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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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32/33

3回戦開始

試合前ミーティング:控え選手の起用


松原ドリームナインズは打撃のいいチーム。

タイタンズベンチでは、川原監督がホワイトボードの前に立っていた。


「今日は、守備と走塁でも相手を揺さぶる」


そう言って、監督は一つ名前を書き足す。


川上 眞子(6年)


ベンチが少しざわつく。


眞子はこれまで主に控え。

だが、チーム内では有名な存在だった。


足のスペシャリスト。


スタートの速さはチーム随一。

一歩目の加速が圧倒的で、塁に出ればほぼ止まらない。


チームメイトからは、こんなあだ名が付いている。


「韋駄天」


そしてもう一つ。


「女イチロー」


理由は二つ。


外野の深い位置からでも正確な送球

内野守備での俊敏な反応


監督が言う。


「今日はショートに入る」


ショートの亜由美が少し驚いた顔をする。

だが、すぐにうなずいた。


亜由美は遊撃だけでなく複数ポジションを守れる。

だからこその配置転換だった。


監督が続ける。


「眞子の足は、この試合で使う」


「松原は打ってくるチームや。

打球も速い。守備範囲が広い方がええ」


真央がデータを補足する。


「松原の打球方向はセンターから右が多いです」


監督が頷く。


「ショートが一歩でも早く動けばアウトにできる」


眞子は帽子のつばを押さえて、小さく頭を下げた。


「はい」


有村が笑う。


「韋駄天ショート、出陣やな」


梶原が言う。


「守備範囲、頼むで」


眞子は少し照れながら言った。


「ボール、全部取りに行きます」


ベンチの空気が、少し引き締まる。


この試合のポイント


松原ドリームナインズ

→ 打撃型チーム


タイタンズ

→ 守備・投手・走塁で崩す


先発:池永智雄(緩急投球)

二番手:星野慎一(速球)

リリーフ:河内正則コントロール


さらに


ショート 川上眞子


韋駄天の守備と足で、

試合の流れを変える役割を担う。


川原監督が最後に言った。


「今日のキーワードは三つや」


「タイミング」

「守備範囲」

「走塁圧力」


そして眞子の方を見て、笑う。


「韋駄天、準備ええか」


眞子はしっかり答えた。


「はい、行けます」


大阪府大会三回戦。

タイタンズの新しい布陣が、グラウンドへ向かう。




甲高い金属音が、朝の球場に鋭く走った。


1回表 松原ドリームナインズの攻撃


プレイボールの直後。

先頭打者が、いきなり初球から振ってきた。


ブンッ。


空振り。

だが、その音が違った。


ただの空振りじゃない。

バットが空を切る音が、ピッチャーズマウンドの智雄の耳にはっきり届くほど、スイングスピードが速い。


(速っ……)


池永智雄は、思わず目だけで打者を見た。

松原ドリームナインズが“打撃のいいチーム”だというのは、データで知っていた。

だが、実際に目の前で見ると、その迫力は数字以上だった。


マスクをかぶる有村恒一郎は、その一振りで何かを掴んだ。

父が現役一軍捕手として何度も口にしていた言葉が、頭の中で蘇る。


――「振る力が強い打者ほど、力を抜いた球に弱い。速い球で勝負したくなる相手ほど、時間を折れ」


有村は、二塁審の位置、内野の深さ、そして打者の足の位置を一瞬で見た。

そして、サインを出す。


智雄がうなずく。


先頭打者


二球目。


智雄は、さっきと同じフォームで腕を振った。

だが、ボールはふわっと浮く。


超スローボール。


打者の身体が、明らかに泳いだ。

さっきの全力スイングの残像が、まだ身体に残っている。


バットは出た。

でも、タイミングが前に行きすぎて、先っぽ。


ファウル。


カウント0-2。


松原ベンチが少しざわつく。


「なんや今の」

「遅っ」


有村は表情を変えない。

今度はミットを、内角ベース寄りに置いた。


三球目。

智雄は一転、重い速球を投げ込む。


打者は対応しきれない。

二球目の遅さが、まだ頭に残っている。


バットが遅れる。


空振り三振。


ワンアウト。


智雄の胸の中で、確かな手応えが生まれる。


(いける。振ってくる相手の方が、崩せる)


2番打者


この打者も、構えからして強打者だ。

ただ、先頭の三振を見て、少しだけ慎重になっている。


有村は、今度は速球から入る。

外角低め、ストライク。


打者は見送る。

“速い球をまず見ておきたい”という意識が見える。


その瞬間、有村は次のサインを出した。


二球目。

また、超スロー。


打者はギリギリまで待った。

だが待ちすぎた。


バットの下を、ボールがすり抜ける。


ストライク。


0-2。


三球目。

今度はプレートの一番端を使って、内角へ。

変化球じゃない。

でも、出どころの角度で、食い込んで見える。


打者は手を出す。

詰まる。


打球はショート前。

今日スタメンに入った川上眞子が、一歩目で前に出る。

韋駄天のあだ名そのままの速さで捕球し、一塁へ。


アウト。


ツーアウト。


有村がマウンドへ小さく指を向ける。


(そのテンポや)


