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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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29/33

先制点

 球数差が、静かに効いてくる


 スコアは動かない。

 でも、ベンチの空気は違っていた。


 岬ゴールデンクラブの左サイドは、確かにいい。

 コースの出し入れも、緩急も巧い。

 ただ――


 タイタンズの打者は、簡単に終わらない。


 梶原は毎打席、フルカウント近くまで持っていく。

 さくらも、ボール球に手を出さない。

 亜由美はファウルで粘り、奈緒は甘い球だけを狙う。

 航も金町も、新戦力の村瀬と美羽も、とにかく“見て、切って、粘る”。


 結果、岬の左腕はイニングの合間に肩で息をする回数が増えていった。


 一方、正則は違う。

 アウトを急がないのに、球数が増えない。

 内外、高低、緩急。

 一つの打者に“答え合わせ”をさせない。


 スコアラー席の真央が、スコアブックの端に小さく書き込む。


 正則:3回終了時点で球数は抑えめ


 岬の先発:同じ3回でも球数が明らかに多い


 絵里が覗き込んで、息をのむ。


「……このペースだと、最終回までは持たないかも」


 岬ベンチの動き


 岬の監督は、何度もブルペンを見る。

 投手コーチが腕時計を確認する。


「準備、急がせろ!」


 左サイドの投手がマウンドで粘っている間にも、

 ブルペンでは次の投手が肩を作り始める。


 でも、急ピッチの肩づくりは、常にリスクを伴う。


 仕上がりが中途半端になりやすい


 球威が出ない


 コントロールが安定しない


 何より、心が落ち着かない


 タイタンズベンチは、それを知っている。


 川原監督は、声を荒げない。

 ただ一言だけ、航に言う。


「さらに球数、使わせろ」


 航は頷いた。


(点は取れなくてもいい。

 相手の“計算”を狂わせたら、最後に勝てる)


 伏線としての“最終回”


 この試合は、派手な展開にはならない。

 でも、最後の最後にだけ、確実に差が出る。


 同じ0-0でも、意味が違う。


 正則は、最後までいつも通りの球を投げられる


 岬は、交代の準備を早めざるを得ず、終盤で綻びが出る


 その綻びは、

 ほんの一球の甘さかもしれない。

 ほんの一つの四球かもしれない。

 ほんの一度の牽制ミスかもしれない。


 でも投手戦では――

 その“ほんの少し”が、そのまま決勝点になる。


 


 


 ベンチの裏で動く「次の一手」


 スコアは動かない。

 グラウンドの空気も、ほとんど変わらない。


 でも――ベンチの中では、静かに歯車が回り始めていた。


 川原監督が、ふと智雄を呼ぶ。


「智雄。肩、作れ」


 智雄は一瞬だけ目を見開いて、すぐに頷いた。


「はい」


 派手に立ち上がらない。

 走らない。

 焦って“作りにいかない”。


 投手戦の終盤は、気持ちが先に走った方から崩れる。

 智雄も、少しずつそれを学び始めていた。


 ブルペン:ゆっくり、ミットへ


 ブルペンには有村恒一郎が入った。

 正捕手は今日は藤原航がマスクを被っている。

 でも、ブルペンは“別の時間”だ。


 有村は短く言う。


「いきなり全開すんな。

 まず、ミットに“置け”」


 智雄は深く息を吸う。

 そして、ゆっくり投げ込む。


 ドン。


 ミットの芯に収まる音がした。

 球威でねじ伏せる感じではない。

 むしろ軽く見える。


 だが――それが狙いだった。


 球速を“見せない”投げ方


 智雄の特徴は、球が速いことだけじゃない。

 速さをカモフラージュすること。


 腕の振りを一定にする


 力んだフォームを見せない


 いかにも“抜いてる”ように投げる


 でも体重移動だけは正確に入れる


 打者の目にはこう映る。


(あ、そんな速くない)

