準決勝
試合後のグラウンド。
荷物をまとめている正則の袖を、亜由美がくいっと引っ張る。
「なあ、ちょっと寄っていって」
「どこに?」
「うち」
即答だった。
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亜由美の家
玄関の引き戸を開けると、
中から明るい声。
「正則くん、お疲れさま!」
亜由美の母、加藤美咲が笑顔で出迎える。
奥から父の加藤健太郎も顔を出す。
「ナイスゲームやったな。
ニュースアプリで途中経過見とったで」
正則は少し照れながら、
「ありがとうございます」
と頭を下げる。
美咲がテーブルに並べる。
•冷えたオレンジジュース
•カットフルーツ
•手作りのクッキー
「いっぱい動いたやろ?食べて帰り」
亜由美がすでにグラスを二つ用意している。
「ほら、正則。座り」
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オレンジジュース片手に野球談義
正則が一口飲む。
「……うま」
「今日、あのアウトハイよう打ったな」
健太郎が言う。
「投球練習で軌道見てました」
正則は淡々と答える。
亜由美が横から口を挟む。
「もうな、あいつ、
ピッチング練習の球の回転まで見とるで」
「うるさい」
でも、まんざらでもない顔。
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バッファローズの話
亜由美がスマホを取り出す。
「そうや、今日デーゲームやろ?」
「バッファローズな」
速報を開く。
【バッファローズ 6 ― 2 イーグルス】
スタメン捕手:有村雄一
•4打数2安打
•2打点
•リード安定
正則が少し身を乗り出す。
「有村の親父さん、今日も打っとる」
健太郎がうなずく。
「ええキャッチャーは、
打たれたときの顔が違う」
亜由美が言う。
「今日の智雄みたいやな」
正則は少し黙る。
「……あいつ、今日踏ん張った」
「せやな」
亜由美は正則を見る。
「正則、ああいうとき、
めっちゃ冷たいこと言うやろ?」
「冷たないわ」
「いや、冷たい。でも優しい」
正則は言い返さない。
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夕方の空気
クッキーをかじりながら、
自然と話は続く。
•配球の読み
•球数管理
•打者心理
•メンタル
亜由美はセカンドから見た景色を話す。
「今日な、2回のとき
相手ピッチャー、完全に目泳いどった」
「うん」
「打たれる前から負けとる顔やった」
正則は静かに言う。
「俺も、ああなったら終わりや」
亜由美はすぐ返す。
「ならん。
あんたはならん」
その言い方が、妙に確信的だった。
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帰り際
「正則くん、またいつでも寄ってな」
美咲が言う。
「ありがとうございます」
玄関を出て、自転車を押す。
亜由美が小声で言う。
「なあ」
「ん?」
「今日、ほんまにかっこよかったで」
正則は前を向いたまま、
「……セカンドおったからや」
亜由美は一瞬止まる。
「それ、ずるいわ」
でも、嬉しそうだった。
夕暮れの道を、
並んでペダルを踏み出す。
試合の数字も、
歓声も、
悔しさも。
全部ひっくるめて、
今はこの時間が、
一番静かで、
一番あたたかかった。
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了解、準決勝いこう。
ここは「空気が変わる試合」やね。正則が先発で、智雄が4番に入る。配置換えが効いて、チームのリズムが一段上がるやつ。
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大阪市長杯・準決勝
大阪タイタンズ vs 天王寺エンジェルス
タイタンズ後攻/先発:河内正則
試合前、グラウンドにはいつものキャッチボールの音が響く。
でも、今日のタイタンズは“静かに熱い”。
正則はマウンド付近ではなく、外野寄りのラインで控え捕手と肩を作っていた。
力は入れていない。フォームを崩さない。
指先の感覚だけを確かめるように、真っ直ぐを投げる。
一方、有村は星野慎一とキャッチボール。
有村の球は鋭く、星野の捕球は柔らかい。
二人とも、言葉は少ない。
(今日は守りで勝つ)
そんな意思が、キャッチボールのテンポに滲んでいた。
そして整列。
マスクは、もちろん有村がかぶる。
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タイタンズ先発メンバー(準決勝/打順)
