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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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26/33

デートの誘い

6回裏 タイタンズの攻撃(正しいスコア:この回3点で8−0)


スコアは 5-0。

住之江シルバーファルコンズの二番手投手は、球数が嵩み、肩が少し下がり始めていた。


タイタンズは焦らない。

球数を投げさせて、甘くなった一球だけを仕留める。

それで十分だと、全員が分かっている。


9番 河内正則(投)


正則は無理に引っ張らない。

ファウルで粘り、ボール球は振らない。


7球目。外がわずかに甘い。

コンパクトに振り抜いた打球がセンター前へ落ちる。


ヒット。ノーアウト一塁。


1番 梶原和樹(遊)


梶原はインをカットし続け、投手の集中を削る。


その間に、正則がリードを大きく取る。


三球目。

正則がスタート。


盗塁成功。 ノーアウト二塁。


梶原はさらに粘って、最後は引っ張りすぎずに右へ運ぶ。


ライト前へ落ちる。


ヒット。ノーアウト一・三塁。


2番 宮本さくら(中)


ここは迷わず、スクイズのサイン。


初球、構える。外される。

二球目、もう一度構える。今度は真ん中。


さくらのバントは完璧だった。三塁線へころり。


三塁走者が生還。


6-0。


さくらは一塁でアウトになるが、点は取った。

ワンアウト一塁。(※梶原が一塁に残る)


3番 加藤亜由美(二)


亜由美は一球で決めない。

粘って、粘って、相手のストライクを引き出す。


そして五球目。

外角が少しだけ中へ入った。


打球は鋭いライナーで左中間へ――までは行かず、レフト前で弾む。


ヒット。ワンアウト一・二塁。


4番 西村奈緒(一)


奈緒は“外の甘さ”を待つ。

そして来た。


初球、外角がボール一個分だけ甘い。

奈緒は迷わず振り抜く。


レフト前へ鋭い打球。


二塁走者(梶原)が三塁を回る。

だが、ここは無理しない。


ワンアウト満塁。


(住之江の外野返球が速く、止めた判断が「強い」)


5番 有村恒一郎(捕)


ここで有村。狙いは“最低限”。


外野に上げれば一点。

しかもアウトになってもいい。


二球目。

少し浮いた球を、芯で捉える。


打球はセンターへ深く上がる。


センターが捕る。

三塁走者がタッチアップ。


犠牲フライ成立。


7-0。ツーアウト一・二塁。


6番 三宅陸斗(左)


三宅も粘る。

球数を使わせて、甘い球を待つ。


6球目。

外が少し甘い。


三宅が叩く。打球は一二塁間へ。


ライト前へ抜ける。


二塁走者がホームへ滑り込む。


8-0。


ツーアウト一・三塁まで進むが、後続は打ち取られチェンジ。


この回の得点


スクイズ:1点(6-0)


犠牲フライ:1点(7-0)


タイムリーヒット:1点(8-0)


