リオネル王子の婚約者
5年間ずっと探していた自分の護衛騎士を見つけだしてから、1か月。
エレナとユリスを迎え入れる離宮を整えたり、信用できる人物たちに世話を頼んだりでバタバタしていて、やっと一息ついたというところで社交シーズンに突入した。
色んな貴族からの招待状が山のように届いている。
机の上のその山を見て、ため息をつく。
俺が結婚適齢期であるにもかかわらず、誰とも結婚する様子がないので、焦れた貴族たちがあの手この手で自分たちの娘を売り込もうとしてくるのだ。
この招待状の山は、年々高くなっていっている。
ほとんどが断りの手紙を出せば済むものだが、中には絶対に外せない貴族からの招待状もある。
「モルヴァン公爵家からの招待状……またこの時期か」
モルヴァン公爵とは俺からみたらおじい様の弟、大叔父にあたる人だ。
俺のおじい様である先代国王と兄弟仲が最悪だった大叔父だが、王位を継げないことを不憫に思ったという過保護な当時の王が、広大な領地と権限を与えてしまったらしい。
その大叔父の孫娘と俺との縁談が、何年も前から強烈に薦めてられてくる。
俺だけでなく、俺の結婚が決まるまで、リオネルの結婚相手をどうするかさえ、このモルヴァン公爵家を無視しては決めがたい。
その孫娘の誕生日パーティーが明日ある。
こればっかりは欠席できない。
この公爵家が権力を持ちすぎて、王家だけではなにも決められない。それでは国家運営に支障がでてしまう。
国の重大事項を決める際にはこの公爵の機嫌をうかがうか、もしくはこの公爵以外の有力貴族に根回しをして、味方につけなくてはならないというやっかいな状況なのだ。
しかしその他の有力貴族だって公爵家を敵に回したくはないだろうし、揉め事もできるだけ起こしたくないだろう。
俺はモルヴァン公爵家の招待状を持って、リオネルの部屋へ訪ねることにした。
エレナとの結婚について、リオネルがどう考えているのかはっきりさせておきたい。
どの程度、他の有力貴族への根回しが済んでいるのか、相談が必要だと考えたのだ。
「僕はリヒタール侯爵の次女、ブランカ嬢と結婚したいと考えています」
「なんだと……」
迷いのないリオネルの言葉に絶句する。
「ずっと前から、密かにお付き合いしていたんです。もう彼女と結婚するために水面下で準備を進めています」
確かに騎士爵があるとはいえ平民出身のエレナと、王子であるリオネルの結婚はとても難しい。
力のある貴族がエレナの後見にならなければならないし、正妃は難しいと俺も思っていた。
もしも無理やりエレナを正妃にしたら、モルヴァン公爵家が怒って、今後の国家運営に影響を及ぼすことは、火を見るよりも明らかだ。
だからといって、リオネルが数年前から別の令嬢を慕っていたとなると、感情的に許しがたかった。
――俺からエレナを奪っておいて、他の令嬢と結婚するだと!?
どうしても、そう考えてしまう。
「……仕方のないことだとは、思っている。しかしリオネル、すまないが俺は、お前のことを軽蔑してしまいそうだ」
「聞いてください、兄上。ブランカ嬢の姉上であるリヒタール侯爵家の長女、ドロシア嬢と友好国の有力貴族との縁談が無事に整いました。それによって、リヒタール侯爵家の後ろに友好国がついた。僕とブランカ嬢が結婚すれば、そのリヒタール侯爵家と王家との繋がりもより強固になる。まだ口約束ですが、リヒタール侯爵家がエレナを養子にして、後見人になってくれることに……」
「すまないが、リオネル。今はその話は聞きたくない」
「兄上! もうすぐなんです。あとはリヒタール侯爵家と正式に書類で……」
「失礼する」
しつこく話をしてくるリオネルを振り切って、部屋を出る。
……リヒタール侯爵家との縁談か。あの人物は傑物だ。ここ数年大人しくしていると思ったら、友好国と長女との結婚を控えていたからなのか。
そのリヒタール侯爵家と縁を結べば、リオネルとエレナ、ユリスの地位は安泰というわけだ。
よく考えられている。
『ユリシーズ王子。私はあなたの剣、あなたの盾となって、生涯あなたの傍におります』
だけど俺のエレナを奪っておいて、他の女を愛し、優先するリオネルをどうしても許すことはできそうになかった。
ずっと傍にいるはずだったんだ。
例え一生結ばれることはなくても。
背中合わせでも一緒にいられるなら、俺はそれでいいと思っていたのに。




