準々決勝
大阪市長杯、準々決勝淀川ブルーサンダーズVSタイタンズ
タイタンズスタメン
1.梶原 和樹(遊)
2.宮本 さくら(中)
3.加藤 亜由美(二)
4.河内 正則(右)
5.岸本 奈緒(一)
6.有村 恒一郎(捕)
7.三宅 陸斗(左)
8.星野 慎一(投/この試合は右の技巧派としてベンチ待機)
9.池永 智雄(投)
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大阪市長杯 準々決勝
タイタンズ vs 淀川ブルーサンダーズ
1回表 ブルーサンダーズの攻撃
淀川の風は、川沿い特有の湿り気を含んでいた。
球場の空気が、いつもより重い。
準々決勝――ここから先は、“勝てば次”じゃない。
“負けたら終わり”が、真正面から来る。
マウンドに立つ池永智雄は、いつもより呼吸が浅かった。
手のひらのロジンを強く握りしめ、何度も指をこすり合わせる。
(抑えなきゃ)
(俺がエースや)
(ここで結果出さなきゃ)
その気持ちが、身体を固くする。
固くなった腕は、ボールを言うこと聞かせなくなる。
初球。
外角低めに投げたいはずの球が、真ん中に寄った。
カキン。
先頭打者の打球はセンター前に落ちた。
いきなりのヒット。観客席がざわつく。
続く2番。
智雄は早くアウトを取りたくて、球を急がせる。
カキン。
今度はライト前。
ランナー一、二塁。
3番打者。
智雄は「強い球で押す」ことしか考えられなくなっていた。
力む。腕が遅れる。ボールが浮く。
カキン。
三連打。
センターが返球する間に二塁走者がホームを踏む。
さらに送球が少し逸れた分、一塁走者も三塁を蹴る。
2点先制。
有村恒一郎がマウンドへ駆け寄った。
いつもの落ち着きが、智雄から消えているのが分かる。
「智雄。落ち着け。
今、頭の中、“抑えなきゃ”でいっぱいやろ」
智雄は答えない。
答えられない。
喉が詰まる。
「失点は戻らん。
でも、今からの1球は戻せる。
今の1球に集中せえ」
有村の声は低い。
怒鳴ってはいない。
それが逆に効く。
智雄は頷いた――つもりだった。
だが、身体はまだ固い。
制球が定まらない。
ストライクが取れない。
四球と内野安打で、いつの間にかツーアウト満塁。
球場の空気が、完全に相手へ傾きかける。
ここで打者の打球。
一塁線を鋭く破られた。
ライト線へ転がるタイムリーツーベース。
走者が次々と還る。
三塁コーチが腕を回す。
さらに3失点。
スコアは、あっという間に 0-5 になった。
内野陣が集まる。
亜由美が声をかけ、梶原が帽子のつばを上げて智雄の目を見る。
奈緒も短く言う。
「切り替えよ。まだ一回や」
だが智雄の心は、別の場所へ行きかけていた。
(終わった)
(この試合で全部終わった)
その瞬間。
正則が一歩前に出た。
声は強く、表情は硬い。
「お前――
まだ試合終わってねぇのに、ギブアップすんのかよ」
智雄の胸を、言葉が殴った。
正則は続ける。
「失った点は戻らん。分かっとる。
でもな、ここで終わった顔したら、マジで終わりや」
それは優しさじゃない。
でも、正則なりの“発破”だった。
こんなところで負けていいのか、という気持ちが
そのまま言葉になっていた。
智雄は、唇を噛んだ。
(……終わってない)
(終わらせたのは、俺の気持ちや)
有村が短く言う。
「次の一人。ここや」
智雄は深呼吸する。
一球、低めに入れた。
ストライク。
次も、低め。
打ち損じのセカンドゴロ。
亜由美が捕って、一塁へ送る。
スリーアウト。
智雄はマウンドで、やっと“今”に戻ってきた。
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1回裏 タイタンズの攻撃(修正版)
スコアボードには 0-5。
それでも、タイタンズのベンチに焦りはなかった。
相手投手は緩急でかわすタイプ。
球速はないが、間の取り方がうまい。
簡単には打たせてもらえない――そんな空気がある。
1番 梶原和樹(遊)
梶原は粘った。
ファウル、見逃し、またファウル。
フルカウント。
外に逃げる球を、しっかり見極める。
フォアボール。
一塁で軽くガッツポーズ。
まず“流れ”を止めた。
2番 宮本さくら(中)
さくらは迷わない。
