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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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25/33

決勝戦

試合後 スコアラー真央の総括


ベンチ横。

汗で少し波打ったスコアシートを、真央がクリップボードごと机に置いた。


「はい、今日のまとめ」


選手たちが集まる。

歓声の余韻が残っていても、タイタンズの輪は静かだった。


真央はまず、指で「流れ」を示すようにスコアをなぞった。


「勝負どころは二つ。

1回裏の先制で空気を取ったことと、

2回裏の“削り切り”で試合を終わらせたこと」


スコアブックの2回裏に赤丸が並ぶ。


「2回裏ね。ここ、数字が全部同じ」


真央が読み上げる。


さくら:フルカウント→四球


亜由美:フルカウント→四球


智雄:フルカウント→四球


奈緒:フルカウント→四球(押し出し)


「同じ打席が四つ続くって、相手からしたら悪夢。

しかもそのあと――」


真央はページをめくって続けた。


有村:セーフティスクイズ(犠打野選)


三宅:スクイズ


星野:犠牲フライ


正則:四球


梶原:満塁ホームラン


「**点の取り方が“強いチームの取り方”**になってる。

ホームランで勝ったんじゃない。

その前に、もう相手は折れてる」


有村が腕を組んで頷く。


「相手は“投げたくない球”を投げさせられた。

それが一番きつい」


智雄のデータ(真央の読み解き)


真央は次に、別紙の「智雄の欄」だけを指さした。


「で、智雄。今日の意味はこれ」


池永智雄(4番/ライト)


打撃:ソロ本塁打 1


四球:1


打点:1


得点:2


「ホームランの価値はもちろん大きい。

でも一番大事なのは――」


真央がスコアブックの「3回表」をトントン叩く。


「3回表の守りのあとに、4番として打ったこと」


エンジェルスが意地でツーアウトから連打して、

二塁一塁まで持っていった回。

あの場面で、もし一点入っていたら、流れはわずかに揺れる。


「そこを“ゼロで終えた”直後に、

智雄が一発で空気を戻した。

これが4番の仕事」


智雄は視線を落としたまま、短く言う。


「……たまたま甘い球が来ただけや」


真央は即答した。


「違う。

甘い球が来るまで待ててた。

それが“立て直し”」


有村も続ける。


「焦って打ちにいったら、外に逃げる球振らされとる。

今日は“自分の球”だけ打っとる。

それが成長や」


智雄は返事をしない。

でも、耳だけはちゃんとこっちを向いていた。


正則の一言(締め)


真央が最後に言う。


「決勝は、今日みたいに“勝ち方”が問われる。

点差じゃなくて、内容が」


正則が立ち上がって、短く言った。


「次も、同じようにやる。

準備して、削って、最後に仕留める」


亜由美が小さく笑って、頷いた。


そして、決勝の相手


そのとき、球場のアナウンスが入る。

別のグラウンドの結果が掲示板に貼り出された。


決勝進出:住之江シルバーファルコンズ


スコアは接戦。

ロースコアで勝ち上がってきた、守備と投手力のチーム。


真央がぽつり。


「……強いとこ来たね。

点、簡単には取れへん」


有村がマスクを持ち上げる。


「ええやん。

決勝はこうでなくちゃ」


正則は掲示板を見たまま、静かに息を吐いた。


「……相手が固いなら、こっちも固くいく」


タイタンズの決勝は、

“殴り合い”じゃない。


我慢比べの試合になる。





土曜日、午前10時。

大阪市長杯――決勝。


グラウンドの空気は、準決勝までとは明らかに違った。

声の張り、アップの静けさ、ボールの音の硬さ。

どっちも“ここで終わりじゃない”顔をしている。


観客席


河内家は総出だった。


母の恵子は、いつもより早く家を出たせいか、まだ少し頬が赤い。

父の恒一は、いつもの作業着じゃなく、きれいなポロシャツ姿で腕を組んでいる。

姉の一香は、応援タオルをきっちり畳んで膝に置き、落ち着いた目でグラウンドを見ていた。


「緊張するなぁ……」

恵子が呟くと、恒一が低く笑う。


「正則の顔見てみ。緊張しとらん」


一香が頷く。


「あの子、マウンド立ったら別人やもん」


そして――加藤家も来ている。

亜由美は、グラウンドの中。

セカンドで、いつもの位置から正則の背中を見守る。



ベンチ前 川原監督の決断


川原監督は、整列前に選手を集めた。


「今日は総力戦になる」


その言葉に、ベンチの空気が締まる。


「先発は正則。

二番手は智雄。

最後は星野にクローザーを任せる」


その瞬間、池永智雄がピクリと目を動かす。

だが、監督は続けた。


「智雄、今日はベンチスタートや」


ざわ、と空気が揺れかけた。

でも、智雄は口を開かなかった。

悔しさがないわけじゃない。

ただ――監督の目が“信頼”の目だった。


「お前の役目は、勝負どころで流れを切ることや。

先発気取りで投げるんやない。

チームのために投げろ」


智雄は小さくうなずく。


「……分かりました」


川原監督は視線を内野へ移す。


「サードは――金町」


呼ばれたのは、控えの五年生。


金町圭介(5年・控えサード)