合計3点追加で、スコアは 8-0。



7回表 住之江シルバーファルコンズの攻撃


スコアは 8-0。

残されたアウトは、あと三つ。


マウンドに上がったのは――星野慎一。


球速はない。

でも、星野の球は“嫌なところ”に来る。

そして何より、決勝の最後に立つ度胸がある。


マスクの有村恒一郎がミットを叩く。


「落ち着いていこ。

お前の球で終わらせる」


星野は短く笑った。


「任せて」


先頭打者


初球、外角低め。ストライク。

二球目、少し沈む球。空振り。

三球目、同じ軌道――と思わせて、わずかに浮かせる。


打者のバットが差し込まれ、詰まった当たりはセカンドへ。


亜由美が捕って一塁へ。


ワンアウト。


二人目


住之江も意地を見せる。

簡単には終わらない。


ファウルで粘り、カウントを作りにくる。


だが星野は焦らない。

コースをずらし、タイミングをずらし、呼吸をずらす。


最後は外角いっぱい。

バットが出る――が、届かない。


見逃し三振。


ツーアウト。


三人目


最後の打者。

住之江のベンチが声を張る。


「意地見せろ!一本出せ!」


星野はうなずかない。

表情も変えない。


有村が低めに構える。

星野はそこへ、迷いなく投げ込む。


打者は振る。

鋭いゴロ――


だが、ショート正面。


梶原和樹が捕って、一塁へ送る。


アウト。


ゲームセット。


星野は小さくガッツポーズを作ってから、すぐに拳を下ろした。

派手に喜ぶより先に、タイタンズの輪がマウンドへ走ってくる。


正則が真っ先に星野の肩を叩く。


「ナイス。完璧や」


智雄も、少しだけ笑って言った。


「……俺、今日ベンチスタートで良かったわ。

こういう勝ち方、初めて分かった」


有村が最後にまとめる。


「全員で取った優勝や。

誰一人欠けても無理やった」


表彰式 市長杯・優勝旗とメダル


整列したタイタンズの前に、優勝旗が運ばれてくる。

金色の房が、太陽を受けて揺れた。


「大阪市長杯――優勝。大阪タイタンズ」


呼ばれた瞬間、ようやく実感が押し寄せる。

胸の奥が、熱くなる。


川原監督が前へ出て、優勝旗を受け取る。

そして、選手たちに向けて静かに掲げた。


ベンチにいた控えも、スタメンも関係ない。

全員が同じ顔でその旗を見つめる。


続いて、メダル授与。


首にかかった瞬間、金町圭介が目を潤ませた。


「……俺、ほんまに出てよかったんや」


梶原が笑って背中を叩く。


「練習は嘘つかん、やろ?」


亜由美はメダルを握りしめて、スタンドを見上げた。

加藤家の両親が大きく手を振っている。


そして正則も、バックネット裏を見た。


母の恵子が泣いている。

父の恒一は腕を組んだまま、でも口元だけが緩んでいる。

姉の一香は、目を赤くしながら笑っていた。


正則は、派手に手を振らない。

ただ、帽子のつばに触れて、小さくうなずいた。


(ここまで来た。次は、もっと上や)


優勝旗が風に揺れていた。

タイタンズの夏が、ひとつ形になった瞬間だった。



表彰式が終わり、グラウンドの熱気が少しずつ引いていく。

優勝旗はケースに収まり、メダルは首元で小さく揺れていた。


タイタンズの選手たちは家族と合流し、球場の外へ流れていく。

河内家も、加藤家も、自然に同じ歩幅になった。


母の恵子は何度も「おめでとう」と言い、

父の恒一は照れたように「ようやったな」と短く言う。

姉の一香は亜由美に笑って、「今日のセカンド、惚れたわ」と肩を寄せた。


亜由美は赤くなって、「や、やめてくださいよ一香さん」と言いながらも、どこか嬉しそうだった。


正則はその輪の少し前を歩いていた。

優勝したのに、いつも通り、口数は多くない。

でも、背中は少しだけ軽く見えた。


そのとき――


「正則」


後ろから、低い声。


振り向くと、池永智雄が立っていた。

汗で前髪が額に張りついている。

いつもの強がった目じゃない。

迷いと決意が混ざった、まっすぐな目だった。


智雄は一度、息を吸い込んだ。


「……あのさ」


周りの大人たちが、なんとなく空気を読んで歩幅を緩める。

亜由美も黙って正則の横に寄った。


智雄は、言葉を選ぶようにゆっくり続けた。


「当初は、お前がエースで。

俺がエースになれんかったやろ。

……それが悔しくてさ」


正則は黙って聞いた。

目だけで「続けろ」と言う。


智雄は唇を噛んでから、頭を下げた。


「お前を妬んで、嫌なことしてしまった。

……ほんまに、申し訳ない」


空気が、しんとする。


亜由美が息を止めたのが分かった。

恵子も、恒一も、一香も、言葉を挟まない。


正則は、すぐには答えなかった。

少しだけ視線を落とし――

そして、ゆっくり顔を上げた。


「……もうええ」


智雄が顔を上げる。


正則は続けた。


「お前、今日、投げたやろ。

ちゃんと“つなぐ投球”して、勝った。

それで十分や」


智雄の眉が、少しだけ揺れた。

悔しさじゃない。救われた揺れだった。


「……これからはさ」


智雄が拳を握る。


「一緒に次のステージ行こうぜ。

俺も、逃げん。

お前に追いつくんやなくて、俺の投球で勝負する」


正則は小さく笑った。


「そうせえ」


それだけ。

でも、その一言が智雄にとっては何よりの返事だった。


有村が後ろから、わざと明るく割り込む。


「よし、和解成立!