 ――と見えた瞬間、差し込まれる。


 有村がミットを少し外へ動かす。


「次、外低め。

 スッと投げろ。見せるな」


 智雄は頷く。


「……わかった」


 スッ。


 ドン。


 同じフォーム。

 同じ腕の振り。

 同じ“抜けた感じ”。


 でも球は、しっかり重い。


 有村がニヤッとした。


「それや。

 相手は“速さ”を見て振るんやない。

 “遅いと思った時”に振ってくる。

 そこを裏切れ」


 智雄は何も言わず、もう一球。


 ベンチ:準備が「効いてくる」伏線


 岬ゴールデンクラブが球数で苦しくなって、継投の準備を急いでいる。

 タイタンズはそれを見ながら、同じことをしている。


 ただ違うのは――


 タイタンズの継投は“焦り”じゃない。

 計算だ。


 正則の球数、相手の球数、次の回の打順、風、守備の集中。


 全部を見たうえで、川原監督は言った。


「最後は総力戦になる。

 正則の次、智雄。

 お前の球で“タイミング”を壊す」


 智雄は、ブルペンでゆっくりと投げ続ける。


 力は見せない。

 でも、球は生きている。


 投手戦の終盤。

 ほんの一球の甘さが勝負を割るなら――


 ほんの一球の“ズレ”が、相手のバットを折る。


 タイタンズは、その一球を準備していた。


 


 ブルペン:智雄の新しい引き出し


 有村(ブルペン捕手)は、最初はいつも通りミットを出していた。

 外低め、内寄り、胸元――淡々と。


 でも、智雄が次に投げた一球で、有村の眉が動いた。


 ふわっ……と浮くように来る球。

 捕る側のタイミングが、一瞬遅れる。


「……今の、なんや」


 智雄は小さく息を吐いた。


「超スローボール」


「球、何キロや」


「……60くらい」


 有村は笑いそうになって、笑わなかった。

 投手戦の終盤に、そんな球を混ぜられたら――打者は“野球の時間感覚”を壊される。


 智雄が言う。


「正則に教えてもろた。

 速球と組み合わせたら、効くって」


 有村がうなずく。


「効く。効きすぎるくらい効くわ」


 “おちょくりサーブ”の発想


 智雄の頭にあったのは、野球の動画じゃなかった。


 青柳翼がテニスで見せた、あの“おちょくりサーブ”。

 相手のリズムを、わざと崩して、反射神経を空振りさせる。


(あれ、野球でもできるやろ)


 智雄はそれを、投球に落とし込んだ。


 60km前後の超スローボール(落とすんじゃない。“時間”を落とす)


 140kmの速球(これは見せ球じゃない。芯をへし折る球)


 その差、80km(打者のスイングが“遅すぎる”か“早すぎる”かになる)


 球種は同じ“ストレート”。

 でも打者の体感では、別競技。


 “角度”で変化球っぽさを作る


 さらに智雄は、プレートの使い方も準備していた。


 リトルリーグでは変化球が投げられない。

 でも――角度はつけられる。


 智雄は投球練習で、プレートの左右を目いっぱい使う。


 右端から投げて、右打者の内角へ“食い込むように見せる”


 左端から投げて、外角へ“逃げていくように見せる”


 実際には曲がってない。

 でも、出どころ(リリース位置)と視界の錯覚で、打者は勝手に曲がった気になる。


 有村がミットを内角ギリギリに構える。


「ここ。曲がって見えるとこ」


 智雄が投げる。


 ドン。


「……よし。今の、打者は絶対“逃げた”って勘違いする」


 次は反対。


「次、外。けどベース寄り。ギリ入れる」


 智雄が投げる。


 ドン。


 有村が短く言う。


「それ、ストレートしか投げれんリーグで、いちばん嫌なやつや」


 仕上げ:速球を“見せない”まま速球を投げる


 智雄のカモフラージュはここで完成する。


 超スローで笑わせるんじゃない。

 超スローを見せて、相手の心にこう刻む。


(遅い球も来る)

(タイミングは自分で作らなきゃいけない)


 そこに――何事もなかったように140。


 同じフォーム。

 同じ腕の振り。

 同じ顔。


 でも球だけが、重い。


 有村がミットを叩く。


「これ、最後の回で出したら効くぞ。

 相手、今日ずっと正則の“丁寧な間”に慣れてる。

 そこへ“時間を折る”球が入ったら、スイングが壊れる」


 智雄は、ゆっくりうなずいた。


「……次、俺が行く回で、見せる」


 


 


