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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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23/33

打棒爆発

2回裏(続き)── とどめの打者一巡


二塁ベースの上で、正則は息を整えていた。

右中間を裂いた二塁打の余韻が、まだ指先に残っている。


スコアは 8-5。

それでも、タイタンズのベンチは止まらない。


(ここで終わらせる気はない)


相手ベンチが投手交代を告げた。

新しい投手がマウンドへ向かう。

顔は硬い。投球練習の球も、どこか散っている。


強いチームは、こういう瞬間を逃さない。

“代わった直後”がいちばん隙がある。


5番 岸本奈緒(一)


奈緒は打席に入ると、ベンチを見ずに深呼吸した。

狙いは一球。

「様子見」はしない。

代わったばかりの投手に、考える時間を与えない。


初球。

ストライクを取りにくる球が、甘く真ん中へ入った。


奈緒が振り抜いた。


乾いた音が、球場の空気を裂く。


打球はセンターへ一直線。

センターが背走する。フェンス際――届かない。


センターオーバー。ホームラン。


二塁走者の正則がホームへ還り、奈緒もゆっくりベースを回る。

スコアは一気に 10-5。


奈緒は派手に喜ばない。

でも、ダッグアウトに戻るときだけ、口元が少しだけ上がった。


(まだ終わらせない)


この一撃で、相手投手の集中が切れたのが分かった。

肩が上がる。腕が縮む。呼吸が浅くなる。


捕手が何度もマウンドへ行こうとするが、

行けば行くほど投手の焦りが増える。


6番 有村恒一郎(捕)


有村はいつも通り、簡単に終わらせない。

一球、ファウル。

二球、見送ってボール。

三球、またファウル。


投手は苛立ちを隠しきれない。


四球目。外れる。


フォアボール。


有村は一塁へ歩きながら、投手の顔をちらりと見る。


(もう崩れとる)


7番 三宅陸斗(左)


三宅は強引にいかない。

狙うのは、抜けた球を“素直に”打つこと。


外角の甘い球を逆らわずに流した。

打球はライト前へ落ちる。


一塁走者の有村が二塁へ進む。


ヒット。


ツーアウト一、二塁。

さっきまでの「嫌な空気」が、完全に相手に戻っている。


8番 星野慎一


星野は投手の揺れを見逃さない。

初球、ボール。

二球目、ボール。


ストライクが欲しくなる。

そして来た球は、真ん中寄り。


星野がコンパクトに叩く。


打球は三遊間を抜けた。

二塁走者が三塁を回る。

送球は中継へ――だが間に合わない。


タイムリーヒット。


スコアは 11-5。

ランナーは一、二塁のまま。


9番 池永智雄(投)


智雄はバットを短く持つ。

さっきのバントヒットと同じ構え。

相手内野が前に出る。


その一瞬の“前”が、逆に隙になる。


智雄はプッシュ気味に転がした。

三塁手の横を抜ける弱い打球。


一塁へ送球――ギリギリセーフ。


内野安打。


満塁。


球場がまた騒ぐ。

“また梶原に回る”というだけで、相手の顔色が変わる。


1番 梶原和樹(遊)


梶原が打席に入る。

投手は、さっきの三塁打が脳裏にこびりついている。


捕手が低めに構える。

投手は低めへ行こうとする。

でも、指先が言うことを聞かない。


ボール。

またボール。


カウントが悪くなる。

苦しくなる。

そして――ストライクを取りに行った球が甘く入る。


梶原はそれを見逃さない。

振り抜いた打球は、今度は左中間へ落ちる。


走者が二人還る。

三塁走者も本塁を蹴る――中継が乱れてセーフ。


走者一掃のタイムリー(二塁打扱いでOK)。


この回、ついに 8点目 が入った。


スコアは 13-5。


梶原は二塁上で息を吐き、ダッグアウトに向かって手を叩いた。


「まだ終わらせへんぞ、って思ったけど――

もう十分やな!」


2番 宮本さくら(中)


ここで投手は完全に疲れていた。

フォームが崩れ、球が浮く。


さくらは一球待って、軽く打ち上げた。

センターフライ。


スリーアウト。チェンジ。


攻撃終了。



3回裏 タイタンズの攻撃(3番から)

3番 加藤亜由美(二)


