるだろうか。だけどきっと、絶対にユリスのことは大事にしてくれる。

「なん……だと? いやそんなはず……だっていつ……」

 信じられないというように、ブツブツつぶやくユリシーズ王子。

 心当たりがないのだろうから、当然の反応だ。

「私が失踪する3か月ほど前の舞踏会の日、他国の令嬢に怪しい薬を盛られたのを覚えていらっしゃいますか」

「ああ」

「その時に」

「…………夢だと思っていた。いつも見ている夢だと」

「いつも見ている?」

「いや、違う。なんでもない」

 なにやら動揺した様子のユリシーズ王子。

「でもあれは確かに、やけにリアルで……本当に?」

「はい。あなたがユリスの父親です」



「よっしゃーーーーーーー!!!!」



 ユリシーズ王子が一国の王子とは思えない雄たけびを上げる。

 騎士学校時代には平民も数多くいたので、親しい人の前ではたまにこういうところがある。

「ユリス、これから俺が君の父親になってもいいかい」

「うん! うれしい」

「よかった。リオネルのほうがいいと言われたらどうしようかと思った」

「リオネルはぼくのお父さまじゃないってしってたから。ユリシーズがボクのお父さまで、うれしい」

「ああ。お父様も、ユリスが息子で嬉しいよ」

 大はしゃぎのそんな二人のやり取りに、視界がまたぼやけてきてしまう。


「エレナ」

「はい」

「結婚しよう。今すぐに」

「はい」

 そう答えると同時に、ユリシーズ王子に口づけられていた。

 こんな幸せがあっていいのだろうか。

「いやいや、今すぐはさすがに無理だから」

 遠くからリオネル王子の、冷静なツッコミが聞こえた気がした。



「あー……エレナと一夜を共にした男がこの世にいるだなんて、気が狂いそうだった。リオネルだと思ってなきゃ殺してた」

「……ご自分ですが」

「覚えてないから、自分でも憎らしい」

「じゃあ、ちゃんと覚えている時にしないとですね」

「ぐふぅっ」




 親子3人が抱きしめあう様子を、少し離れたところからリオネル王子が眺めていた。


 突然子供ができて、それから5年もかかってしまったけど、それがなければこの二人が結ばれることはなかっただろう。

 そう考えると、薬を盛ってくれた令嬢には感謝したいくらいだった。

 父上も母上も、兄上とエレナが愛し合っていることをご存じで、ずっとなんとかしてあげたいと思っておられた。

 しかしそれは容易なことではない。

 なにより本人たちが、その責任感の強さから、お互いに立場をわきまえ、諦めていた。あんなきっかけでもない限り。

 5年もかかって、なんだか兄上がすっかりやさぐれたりしちゃったけれど。

「それにしても、最後の最後で自分で良いところ持ってくんだもんなー。兄上には敵わないよ」

 結局全てを手に入れた兄を、羨望の眼差しで見る弟王子。

「リオネル! お前も5年間、ありがとう!」

「りおねる~!」

「うわあ!」


 そんな彼も、幸せな親子に飛びつかれて、もみくちゃにされるのだった。



連載版「久しぶりに会った正統派王子が、すっかりやさぐれていました」を最後までお読みいただきありがとうございました。

短編を久しぶりに小説家になろう様に投稿させていただいて、やっぱり楽しいなとなって、ノリノリで続きを書いてしまいました。

楽しかったです。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

いいねや感想、ブクマや評価、なんでも嬉しいです。よろしくお願いいたします!

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