初球からセーフティーバント。
三塁線に転がった打球は絶妙だった。
三塁手が突っ込むが、送球が間に合わない。
内野安打。
無死一、二塁。
相手ベンチがざわつく。
3番 加藤亜由美(二)
亜由美はつなぐ意識でバットを出す。
だが相手投手も踏ん張った。
打球は二遊間へのゴロ。
セカンドが捕って二塁へ――
そこから一塁へ。
ダブルプレー。
ツーアウト。
ランナーは三塁に残る。
亜由美は悔しそうに一塁線を見たが、すぐ顔を上げた。
「次、返す」
それだけを言ってベンチに戻る。
そして――
4番 河内正則(右)
ツーアウト三塁。
正則が静かにバッターボックスへ入る。
(軌道は見えてる)
相手捕手が一瞬、警戒した。
“この打者、何かしてくる”。
だから外す。
外角へ、わざと。
正則は振らない。
もう一球、様子見で外す。
2ボール。
さすがにカウントを悪くするわけにはいかない。
内角低め。
ギリギリ入って、ストライク。
2ボール1ストライク。
もう一球、ストライクが欲しい。
捕手は外角寄り、真ん中の高さに構えた。
――甘い。
正則の身体が、迷いなく反応する。
振り抜いた。
打球は高く、鋭く伸びる。
レフトが一歩も動けない。
白球はそのまま――
レフトスタンドへ。
ツーランホームラン。
ベンチが爆発する。
点差は一気に縮まり、スコアは 5-2。
正則は淡々とダイヤモンドを回る。
感情を表に出さない。
だが、戻ってきたときの目だけが熱い。
5番 岸本奈緒(一)
続く奈緒は、初球を強く叩く。
だが打球は詰まり、ショートゴロ。
スリーアウト。チェンジ。
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ベンチに戻った正則に、有村が短く言う。
「ナイスバッティング」
正則はうなずくだけ。
その横で、智雄がスコアボードを見つめていた。
0-5が、5-2になっている。
(……まだ終わってない)
さっき正則に投げつけられた言葉が、
今は胸の奥で、別の意味を持ち始めていた。
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大阪市長杯 準々決勝
2回表~2回裏(再構成)
2回表 淀川ブルーサンダーズの攻撃
智雄はマウンドに立つと、一度だけ深く息を吸った。
一回の惨状が、まだ身体の奥に残っている。
でも――今、頭の中にあるのはそれじゃない。
(次の一球だけ)
有村のミットが低く構えられる。
智雄はそこを見る。
結果じゃない。点差じゃない。
“ここに投げる”だけ。
先頭打者。
智雄は外角低めに、丁寧にストライクを置いた。
打者は前に飛ばしたが、詰まった打球はセカンドへ。
亜由美が落ち着いて捕って一塁へ送る。
ワンアウト。
智雄は小さくうなずいた。
(よし、いける)
だが、次の打者。
際どいところを狙おうとしてボールが外れる。
ストライクを取りにいこうとすると甘くなりそうで、また外れる。
四球。
ワンアウト一塁。
続く打者。
初球、ストライクを取りにいった球が真ん中に寄った。
カキン。
打球はライト前へ。
一塁走者が二塁へ進み、打者は一塁へ。
ワンアウト一、二塁。
また、嫌な形のピンチ。
しかもアウトはひとつしかない。
普通なら、ここでまた焦りが湧く。
でも智雄は、前ほど浮足立たなかった。
胸の奥に引っかかるものがある。
――お前、まだ試合終わってねぇのに、ギブアップすんのかよ。
正則の声。
痛いけど、今は支えだ。
有村がマウンドに来る。
ミットを叩かず、智雄の目を見た。
「ええか。ここ抑えたら、さっきの一回が“意味”になる」
智雄はゆっくりうなずく。
「……うん」
「力いらん。
低め、低め。
一個ずつや」
智雄は深呼吸。
一球目、外角低め。ストライク。
二球目、少し内に寄せてファウルを取る。
打者のバットが遅れ始める。
三球目。高めを見せて目線を上げる。
四球目――低めへ沈める。
打者はこすり上げるだけ。
打球は浅いセンターへ上がる。
さくらが前へ出て捕る。
走者はタッチアップできない。
ツーアウト。
あと一人。
智雄の目が、ようやく落ち着きを取り戻す。
次打者。
初球ストライク。
二球目、ファウル。
三球目、外へ逃がしてボール。
四球目。
低めのストライクで勝負。
打者は詰まらせた。