※「正則と智雄のポジション入れ替え」+「正則9番、智雄4番」以外は大きく変えない形
1.梶原和樹(遊)
2.宮本さくら(中)
3.加藤亜由美(二)
4.池永智雄(右)★打順変更
5.岸本奈緒(一)
6.有村恒一郎(捕)
7.三宅陸斗(左)
8.星野慎一(三)
9.河内正則(投)★打順変更
(※「入れ替わっただけ」という言い方に合わせて、智雄=右翼/正則=投手にしています)
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1回表 天王寺エンジェルスの攻撃
プレイボール。
正則がマウンドに立つと、球場の空気がすっと締まる。
有村が構える。低め。
正則はうなずいて、投げた。
先頭打者
初球、外角低め――ストライク。
二球目、同じところ――詰まらせたセカンドゴロ。
亜由美がさばいて一塁へ。
ワンアウト。
2番打者
初球、ストライク。
二球目、ファウル。
三球目、外へ逃がして――空振り。
ツーアウト。
3番打者
初球、低めに置いてストライク。
二球目、打たせてショートゴロ。
梶原が捕って、一塁へ送る。
スリーアウト。
有村がミットを軽く叩く。
正則は表情を変えない。
わずか8球。三者凡退。
ベンチの真央が、さらっと言う。
「……立ち上がり、理想」
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1回裏 タイタンズの攻撃(準決勝 vs 天王寺エンジェルス)
正則が8球で三者凡退に斬って取った直後、
タイタンズのベンチはざわつかなかった。
ざわつく必要がない。
このチームは、最初から“取りに行く”つもりで出てきている。
先頭、梶原和樹。
相手投手の立ち上がりをじっと見て、甘く入った球を逃さない。
カキン――。
鋭い打球が右中間を割った。
外野が追う。ボールは転がる。
ツーベース。
いきなり二塁に立つ梶原が、手袋を叩く。
「よし」
続く宮本さくらも迷わない。
際どい球は振らない。甘い球だけを叩く。
打球は今度、左中間へ。
また二塁打。
連続ツーベース。
梶原が三塁を回って、余裕のホームイン。
スコアは 1-0。
3番の加藤亜由美は、ひとつ仕事をする。
引っ張りにいかず、流れのままセンター方向へ。
打球はまたも外野の間へ飛んでいく。
三本目のツーベース。
さくらが還って、亜由美は二塁へ。
初回から、もう 2-0。
そして――
4番、池永智雄。
今日の智雄は、四番の顔をしていた。
抑えなければ、ではない。
“返す”ために立っている。
相手バッテリーは慎重になる。
外へ外へ、低め低め。
だがカウントを悪くしたくない。
一球だけ、ストライクを取りに来る。
――高めに、甘く入った。
智雄の目が、そこだけを捉えた。
振り抜いた音が、球場を割る。
打球はレフトへ一直線。
レフトが下がる。下がる。フェンス際――
そのまま消えた。
特大のツーランホームラン。
亜由美が還り、智雄も還る。
スコアは一気に 4-0。
ベンチの有村が、マスクの上から笑った。
「……やるやん」
智雄は何も言わず、ただベースを踏んで戻ってくる。
でも、その背中が少しだけ大きい。
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5番も勢いを止めない。
しぶとくセンター前へ運ぶ。
ヒット。
6番はすぐに仕事を切り替える。
バントの構え。確実に転がす。
送りバント。
ワンアウト二塁。
7番は、叩きつけるようなサードゴロ。
三塁手が一塁へ送ってツーアウト――
その間に走者が三塁へ進む。
ツーアウト三塁。
8番は、粘る。
際どい球は見送り、ストライクはファウルで切る。
投手がじわじわ苛立つ。
そして最後は外れる。
フォアボール。
ツーアウト一、三塁。
9番――ピッチャー、河内正則。
さっきの8球。
そして今のこの打線。
“自分も流れの中にいる”ことを、正則は分かっている。
初球、外角。見送る。
二球目、ストライク。
三球目、少し甘い。
正則は強く振りにいかない。
ただ、センター返し。
打球はきれいに二遊間を抜ける。
センター前ヒット。
三塁走者が還り、さらに 1点追加。
スコアは 5-0。
塁上で正則が一瞬だけ拳を握る。
(よし)
そして打順は再び先頭へ。
梶原が打席に入る。
相手投手は、顔色が変わっている。
もう一つアウトを取るのが、こんなに遠い。
梶原は初球を鋭く叩いた。
だが打球はライナー。
ショートが飛びつき――捕った。
ショートライナーでアウト。チェンジ。
攻撃は終わった。
だが、試合の流れはもう、はっきりタイタンズにある。
初回から 5点。
そして、マウンドにはまた正則が戻っていく。
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