モルヴァン公爵とリヒタール侯爵
モルヴァン公爵家の孫娘の誕生日パーティーに、リオネルはブランカ嬢を伴って出席していた。
お互いに愛しそうに寄り添いあう二人を見ながら、俺は複雑な心境で一人立ち尽くしていた。
「やあ、ユリシーズ王子。うちの自慢の孫娘のためにきてくれて、ありがとう」
「……モルヴァン公爵。本日はお招きいただきありがとうございます」
モルヴァン公爵の後ろには、今日の主役である孫娘、セリーヌ嬢も控えていた。
期待に満ちた表情で、俺から言葉を掛けられるのを待っている。
「セリーヌ嬢、お誕生日おめでとうございます。この一年が、あなたにとって実り多く、幸運に満ちたものとなりますように」
挨拶だけして去りたかったが、さすがにそうもいかないだろう。
今日の主役をダンスに誘わなければいけない。
「ああ、そういえばユリシーズ王子。最近面白い話を小耳に挟んだのですが」
「……なんでしょう」
モルヴァン公爵がわざとらしいほど声を潜めて、耳元に囁いてくる。
嫌悪感で、反射的によけてしまいそうになるのをこらえた。
「いやあ、あのリオネル王子に、まさか隠し子がいるとはね。聞いた時は、私も耳を疑いましたよ。なんでも何年も前から女を囲っていたとか。せっかくリヒタール侯爵家との縁談がまとまろうとしている時に、相手は王宮にまで押しかけてきているというじゃないか」
――なぜそれを知っているんだ!?
信頼できる者だけに、エレナたちの身の回りの世話をさせていたはずだった。
もちろん細心の注意を払って、秘密が漏れないようにしていたというのに。
モルヴァン公爵に味方する者が、王宮内にも入り込んでいるのか。全てを防ぐことはできなかったか。
「私も王家の端くれですからね。もちろん、秘密は守らせていただきますよ。あのように幸せそうな若者たちの恋路を邪魔するのは可哀そうだ。ああそうそう、ユリシーズ王子に一つお願いがあるのですが」
「……」
平静を装いつつ、必死になって打開策を考える。
これは脅しだ。リオネルの結婚直前に、隠し子がいることをバラしてもいいのかという。
ここでモルヴァン公爵の言うことを聞いては、王家の立場がなくなってしまう。
王太子である俺が、脅しに屈することは決してあってはならない。
エレナへの扱いに対して思うところがあるものの、何年も前から付き合っていたという、幸せそうなリオネルとブランカ嬢の邪魔はさせたくない。
どうしたらいいんだ。
「その子供と言うのは、リオネルの子ではない。俺の子だ。リオネルは俺をかばって、自分の子ということにして面倒を見てくれていただけだ」
気が付いた時には、口からそんな言葉が飛び出ていた。
「……なんですと?」
「その囲っている女というのは俺の恋人で、隠し子と言うのは俺の大切な息子だ。身分差があって今まで公にできなかったが、バレてしまったのならば仕方ない」
周囲がざわついている。
俺の言葉に、パーティーに招待されてきている多くの貴族たちが、驚愕の表情を浮かべている。
「俺はその二人のことを、心から愛している!」
パチ パチ パチ パチ
静まり返るパーティー会場に、一人分だけの拍手が鳴り響いた。
その拍手をしながらゆっくりとこちらへ近づいてくるのは……。
「リヒタール侯爵……」
「ユリシーズ王子。リオネル王子から話は聞いていましたが、その女性を本当に心から愛しておられるのですね」
「ああそうだ」
全てを見透かされそうなリヒタール侯爵の目から、少しも目を逸らすことなくそう答えた。
俺は嘘をついている気は一切なかった。
リオネルが、ブランカ嬢を一番に大切にするなら。
エレナとユリスのことが一番でないというのなら、俺がもらったっていいだろう。
「素晴らしい。あなたのその心意気に感動いたしまいた。かねてからのお約束通り、私がその女性の後見人になりましょう。予定より少し発表が早くなってしまいましたが、社交シーズンの最初に発表できて、かえって良かったかもしれない。モルヴァン公爵、貴重な機会をいただきありがとうございます」
「な、なん……そんなはずは……話がちが……」
「いえいえ。さすがモルヴァン公爵、全てお見通しで、陰ながらご協力いただいていたのですね」
リヒタール侯爵の話を聞いていたら、まるでこれが当初の予定通り、完璧に脚本通りに事が進んでいるような気になってくる。
「リオネル王子とうちのブランカとの縁談もまとまって、嬉しいこと続きだ。今後ともわがリヒタール侯爵家は、微力ながら王家を支えていく所存です。ねえ、モルヴァン公爵」
「……あ、ああ」
「感謝する。モルヴァン公爵、リヒタール侯爵」
友好国とのつながりのできたリヒタール侯爵家と王家。
その二つを一気に敵に回す気は、モルヴァン公爵にもないようだった。