ほな次は“勝ち方”の練習やな」


星野がニヤッとする。


「俺、クローザー枠は譲らんけどな」


金町がメダルを握りしめて言った。


「俺も、また出たいっす!」


その声に、みんなが笑う。

やっと、優勝の実感が笑いになって溢れた。


恒一が智雄を見て、ぶっきらぼうに言う。


「謝れるのは強い証拠や。

……次も頑張れ」


智雄は少し驚いた顔をしてから、「はい」と頭を下げた。


一香は亜由美の肩を軽く叩き、小声で言う。


「ほらな。正則、嬉しそうやろ」


亜由美は、正則の横顔を見て、こっそり頷いた。


歩き出す。

河内家と加藤家と、そしてタイタンズの仲間たち。

勝ったからこそ、次が始まる。


優勝旗はもうケースの中。

でも――今日得たものは、胸の中で揺れていた。


そして、亜由美が、なあぁ、正則~。明日の日曜日、水族館行かへん?正則はそれがデートの誘いということに気が付かず、適当に返事してると、亜由美から、もう、この鈍感男とツッコミ入れられる


表彰式の帰り道。

河内家と加藤家は、駐輪場のあたりで自然と横並びになっていた。


夕方の空気はまだ暑いのに、優勝のあとだけは妙に風が気持ちいい。

正則はメダルを指でいじりながら、自転車の鍵を探していた。


その横に、亜由美がスッと寄る。


「なぁぁ、正則〜」


語尾を伸ばすときの亜由美は、だいたい“何か”を企んでいる。

正則はそれを分かっているのに、分かっていないフリをする。


「ん?」


亜由美は、何でもない話みたいな顔で言った。


「明日の日曜日さ、水族館行かへん?」


一香が、少し離れたところでピタッと動きを止めた。

恵子も、恒一も、加藤家の両親も、みんな同じタイミングで“聞こえへんフリ”を始める。

空気だけが、やけに静かになる。


正則は鍵を見つけ、何気なく返す。


「あー、ええで。

水族館な。……暑いし、涼しいしな」


亜由美の目が細くなる。


「……それだけ?」


正則は首をかしげる。


「ん? ほかに何かあるん?」


亜由美が一瞬固まってから、耐えきれずに声を上げた。


「もう!!」


そして、すかさずツッコミ。


「この鈍感男ぉ〜〜!!」


正則が目を丸くする。


「え、なんでやねん」


亜由美は頬を膨らませて、腰に手を当てた。


「それ、デートの誘いや言うてんねん!!

“涼しいしな”って、どんな返し方やねん!」


一香が背後で、肩を震わせて笑っている。

恒一は咳払いで笑いをごまかし、恵子は口元を押さえて「もう…」と嬉しそうに目を細めた。

加藤家のお父さんも、お母さんも、完全にニヤニヤしている。


正則はようやく状況を飲み込んで、耳まで赤くなる。


「……で、デート……なん?」


亜由美は勝ち誇った顔で頷いた。


「せやで。

優勝のお祝いも兼ねて。

明日、イルカも見て、ペンギンも見て、最後ソフトクリーム食べる」


正則は小さくうなずいて、やっと“それっぽい”返事を絞り出す。


「……ほな、行こか」


亜由美がニッと笑う。


「最初からそう言えや〜」


その瞬間、周りの大人たちが「よしよし」みたいな顔をして、ようやく普通の空気に戻った。


一香が正則の肩を軽く叩く。


「正則、野球は天才やのに、そっち方面は赤点やな」


正則は小さく反論する。


「……別に赤点ちゃう」


亜由美が即ツッコミ。


「赤点や!」


みんなが笑って、夕方の駐輪場に優勝の余韻がふわっと広がった。

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