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二人の出会い

 小さい頃から身体能力が高かった私は、平民用の学校を偶然見学しにきた騎士様に見いだされ、騎士学校への入学を推薦してもらえた。

 試験をパスすれば授業料は無料。それどころか学園に通いながらお給料ももらえる。

 貴族も通うような学校なので礼儀作法や勉強も、貴族と同等のレベルで受けることができる。

 優秀な成績で卒業すれば、騎士団の指揮官候補になれるし、貴族の護衛にだってなれる。

 女性騎士は珍しいから、きっと良い就職先が見つかるはずだと。


 私が生まれ育った家はそれほど裕福ではなかったし、弟や妹が沢山いたので、ありがたく騎士学校に入ることにした。


 13歳で入学した私は、同学年の中で飛びぬけて強かった。

 何年かに一度、身体能力が異常に発達した人間が現れる。それが私らしい。とてもラッキーだった。

 幼いころから訓練してきたような貴族も、力自慢の平民にも、そして国一番の騎士に直々に剣技を習ってきたという王子ですら、私の敵じゃなかった。


 そんな私は入学してすぐに、あっという間に孤立した。

 特に一部のプライドの高い貴族たちからは、嫌がらせのようなことまでされていた。

 最初は集団で待ち伏せされたりしたけれど、私に敵う相手はいないので、怖くなかった。

 口をきいてくれなかったり、無視されたりもしたけれど、元々貴族とお友達になれるだなんて思っていなかったので、そんなのはへっちゃらだった。


 でもお父さんお母さんが頑張って働いたお金で買ってくれた制服が切り刻まれていた時は、ショックだった。

「酷い……」

 確かに綺麗にたたんで奥にしまっていたはずの、式典用の制服。

 授業料は無料なくせに、別途購入する必要があったこの制服は、貴族の服を引き取るような古着屋を回って見つけたもので、うちの生活費の1か月分も払って買ったものだ。

 その分必ずお姉ちゃんが働いて返すからねって言ったら、お父さんは「そのくらいの蓄えはしてある。気にするな」って。


 ポロポロと涙がこぼれて、切り刻まれた制服が濡れていく。


 ――家族に会いたい。誰も口をきいてくれない学校で、嫌われながら過ごすんじゃなくて、私のことを大切にしてくれる家族に囲まれて過ごしたい。

 だけど、今更そんなこと言えない。私のことを信じて送り出してくれた皆の期待に応えないといけないから。



 誰が制服を切り刻んだのかは分からないけれど、それ以来私は剣技の打ち合い練習で手を抜くようになった。

 誰にも恨まれないように。目を付けられないように。


「ははーん! やっぱりこんなヒョロイ女が俺に勝てるわけない! あの時はたまたまだな! 庶民臭い剣筋だから、手元が狂っただけだ!」

 手を抜いた私に勝った貴族たちは、とても嬉しそうだった。



 だけど一人だけ、手を抜いた私に勝っても喜ばない人がいた。

「なぜ手を抜いているんだい。君の実力はこんなものじゃないだろう」

「……いいえ。これが私の実力です。先日の訓練の時は、たまたま調子がよかっただけです」 

「俺がそんなことも見抜けない間抜けだと思うのか?」

「そうではありませんが……」

「……っこっちにこい!」

 その相手は、この国の第一王子であるユリシーズ王子だった。


 ――やっかいなことになったなぁ。


 王子様に腕をつかまれて引きずられていきながら、私は困っていた。

 この人は私に勝ったのに、なにが不満なんだろうか。

 もっと頑張って、本気を出す演技をして、気持ちよく勝ってもらわないといけないのだろうか。――なかなか難しい。

 授業中に抜け出したにも関わらず、教官はなにも言わないし、他の私をいじめていた貴族たちは、困る私をニヤニヤしながら見送っていた。


「座って」

「……はい。失礼いたします」

 剣技の授業中だから誰もいない教室で、机に座らせられる私。

「なにがあったんだい?」

「え?」

「俺だけじゃない。俺なんかよりも全然弱い奴らにも、君は負けていた。一度でも俺に勝った人が、あんな鍛錬をさぼっているような甘やかされた貴族に負けるなんて、許せない」