ショートゴロ。
梶原が捕って、二塁へ――一塁へは投げない。
確実にアウトを取る形。
スリーアウト。
ピンチを招いたのに、崩れずに終わらせた。
智雄はマウンドで一度だけ空を見上げた。
(まだやれる)
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2回裏 タイタンズの攻撃
ベンチに戻ると、川原監督が短く言った。
「相手はコースでかわす。
なら、こっちは“投げさせる”。
際どいボールは振らん。振ってもファウルでカットや」
選手たちがうなずく。
“攻撃”のスイッチが入った。
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6番 有村恒一郎(捕)
有村はバットを短く持って入った。
狙いはヒットじゃない。
相手の体力と神経を削ること。
外角ギリギリ。見送る、ボール。
内角ギリギリ。ファウル。
低め。ファウル。
高め。見送る。
またファウル。
相手投手の眉間が、じわじわ寄っていく。
10球目。
投手が「ここでストライク取らんと」と力む。
ボールが外れる。
フォアボール。
有村は一塁へ歩きながら、無表情でベンチを見る。
(削ったで)
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7番 三宅陸斗(左)
三宅も粘る。
際どいところをカット、カット、カット。
8球目。
相手投手が、やっと“決め球”を投げた。
三宅のバットが空を切る。
空振り三振。
でも三宅は戻りながら、吐き捨てるように言った。
「球、だいぶ荒れてきてます。
焦ってますよ、あいつ」
それが、チームにとっての武器になる。
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8番 星野慎一(三)
技巧派は打席でも技巧派だった。
星野は執念深くファウルを打ち続ける。
ファウル。
またファウル。
さらにファウル。
気づけば 15球。
投手の肩が落ちる。捕手がマウンドに行く。
「落ち着け」と言いながら、本人が落ち着いていない。
15球目――真ん中に少し入った。
星野がコンパクトに合わせた。
打球はセンター前へ落ちる。
ヒット。
一塁・二塁。
ツーアウトでも、空気が変わる。
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9番 池永智雄(投)
智雄はバットを短く持った。
狙いは一つ。
(転がす)
初球、バントの構え。
投手と三塁手が前へ出る。
二球目。
智雄はコツンと当てた。
打球は、投手と三塁の真ん中付近へ
絶妙なスピードで転がる。
投手が捕って一塁へ――
間に合わない。
バントヒット。
そして――
満塁。
球場が一気にざわつく。
“これで終わりじゃない”が、形になり始める。
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1番 梶原和樹(遊)
梶原が入ると、相手バッテリーが顔色を変えた。
ここで一本出れば、試合はひっくり返る。
捕手がマウンドに駆け寄る。
「落ち着け。
まずこのバッターを打ち取る。
慌てたら一気に持っていかれる」
投手はうなずく。
だがうなずく腕が、硬い。
際どいコースをつく。
タイタンズの作戦通り、梶原は振らない。
あるいはファウルで切る。
ボール。
ファウル。
ボール。
ファウル。
カウントは 3ボール1ストライク。
(ここで四球は出せない)
投手はストライクを取りにいくしかない。
捕手もミットを“甘くならない程度の真ん中”へ戻す。
だが――来た球は、甘かった。
真ん中。
梶原の腰が回る。
乾いた音が球場を切った。
打球は中堅の頭上を真っ二つに割るように伸びる。
センターが必死に下がり、フェンス際で伸びる――届かない。
走者が三人、次々にホームへ還る。
梶原は二塁を蹴って三塁へ滑り込んだ。
スリーベース。
スコアボードが動く。
5-5。 同点。
ベンチが爆発する。
梶原は叫ばない。
ただ三塁ベースの上で拳を握りしめた。
(まだ終わってない)
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