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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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キャッチボール解禁

2ヶ月目:キャッチボール解禁


診察室で医師が言った。


「痛みが落ち着いてきてますね。

今日から“軽いキャッチボール”なら、段階的に始めていい」


その言葉を聞いた瞬間、正則の胸がふっと軽くなった。


(投げていい)


ただし、条件付きだ。


「全力は禁止。距離も短め。回数も決める。

痛みが出たら、その日は終わり」


正則は何度も頷いた。

“投げられる”ことが嬉しいのに、

“投げたら戻れないかもしれない”怖さも同じくらいある。


グラウンドの端で、最初の一球


練習の終わり。

みんなが片付けを始める頃、正則はグラウンドの端に立った。


相手は亜由美。

彼女はわざと、近い距離に立ってくれる。


「無理せんで。フォームとか気にせんで。

今日は“投げた”って事実だけで勝ち」


亜由美の言い方は、いつも正則を焦らせない。


正則はボールを握る。


――指先が覚えている。

でも肩が「ほんまに?」と聞いてくる。


一球目。


ふわっとした山なり。

スピードは全然ない。

でもボールは、亜由美のグラブに収まった。


パシッ。


その音が、涙腺に来た。


「……投げれた」


正則が言うと、亜由美は笑った。


「投げれたやん。

ほら、次は“もっと楽に”」


正則は二球目を投げる。

少しだけスムーズ。

三球目、四球目。


肩は痛くない。

ただ、投げた直後に胸の奥がざわつく。


(また当たったらどうしよう)


それが“恐怖”だと気づいてしまう。


亜由美が見抜く。


「正則、今ちょっと顔硬い」


「……怖い」


正則は、嘘をつかなかった。


亜由美は頷いた。


「怖いままでいい。

怖いけど投げる、が強さやけん」


その言葉で、正則は少しだけ息を吐けた。


“投げられる正則”が戻る気配


翌週。

キャッチボールの距離がほんの少し伸びる。


正則は調子がいい日もあれば、

投げた後に肩が重くなる日もある。


でも、リハビリは“戻るための線路”だ。

一歩進んで、半歩戻っても、線路から外れなければいい。


正則はノートを持ちながら、練習でもう一つの役割を続ける。

投げるための体を作りながら、

勝つための頭も鍛える。


その姿が、少しずつチームの“当たり前”になっていく。


智雄:焦りが言葉に滲む


正則がキャッチボールを始めた日。

智雄はそれを遠くから見ていた。


声をかけるでもなく、

ただ、目だけが動く。


練習の途中、智雄はやけに大きな声を出す。


「俺が投げる!次も俺!

このチームのピッチャーは俺や!」


盛り上げたい声に聞こえる。

でも有村には分かった。


(これは“宣言”や)


智雄は球が速い。

でも最近、投球が荒れてきている。


テンポが悪い。

四球が増える。

そして何より、捕手のサインを嫌がる。


「インコース?いらん。真っ直ぐで押す」

「外?そんな逃げるみたいな投げ方するな」


速さ一本で押すしかない投球は、

相手に“待ち方”を教えてしまう。


有村がベンチで、静かに言った。


「智雄、勝つために投げろ。

自分のために投げるな」


智雄は笑ってごまかす。


「プロみたいなこと言うなや」


でも、その笑いは薄い。


“ボールケースの違和感”が再び顔を出す


ある日、練習後。


有村が片付けをしていて、ふと正則のボールケースを見た。

正則は今日は投げていない。だからケースはそのまま。


有村は何の気なしに手を伸ばして、止まった。


(……なんやこれ)


ケースの内側、縫い目のあたり。

指先に、ほんのわずかなザラつき。


「正則、これ…前から?」


正則が首をかしげる。


「知らん。

……なんか、前に“滑る”って言うたとき、恒一郎が見てくれたやろ?」


有村は黙って、ケースを閉じた。


(まだ断定はできん)

(でも、“偶然”で片付けたらあかん)


有村の中で、何かが繋がりかける。


智雄がやけに焦っていること。

正則の球が“滑った”こと。

そして今日、ケースにあった違和感。


ただし――証拠がない。


だから、有村は言い方を変えた。


「正則。これからボールは俺が預かる。

管理、ちゃんとしたい」


正則はすぐに頷いた。


「頼む。俺も…変やと思ってた」


亜由美も、横で小さく言う。


「私も協力する。

変なこと、起きてほしくない」


夜:正則の恐怖が、少しずつ形を変える


帰り道。

亜由美が歩幅を合わせる。


「今日、投げた後に怖い顔してた」


正則は正直に言う。


「……投げる瞬間、また打球が戻ってくる気がする」


亜由美は一拍置いて言った。


「それ、当たり前。

一回当たったんやもん。脳が守ろうとする」


正則は言う。


「でもさ、ピッチャーって…前に飛んでくるのが怖いって思ったら、終わりやろ」


亜由美は首を振った。


「終わりじゃない。

“怖いけど、どう立つか”を作ればいい」


彼女は地面に小さく線を引く仕草をした。


「立つ位置。構える角度。打球への一歩目。

正則、投げられん間に“見る目”ついたやん。

今度は自分の守り方、作ろ」


正則は、ゆっくり頷く。


恐怖は消えない。

でも、“対処”はできる。


それが分かっただけで、少し前に進めた。

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