相手ピッチャーは、まだ呼吸が整っていない。

さっきの回の悪夢が、頭から抜けきっていないのが分かる。


亜由美はバットを構えながら、

「早く終わらせよう」なんて考えない。


(甘い球だけ、しっかり)


初球。

外角に逃げる――はずの球が、わずかに中へ寄った。


亜由美は迷わず振り抜く。


打球は鋭く、ライト前へ落ちた。


ヒット。


一塁で止まった亜由美が、内野を見渡す。

守備の動きが、明らかに重い。


4番 河内 正則(右)


正則はすでに、相手投手の状態を見抜いていた。


(肩、落ちとる)

(外は投げ切れん)


有村の視線と、一瞬だけ交わる。

言葉はいらない。


初球。

ストライクを取りにきた球が、真ん中寄り。


正則は、あえて振らない。


二球目。

今度は外角低め――ボール。


投手が、わずかに苛立つ。


三球目。

力んだ速球。

高めに浮いた。


正則が、コンパクトに叩いた。


打球はセンター前へ。

亜由美が二塁へ進む。


連打。


無死一、二塁。


ベンチがざわつく。

「またか」という空気が、相手に広がる。


5番 岸本 奈緒(一)


奈緒は打席で、相手投手をじっと見つめた。


(集中、切れとる)


初球。

外角。見送る。ボール。


二球目。

同じコース。今度はストライク。


三球目。

内角に来た瞬間、奈緒のスイングが走った。


打球は高く上がる。

センターが必死に下がる。


フェンス際――

そのまま越えた。


センターオーバー。ホームラン。


走者三人が還る。

スコアはさらに開く。


奈緒はベースを回りながら、表情を変えない。

でも、ダッグアウトでは全員が立ち上がっていた。


6番 有村 恒一郎(捕)


有村はもう、“打つ”より“壊す”役割に入っている。


ファウル。

ファウル。

見逃してボール。


相手投手は、完全に自分を見失っていた。


四球。


フォアボール。


7番 三宅 陸斗(左)


三宅は強引にいかない。

甘い球だけを待つ。


外角。

逆方向へ。


打球はレフト前に落ちた。


ヒット。


一、二塁。


8番 星野 慎一


星野は打席に入る前から、

「ここで終わらせる気はない」顔をしていた。


バントの構え。

守備が前に出る。


次の瞬間、星野は引いた。


叩きつけるようなゴロ。

三塁線を抜ける。


内野安打。


満塁。


9番 池永 智雄(投)


智雄は深く息を吸った。


(今度は、俺がつなぐ)


短く持って、確実に当てる。


打球は一、二塁間。

セカンドが追いつくが、送球が遅れる。


内野安打。


さらに追加点。


ここで相手ベンチが、ようやく動く。

だが、もう遅い。


攻撃の時間は長く、守備の時間は短い。

完全に、タイタンズの試合だった。




4回表 ブルーサンダーズの攻撃


攻撃の時間が、短すぎる。

それが相手にとっては何よりきつかった。


ベンチに戻って水を飲む間もない。

肩を回す時間もない。

「落ち着け」と言う言葉が、落ち着く前に次の守備を呼びにくる。


マウンドの智雄は、逆だった。

守備の時間が短いほど、智雄のリズムは整う。


有村が低めに構える。

智雄はそこに投げる。

迷いがない。


先頭打者。

初球ストライク。

二球目、外へ逃がしてボール。

三球目、低めへ沈めて――ショートゴロ。


梶原がさばく。ワンアウト。


二人目。

球数をかけない。

初球で打たせてセカンドゴロ。


亜由美が捕って一塁へ。ツーアウト。


三人目。

カウントを整える前に勝負をかける。

内角を詰まらせた打球が、サード前へ転がる。


(智雄、投げる)


智雄自身がマウンドから降りて、拾って一塁へ送った。


スリーアウト。


守備は、あっという間に終わった。


4回裏 タイタンズの攻撃


点差が開いている。

普通なら、少し緩む。

でもタイタンズは逆だった。


川原監督がベンチで言う。


「最後まで同じや。

コールドを取りに行く。

ただし雑にはなるな。作戦は守れ」


相手投手は、もう完全に疲れている。

フォームが崩れ、球が浮く。

ストライクが入らない。


タイタンズは、そこを容赦なく突く。


梶原が出る。

さくらが送る。

亜由美がつなぐ。

正則が返す。


連打と四球が絡み、またしても走者が還る。


スコアボードの差が、さらに広がっていく。

相手ベンチの顔が、目に見えて沈む。


“攻撃が終われば、また守備”