「なるほど」

 そうきたか。この王子様に負けるならともかく、他の生徒に私が負けるのが気に食わないのか。

 そうは言っても、誰が制服を切り刻んだか分からない以上、うかつな相手に勝つわけにはいかない。

 わざわざ手を抜いた理由を問い詰めてくるということは、この王子様が犯人ではないのだろう。

 でも鍛錬をさぼっていても、沢山寄付金を払っていて卒業だけはできるような貴族こそ、犯人である可能性が高いのだ。

「困りましたね」

「だから何が困っているんだ。俺が王子だとは気にせず、なんでもいいから言ってくれ」


 この人は悪い人ではなさそうだと思った。

「制服を切り刻まれたんです。おそらく私に負けたことを気に入らない誰かに」

 だから手を抜くことを見逃してくれと頼むつもりだった。

「暴力には負けないし、無視されるのは平気だったんですが……お父さんお母さんが頑張って買ってくれた制服を切り刻まれたのは困ってしまって。……他にもブーツとか、揃えてもらったものもあるし。それまで壊されたら困ります。ここは大人しくしてやりすごして、無難に卒業するしかないかなって。だからお気に障ることとは存じますが、私が誰に負けても見逃してください」

 お願いします。と、正面から頭を下げる。


「……」

「っこい!」

「えっ、また?」

 返事がなかなかないので、恐る恐る顔を上げると、王子様は不機嫌そうに、また私の腕を引っ張って歩き始めた。


「全員聞け!」

 連れていかれたのは、先ほどまでいた訓練場。

 扉を開けると同時に、ユリシーズ王子はその場にいる全員に高らかに宣言した。

「たった今から、エレナは俺の大切な友人だ! エレナにした仕打ちは、全て俺にしたと同じものだと思え! 俺の友人、好敵手を侮辱する者は誰であろうと許さない!」



 ――うわー、キラキラしている。すごい。王子様だ。


 その時のユリシーズ王子は、なぜかキラキラとした光を纏っていて、本当に輝いているみたいに見えた。

 ただ王子様という肩書があるだけじゃない。

 気高くて、優しい。正真正銘、本物の王子様。


「エレナもだ。今後俺相手に手を抜くようなのはことは許さない。君は俺の友人だ。遠慮なく全力でかかってきてくれ」

「……っはい!」

 そのキラキラ王子が、今度は私だけを見つめてそんなこと言うから。

 痛いくらいにドキドキと胸が高鳴って、私は困ってしまったのだった。



 *****



「それが今ではすっかりやさぐれてしまって……」

「だから誰のせいだと思っている!!」


 私とユリスに用意された、王族たちの住む建物から少し離れた寂しい場所にある小さな離宮。

 今日も何故かユリシーズ王子は、わざわざ訪ねてきては、プンプンと怒っている。

 そんなに怒るなら、訪ねてこなければいいのに――なんてことは思わない。


「ユリシーズ! まってたよー」

「ああ、ユリス。約束だからな」

 ユリシーズ王子が来ていることに気が付いたユリスが、全力で走り寄って飛びついた。

 ユリスとの「またきてね」「ああ、またな」というほんの些細な約束を守りに、今日も彼は訪ねてきてくれているのだ。

「まったくリオネルの奴はなにをしているんだ。ユリスと遊ぶ時間が少なくないかあいつ」

「あなたが多すぎるんじゃ……お仕事はきちんとされていますか?」

「お前が言うな!」


 こんな時間が長く続くものではないと分かっているけれど、

 ユリスとユリシーズ王子が遊んでいる様子を眺めながら、私はつかの間の幸せをかみしめるのだった。


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