 4回表 岬ゴールデンクラブの攻撃


 岬ゴールデンクラブのベンチには、少しずつ焦りが滲み始めていた。


 ここまで――

 正則は打者9人に対して、一人の走者も出していない。


 ヒットすらない。

 四球もない。

 エラーもない。


 完全に、試合の主導権を握っていた。


 岬の監督が、打席へ向かう打者に低く言う。


「しっかり引きつけろ。

 内角に来たらコンパクトに振り抜け。

 バットは拳一個分短く持て。

 スイングを早くしろ」


 言っていることは正しい。

 だが、正則の投球は、その“正しさ”にさえ答えを与えない。


 初球。

 外角低め、ボールに見える。


 打者は見送る。

 だが球審の声が響く。


「ストライク!」


 ボール一個から半分。

 その出し入れが、あまりにも絶妙だった。


 二球目は内角寄り。

 打者は監督の指示どおり、短く持ったバットを出す。


 しかし、詰まる。


 三塁前への弱いゴロ。

 金町圭介が落ち着いてさばき、一塁へ。


 ワンアウト。


 二人目。

 今度は“外の低めを拾う”意識が見える。


 その狙いを、航と正則はすでに読んでいた。


 初球、インコースベース寄り。ギリギリのストライク。

 二球目、外角高めに見せ球。

 三球目、また外低め――と思わせて、ほんの少し内へ。


 打者のバットが、空を切る。


 三振。


 ツーアウト。


 三人目は、初球から振ってきた。

 それでも正則は慌てない。


 外。

 内。

 高め。

 低め。


 ストライクゾーンいっぱいを、静かに使い切る。


 最後は、腰の高さから沈むように入ってくる外角球。

 打者は振るが、バットの先。


 打球はセカンド正面。


 宮本さくらが捕って、一塁へ。


 スリーアウト。


 この回も、三人で終わった。


 岬ベンチは、打者に何を指示しても、最後の数センチでそれを裏切られる。

 正則のピッチングは、まさにそんな投球だった。


 4回裏 タイタンズの攻撃


 岬ゴールデンクラブは、ここでついに投手交代を告げた。


 マウンドへ上がるのは、左のサイドスロー。

 球速はさほど速くない。

 ただし、右打者の内角へ食い込むように見える角度がある。


 ――だが、今日のこの投手は、どちらかというと

 制球が真ん中に集まりやすい傾向が見えていた。


 タイタンズベンチの真央と絵里が、すぐに気づく。


「真ん中寄る」

「しかも高めが多い」


 川原監督が短く言う。


「甘い球、逃すな」


 打順は――


 3番 加藤亜由美(遊)


 亜由美は初球から迷わない。


 左サイドの一球目。

 外角寄りだが、少し甘い。


 コンパクトに流す。


 打球はライト前へ落ちる。


 ヒット。


 ベンチがざわつく。

 継投直後の一球を、逃さなかった。


 4番 三宅奈緒(一)


 奈緒は打席で、相手投手をじっくり見た。

 球筋は嫌らしい。

 でも、制球が真ん中へ寄る。


 それを見極めるように、奈緒は粘った。


 一球、二球、三球。

 インコースはカット。

 外は見極める。


 五球。六球。七球。八球。

 相手投手の肩が少しずつ下がる。


 そして九球目。


 真ん中から外へ逃がしたい球が、甘く残った。


 奈緒のスイングが走る。


 打球は左中間へ一直線。

 センターとレフトの間を真っ二つに破る。


 亜由美が一気に二塁を蹴って、三塁を狙う。

 奈緒は二塁へ到達。


 ノーアウト二・三塁。


 球場の空気が一気に変わった。


 5番 藤原 航(捕)


 ここで川原監督のサイン。


 航は迷わずバントの構えを取る。


 左サイドは前へ突っ込む。

 三塁手も、捕手も動く。


 だが航のバントは絶妙だった。


 三塁線へ、ふわりと止まる。


 セーフティスクイズ成功。


 三塁走者・亜由美がホームイン。

 航も一塁へ生きる。


 1-0。


 しかも、なおも ノーアウト一・三塁。


 ベンチで有村が小さく言う。


「完璧や」


 6番 金町圭介(三)


 金町はここで“決めにいかない”。

 役割を理解している。


 センターへ打ち上げる。

 打球は十分な深さ。


 センターが捕球。

 三塁走者・奈緒がタッチアップ。


 余裕でホームイン。


 犠牲フライ。


 2-0。


 ワンアウト一塁。


 7番 村瀬涼太(右)


 村瀬は強く引っ張らない。

 打球は鋭い。だが、狙いは“抜く”より“転がす”だった。


 ショートへの強いゴロ。


 ショートは二塁へ送る。

 そこから一塁へ――


 ダブルプレーでチェンジ

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