背はまだ伸びきっていない。

ユニフォームが少し大きく見える。


「……え、俺が、スタメンですか?」


声が裏返った。


川原監督は笑わない。

ただ、真っ直ぐ言った。


「あぁ。お前、六年に交じって内野、必死に練習したろ」


金町の喉が鳴る。


監督は続けた。


「練習は嘘つかん。

今日は今までやってきたこと信じて、思い切りいけ」


金町は拳を握った。


「……はい!」


その声に、周りの六年が反応する。

梶原が軽く肩を叩き、奈緒が短く言う。


「いつも通りでええ」


有村がマスクを持ったまま、金町を見て頷いた。


「打球、来るぞ。準備しとけ」


金町は大きく息を吐き、三塁側の土をぎゅっと踏んだ。

足が震える。

でも、逃げない。



先発:河内正則


正則は、キャッチボールをしながら一度だけスタンドを見た。

恵子が手を振っている。

恒一が頷く。

一香は笑って、親指を立てた。


正則はそれに返さない。

ただ、帽子のつばを少し触って、マウンドへ向き直る。


(やるだけ)


有村がミットを叩く。


「今日も、外角低めからいこか」


正則が短く返す。


「おう」






土曜日、午前10時。

大阪市長杯・決勝。


グラウンドの空気は、準決勝までとは違った。

歓声も、足音も、どこか硬い。

――ここから先は、言い訳ができない場所。



決勝当日 スタンドの河内家


バックネット裏に、河内家が揃っていた。


母の恵子は、保冷バッグを抱えて落ち着かない。

父の恒一は腕を組み、グラウンドだけを見つめている。

姉の一香は、いつもの調子で笑ってみせるが、指先はそわそわしていた。


「正則、先発やもんな」


恵子が小さく言うと、恒一が短く返す。


「いつも通り投げたらええ」


一香はスタンドの前列で身を乗り出し、声を張った。


「正則ー!肩、冷やさんようにな!」


その声に、マウンド付近でアップしていた正則が、ちらっとだけ顔を上げて頷いた。



川原監督の決断


ベンチでは、川原監督が全員を集めていた。


「決勝は総力戦になる。

ここまで勝ち上がったのは、スタメンだけの力やない」


そして、はっきり言った。


「今日は一部スタメンを入れ替える。

控えにも出場機会を与える。

その代わり、責任も同じや」


選手たちの表情が引き締まる。


「先発は河内正則。

二番手は――」


監督の目が、ベンチの端に座る智雄に向いた。


「池永智雄。今日はベンチスタートや。

ただし、出番は必ず来る。

正則の次、お前が行け。二番手で試合をつなぐ」


智雄が、少しだけ唇を噛んだ。


(スタメンじゃない…)


でも、監督は逃げ道を与えない。


「スタメンじゃないのは罰やない。

“準備して待てるか”を試す日や」


有村が横から、静かに言った。


「ベンチスタートの投手が、一番難しい。

でも、できたらお前の投手としての幅は広がる」


智雄は、頷くだけだった。


監督が最後に言う。


「そして終盤は星野慎一。

クローザーを任せる」


星野は軽く手を上げた。


「了解っす」



そして、控えサードの名前が呼ばれる


川原監督は、もう一人の選手に視線を向ける。


「今日、サードは――金町圭介」


呼ばれた瞬間、少年が背筋を跳ね上げた。


金町圭介(5年生)。

普段はベンチから声を出し、ノックの球拾いも誰より早い。

でも公式戦の出場は、ほとんどない。


「……俺が、スタメンですか?」


声が裏返りかけた。


川原監督は、笑わない。

ただ、真っ直ぐ言う。


「あぁ。

お前、6年に混じって内野、懸命に練習したろ」


圭介は言葉を失う。


監督は続ける。


「練習は嘘つかん。

今日は今までやってきたこと信じて、思い切りいけ」


圭介の目が、じわっと熱くなる。


「……はい!」


その返事が、ベンチの空気を少しだけ柔らかくした。


正則が近づいて、圭介の肩を軽く叩く。


「エラーしてもええ。

俺が投げてる間は、俺が何とかする」


圭介は必死に頷いた。


「……っす!」



タイタンズ 決勝の布陣ポイント

•先発:河内正則

•二番手:池永智雄ベンチスタート

•クローザー:星野慎一

•サード:金町圭介(5年生/スタメン抜擢)


“全員で勝つ”という意思が、はっきり形になった。



スタンドから、一香の声が飛ぶ。


「圭介くん!思い切りいけー!」


恵子も続く。


「正則ー!落ち着いてなー!」


恒一は短く、でも一番響く声で言った。


「いけるぞ」


正則はマウンドへ向かいながら、深く息を吸う。


(ここまで来た。いつも通りでええ)


決勝の開始が、すぐそこまで来ていた。







決勝・先発オーダー発表(午前10時)


川原監督がラインナップ表を手に、ベンチ前に立った。

声は大きくない。けれど、全員の耳にまっすぐ届く。


「――打順、言うぞ」


選手たちが半円に集まる。

金町圭介は一番後ろで、グローブを握りしめていた。


監督が読み上げる。


大阪タイタンズ 決勝スタメン(打順)

1.梶原和樹ショート

2.宮本さくら(センター)

3.加藤亜由美セカンド

4.西村奈緒ファースト

5.有村恒一郎キャッチャー

6.三宅陸斗レフト

7.金町圭介サード※5年生

8.星野慎一ライト

9.河内正則ピッチャー


監督は一拍置いて、最後に言った。


「池永智雄はベンチスタート。

投手の二番手で行く。出番は必ず来る」


智雄が小さくうなずく。

悔しさは隠せない。けど、目はもう逃げていなかった。


川原監督が金町に目を向ける。


「圭介。7番サード。

守備からリズム作れ。打席は欲張らんでええ。

お前の“いつも通り”が、今日はチームを助ける」


金町が声を絞り出す。


「はいっ!」


有村がマスクを叩く。


「よし。守って、取って、勝つで」


梶原が軽く笑う。


「決勝や。楽しめ」


正則は一言だけ。


「……いこ」


その短い声で、全員のスイッチが入った。





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