……絶対、戻る
5回表(タイタンズ守備)
星野、踏ん張る。守備が締まる。
星野寛也(#18)はマウンドで深く息を吸った。
さっきの火消しで、肩の力がいい具合に抜けている。
有村恒一郎が短く声をかける。
「一点ずつでええ。増やすな」
星野は頷く。
先頭打者。
低めのストライク。
次も低め。打者が引っかける。
三塁方向のゴロ。
江藤慎一が捕って一塁へ。ワンアウト。
二人目は外野フライ。ツーアウト。
三人目は粘るが、最後は内野ゴロ。
スリーアウト。
タイタンズのベンチが、ようやく“試合の形”を取り戻していた。
投手の球が落ち着くと、守備も落ち着く。
セカンドの亜由美が、土を払って小さく言う。
「守れる。まだ行ける」
正則はベンチでその背中を見て、喉の奥が熱くなった。
(俺の場所、守ってくれてる)
5回裏(タイタンズ攻撃)
点差3。追い上げの気配、しかし…
先頭が四球で出る。
ベンチがざわつく。
正則がベンチの柵越しに、短く言った。
「送りバントでええ。まず1点の形作れ」
川原監督が頷く。
送りバント。成功。ワンアウト二塁。
次の打者がセンター前に運ぶ。
二塁ランナーが三塁へ。
ワンアウト一、三塁。
球場の空気が一気に熱くなる。
(返せる)
だが――ここでタイタンズが焦った。
ヒットで一気に同点、の欲が出る。
打者が強振して、内野フライ。
ツーアウト。
続く打者は粘ったが、最後は三振。
チャンスを逃す。
ベンチの誰かが、悔しそうに帽子のつばを叩いた。
それでも正則は叫ばない。
叫ばずに、ただ前を見る。
(チャンスはもう一回ある)
6回表(タイタンズ守備)
星野に疲れ。だが、有村が支える。
6回に入ると、星野の球が少しだけ高くなった。
球威はあるのに、ボールが“浮く”。
有村はすぐに分かった。
疲れだ。
(球数、嵩んでる)
先頭打者がヒットで出る。
ベンチがざわつく。
有村がタイムを取ってマウンドへ行く。
肩を叩くでもなく、声だけを落とす。
「星野、今の高さはあかん。低め戻そ。
一人ずつや。慌てんな」
星野は頷く。
次の打者、バントの構え。
星野が一瞬焦ってボールが高くなるが、有村が体で止める。
「大丈夫」
有村のその一言で、星野が落ち着いた。
結局、バントは成功。ワンアウト二塁。
次の打者が強い当たり。
三遊間――抜けるかと思った瞬間、ショートの梶原大輔が飛びついて止める。
起き上がって一塁へ。
ツーアウト。二塁ランナーは三塁へ進む。
球場が息を止める。
一打で追加点。
でも、有村は迷わない。
サインを短く、強く出す。
星野が投げる。
打者が引っかける。セカンドゴロ。
亜由美が前で捕って、一塁へ。
スリーアウト。
亜由美は投げたあと、グラブを握ったまま小さく叫んだ。
「よっしゃ!」
正則はベンチで、拳を握りしめた。
(みんな、強い)
6回裏(タイタンズ攻撃)
追い上げの1点。タイタンズ、食らいつく。
先頭打者が内野安打。
続く打者が送りバント。ワンアウト二塁。
タイタンズはさっきの反省を生かして、欲張らない。
“まず1点”。
ここで打席に亜由美。
亜由美はバットを短く持って、コンパクトに振った。
センター前。
二塁ランナーが還る。
タイタンズ 2 – 4 イックス。
点差は2。
ベンチが息を吹き返す。
川原監督も、拳を小さく握った。
正則は胸の奥で、静かに叫ぶ。
(繋いだ。俺がいなくても繋いだ)
だが、後続は倒れる。
同点までは届かない。
それでも、試合は生きている。
7回表(タイタンズ守備)
最終回前、守る。星野、限界の中で投げ切る。
星野はもう肩が重い。
フォームの最後が少しだけ崩れる。
有村は分かっていた。
でも、ここで替える投手がいないわけじゃない。
ただ――川原監督は星野を見て言った。
「行けるか」
星野はうなずく。
「行けます」
それは根性じゃない。
“投げ切りたい”という意思だ。
先頭打者。
四球。
スタンドがざわつく。
有村がマウンドへ行く。
今度は少し強い。
「星野、四球はあかん。
ストライク入れに行ってもいい。でも高めはダメ。低めだけ」
星野が頷く。
次の打者はバント。成功。ワンアウト二塁。
そして三人目。
強い打球が一、二塁間へ。
亜由美が横っ飛び。
グラブの先に当てて止める。
ボールは転がる。
亜由美は立ち上がりざまに二塁へ投げる。
アウト。
ツーアウト。ランナーは三塁へ。
あと一人。
星野は全力で腕を振った。
最後の力。
打者が振る。
セカンドフライ。
亜由美が捕る。スリーアウト。
タイタンズは、最終回の攻撃を迎える。
スコアは 2-4。
7回裏(タイタンズ攻撃)
“最後の攻撃”と、智雄のベンチ
球場の空気が張りつめる。
この回で終わる。
追いつけなければ負け。
ベンチの端で、智雄がぼそっと言った。
「俺が投げてたら、そもそもこんな点差ちゃうし」
その瞬間、有村が振り返った。
「……今それ言うなら、外出ろ」
智雄が睨む。
「は?」
主将の梶原が静かに言った。
「池永。今はチームの時間や」
智雄は言い返そうとしたが、
周りの目が“味方じゃない”ことを悟って、黙った。
その沈黙が、逆にベンチを一つにした。
7回裏:攻撃の中身
先頭打者、ゴロ。ワンアウト。
次の打者、四球。ランナー一塁。
ベンチがざわつく。
正則は柵を握り、声を出す。
「落ち着け!ランナー出たら相手テンポ落ちる!次、甘いの来る!」
次の打者が打つ。
打球は三遊間――抜けた。
一、二塁。
ワンアウト一、二塁。
球場が立ち上がりかける。
一打で同点。
だが――ここで相手投手が踏ん張った。
次の打者は内野フライ。ツーアウト。
最後の打者、フルカウントまで粘るが――三振。
試合終了。
タイタンズ 2 – 4 イックス。
試合後
握手。整列。
智雄は、やけに大きな声で「くっそ」と言った。
でも誰も見なかった。誰も拾わなかった。
正則はベンチの最後に立ち、頭を下げたあと、
静かにグラウンドを見た。
“負け”は悔しい。
でもそれ以上に、胸に残ったのは別の感情だった。
(俺が投げられへん間に、チームは変わる)
(でも、俺も変わって戻る)
亜由美が隣に来て、土のついた袖で額の汗をぬぐった。
「正則。次は一緒に勝つ」
有村も頷く。
「戻ってこい。
戻ってきたら、今度は“勝ち方”も一緒に作ろう」
正則は、痛む肩をかばいながら、
小さく、でもはっきりと言った。
「……絶対、戻る」
その声は静かだった。
でも、誰より強かった。