それが分かっているから、集中が続かない。

続けられない。


この回で、点差はついに 10点以上 に達した。


球場の空気が変わる。


(あと3つアウトを取れば終わる)


タイタンズ側の保護者席も、それを悟ってざわめく。

河内家の恵子が手を握りしめる。

恒一は黙ってうなずく。

一香は、目を細めてグラウンドを見つめる。


(正則、あんた…ほんまに頼もしくなったな)


5回表 ブルーサンダーズの攻撃


コールド成立条件は満たしている。

あとは、守るだけ。


智雄はマウンドへ向かいながら、胸の奥が静かだった。

一回に崩れた自分が嘘みたいに、今は落ち着いている。


(抑えなきゃ、じゃない)

(締める)


有村が言う。


「智雄。最後は“気持ち”やなくて“いつも通り”や」


智雄はうなずく。


「うん。いつも通り」


先頭打者。

初球、ストライク。

二球目、低め。ゴロ。


ショート梶原。ワンアウト。


二人目。

初球を打たせてセカンドゴロ。


亜由美。ツーアウト。


あと一人。


最後の打者が、必死に食らいついてくる。

ファウル。ファウル。

球場が一瞬静まる。


有村がマウンドへ歩いてきて、智雄の目を見た。


「昨日、俺が言うたん覚えとるか。

ここ抑えたら、お前の投球、幅が広がる」


智雄は、ほんの少し笑った。


「覚えてる」


そして頷く。


(最後の一球)


有村が外角低めに構える。

智雄はそこへ――投げ切った。


打者のバットが空を切る。


空振り三振。


スリーアウト。


審判が両手を上げる。


「ゲームセット。コールドゲーム!」


タイタンズのベンチが飛び出す。

でも智雄は、派手に喜ばなかった。


マウンドを降りながら、

ただ、ひとつだけ思う。


(俺、折れなかった)


一回で終わっていたはずの試合を、

自分は投げきった。


正則が近づいてきて、短く言う。


「……な?」


智雄はうなずいた。


「……うん」


それだけで十分だった。



試合後――ダッグアウトの外、ベンチ前の簡易テーブルに、スコアラー(真央)がクリップボードを置いた。

汗で少し波打ったスコアシートの上に、もう一枚。「今日の試合データ(集計表)」が重ねられている。


「みんな、これ。今日の投球内容と、イニングごとの内訳。それから打者別」


真央の声で、輪ができた。


試合結果コールドゲーム


大阪タイタンズ 16 – 5 淀川ブルーサンダーズ(5回表終了・10点差以上によりコールド成立)


イニング別スコア

12345計

ブルーサンダーズ500005

タイタンズ21121x16


真央がペン先で「2回」をトントン叩く。

「ここ。2回だけで11点。この試合、完全にここで決まってる」


投球データ(タイタンズ:先発=池永智雄)


真央が次の紙をめくる。そこには「投球内容(試合)」が数字で並んでいた。


池永 智雄(5回完投・コールド)


投球回:5.0


被安打:5


与四球:2


失点:5(自責5)※すべて1回


奪三振:4


投球数:70(ストライク 45)


イニング別投球内訳

回投球数被安打四球三振失点備考

1回3230053連打→2失点、満塁から2点打ほかで崩れる

2回1521101死一二塁のピンチを抑える

3回70010三者凡退(テンポ◎)

4回70010三者凡退(球数最少級)

5回90110最後は三振で締め


有村が「ほらな」と言わんばかりにニヤッとする。

真央も頷いて言った。


「智雄、2回以降の被安打2本だけ。球数も1回だけ多くて、そこから一気に締め直してる」


智雄は返事をしない。

でも、表情だけが少し軽くなっていた。


打者データ(タイタンズ:打撃成績)


真央は最後の紙を広げる。

打順ごとに、今日の打席結果が全部まとまっていた。


打者別(本日の成績)