智雄は軽く息を吐いた。


3番打者


ここで松原の三番。

ベンチからは「しっかり見ろ!」の声が飛ぶ。

初球から振ってくるのではなく、一球見てくる。


有村は、それも織り込み済みだった。


初球。

外角高めに見せ球。ボール。


打者の目が上に動く。


二球目。

内角ベース半分寄り。ギリギリのストライク。


打者は止まる。

球審の声に、一瞬だけ眉が動く。


1-1。


三球目。

外角低め、速球。

打者は振ってきた。


いいスイング。

しかし、タイミングはほんの少しだけ前。


打球は右へ切れて、ファウル。


1-2。


有村は、ここで父のもう一つの言葉を思い出す。


――「追い込んだら、“一番来てほしくない球”を投げろ」


打者が待っているのは、速球か、外の低め。

ならその逆。


四球目。

ふわり。


またしても、超スローボール。


打者は踏み込んだ。

だが、前に出たぶんだけ身体が泳ぐ。


打ち上げた。


打球は高く、浅く、セカンド後方へ。


宮本さくらが下がって、落ち着いて捕球。


スリーアウト。


1回表終了


松原ドリームナインズの攻撃は、

たった数分で終わった。


だがその短い攻防の中で、タイタンズはひとつ確信した。


打ってくる相手には、“振らせ方”がある。


有村がベンチへ戻りながら、智雄に小さく言う。


「ええぞ。

力で押すんやない。時間で折るんや」


智雄は、マウンドを降りながら笑った。


「……今日は、そういう日やな」


タイタンズの守備陣も、静かにうなずいていた。

松原の打線は確かに強い。

でも、出力が高いぶん、狂わせた時の崩れ方も大きい。


試合は、まだ始まったばかりだった。




1回裏 タイタンズの攻撃


タイタンズは、松原ドリームナインズの先発投手について、かなり細かく分析していた。


右でも左でもない。

あの独特の腕の角度から――


内角には、食い込んでくるようなえぐい球

外角には、まるで力感のないフォームから、すっと伸びてくる球


スピードガンの数字だけ見れば、飛び抜けて速いわけじゃない。

だが実際に打席で見ると、まるで違う。


球が、見た目以上に伸びてくる。


真央と絵里が事前にまとめたデータには、はっきり書いてあった。


回転数が高い。


回転が多いから、球に浮力が生まれる。

結果として、打者の目には“最後にもうひと伸びする”ように見える。


ベンチで有村恒一郎が、打順の先頭に立つ梶原に低く言った。


「親父が言うとった。

こういう投手は、真正面から潰しに行ったらあかん。

“力に負けん打ち方”やなくて、“球の勢いを殺す打ち方”や」


梶原が頷く。

他の打者たちも、そのアドバイスをそれぞれ自分の形に落とし込んでいた。


1番 梶原和樹(中)


初球。

内角寄り。見送る。


二球目。

外角へ、すっと伸びてくる球。

見た目は遅い。なのに、手元で思ったより来る。


梶原は強く叩かない。

むしろ、殺す。


バットの芯をほんの少しずらして、ボールの勢いを逃がす。


打球は――

ぼてぼてのショートゴロ。


だが転がった場所が絶妙だった。

かなり深い位置。

ショートが前に出られない。


捕って、一塁へ送る。

間一髪――


セーフ。


タイタンズベンチが小さく沸く。

派手じゃない。

でも、こういう一本が投手戦では効く。


2番 宮本さくら(二)


ここは手堅く行く。


川原監督がサインを出す。

さくらは一度だけ頷いた。


初球、見送る。

二球目――バント。


一塁側へ、きっちり転がす。


投手が前へ出る。

拾って一塁へ。


アウト。


送りバント成功。


ワンアウト二塁。


松原のベンチも、「まず一つ」のアウトには取れた。

でも、タイタンズはもう得点圏まで進めている。


3番 川上眞子(遊)


ショートに入った“韋駄天”こと川上眞子。

打席でも、足を使う意識がはっきりしていた。


松原の投手は、ここで内角を見せてくる。

眞子は一歩引く。

だが、その分だけ相手の意識が“詰まらせる”に寄る。


三球目。


眞子は、思いっきり打球速度を殺した。


三塁線へのセーフティーバント。


打球は、止まりそうなくらい遅い。

三塁手が前へ突っ込む。

投手も動く。

どっちが行くか、ほんの一瞬迷う。


その迷いが命取りだった。


眞子は一塁へ駆け抜ける。


セーフ。


ワンアウト三塁、一塁。


タイタンズが、初回から完全に“形”を作った。


4番 三宅奈緒(一)


ここで四番、奈緒。


一発を狙う場面じゃない。

一点を、確実に取る場面。


初球、外。

二球目、内。

三球目、ファウル。

四球目、ボール。


カウントを作って、五球目。


奈緒は強振しなかった。

しっかりセンター方向へ、打ち上げる。


打球は深い。

センターが下がる。捕る。


犠牲フライ。


三塁走者・梶原がホームイン。


1-0。


しかも、一塁走者の眞子はタッチアップで二塁へ進む。


ツーアウト二塁。


松原ベンチから見れば、

打ち取っている。

ちゃんとバント処理もしている。

大きな長打も打たれていない。


それなのに――

先制されている。


これが、タイタンズのいやらしさだった。


5番 藤原 航(捕)


航は粘る。

インコースのえぐい球を何とかカットする。

外角の伸びる球も見逃さない。


だが最後は、少し高めに見えた球が手元で伸びた。


バットが空を切る。


空振り三振。


スリーアウト、チェンジ。


1回終了


タイタンズは


梶原の深いショートゴロ内野安打

さくらの送りバント

眞子の三塁線セーフティーバント

奈緒のセンターへの犠牲フライ


で、ノーヒットに近い形から1点を先制した。


松原の先発投手は、ベンチへ戻りながら少し悔しそうだった。


打ち取っている。

球も悪くない。

それでも、点を取られた。


投手戦では、そういう一点がいちばん重い。


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