打順選手結果(安打/打点など)打数-安打四球打点得点

1梶原 和樹(遊)三塁打(同点の走者一掃)+出塁3-1132

2宮本 さくら(中)適時打+つなぎ3-2012

3加藤 亜由美(二)連打で流れ固定(出塁)3-1002

4河内 正則(右)1回ツーラン+2回タイムリー二塁打3-2042

5岸本 奈緒(一)2回センターオーバーHR(2ラン)・3回センターオーバーHR(2ラン)3-2041

6有村 恒一郎(捕)粘って四球/出塁で崩す2-0202

7三宅 陸斗(左)粘り→安打で再加速3-1011

8星野 慎一15球粘って安打(流れの芯)3-1011

9池永 智雄(投)バントヒット/つなぎ2-1101


真央が赤ペンで丸をつける。

「ポイントはここ」


梶原:走者一掃の三塁打(2回の流れを決定づけた)


正則:長打2本で“返す役”を完遂


奈緒:代わり端の初球を仕留めて相手の心を折った


有村:四球2つ。しかも内容が“投手を削る四球”


星野:15球粘りのヒットが満塁の入口


有村が笑って言う。

「真央、よう見とるな。……せやけど、これ“データ”いうより、ほぼ“証拠”やな」


亜由美が正則の横で小さく頷く。

「ね。みんな“やること”ぶれてない」


正則は照れもせず、淡々と答えた。

「練習でやってること、そのまま出ただけ」


智雄が、遅れて小さく言う。


「……俺も、次からは“そのまま”やる」


真央がスコアシートを閉じる。

「うん。それが一番強い」



夕方の空は、もう試合の熱をすこしだけ手放していた。

球場を出て、自転車を押しながら並んで歩く正則と亜由美。

さっきまでの歓声が、少し遠い。


「……喉、からっからやわ」


亜由美がそう言って、首元をぱたぱた扇ぐ。


正則は一瞬考えてから、前を指さした。


「コンビニ寄ろか」


「え、いいん?」


「今日は俺の奢りや」


亜由美の顔が、ぱっと明るくなる。


「やった! じゃあサイダー!

めっちゃ冷えたやつな!」


コンビニの自動ドアが開くと、ひんやりした空気が二人を包んだ。

正則は迷わず冷蔵ケースへ行き、

一番奥に手を突っ込んで、よく冷えたサイダーを二本取る。


「ほら。冷たいやつ」


「さすが分かっとるやん」


レジを済ませて、店の外。

夕焼けを背に、二人は並んで腰を下ろした。


プシュッ。


同時に開く音。

サイダーの泡が、ぱちぱちとはじける。


亜由美が一口飲んで、目を細めた。


「……生き返る」


正則も一口飲んで、短く言う。


「うまい」


少しの沈黙。

でも、気まずさはない。


亜由美がサイダーの瓶を見つめながら言った。


「今日さ……すごかったな。

正則のホームランも、あの二塁打も」


正則は照れたように、視線を外す。


「……たまたまや」


「うそ。

あれ、“準備しとった人の打ち方”やもん」


正則は返事をしなかった。

でも、サイダーを持つ手が、ほんの少しだけ強くなる。


亜由美は続ける。


「智雄もさ、最初は危なかったけど……

後半、顔変わっとった」


「……うん」


「正則が言った言葉、効いたんやと思う」


正則は小さく息を吐いた。


「別に、優しいこと言うたわけちゃうし」


「でも、逃げ道は作らんかったやろ」


亜由美はそう言って、正則を見る。


「それ、正則のええとこやと思う」


正則は困ったように笑って、サイダーを飲み干した。


「……お前もな」


「え?」


「セカンドおるとき、

ちゃんと見とるって分かるから」


亜由美の頬が、ほんのり赤くなる。


「そんなん……当たり前やん」


しばらく、二人は黙ってサイダーを飲んだ。

炭酸の刺激が、今日一日の疲れをゆっくりほどいていく。


空は、もう薄い群青色に変わり始めている。


亜由美が立ち上がって、自転車を押す。


「ほな、帰ろか」


「おう」


並んでペダルを踏み出す。

風が気持ちいい。


試合の勝ちも、データも、歓声も。

今はもう少し遠くていい。


この帰り道と、

冷えたサイダーと、

隣にいるこの時間。


それだけで、今日は十分やった。


正則は、そう思いながら、

ゆっくりとペダルを踏んだ。

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