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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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20/33

帰り道

了解。ではその流れを切らさず、会話 → 内省 → 練習 → データ提示まで一気に描くね。



グラウンド脇・試合後の静かな時間


智雄は、星野慎一のところへ歩み寄った。

さっきまでの試合の余韻が、まだ土の匂いとして残っている。


「なあ、星野。

どうやったら、あんな投球できるんや」


星野は一瞬だけ智雄を見る。

それから、視線をグラウンドの向こうに戻した。


「……正則も言ったやろ」


智雄が黙る。


「自分で見つけるしかない」


それだけ言って、星野はそれ以上続けなかった。

突き放すでもなく、優しく教えるでもない。

でも、その言葉には逃げ道がなかった。



智雄の内側


(結局、誰も答えはくれへん)


でも、それは「冷たい」わけじゃない。

むしろ逆だと、智雄はようやく分かり始めていた。


(正則は、怪我して投げられん時間があった)

(その間、何してた?)


数字が、頭に浮かぶ。

球数。

出塁率。

崩れない投球。


(球数管理……)

(感情が先に出たら、球は荒れる)


智雄は、自分の投球を思い返す。

抑えたい、目立ちたい、負けたくない。

全部、感情が先だった。


(メンタルのケア……)

(投げる前、投げた後、何もしてへんかった)


初めて、智雄は「技術」じゃない部分を

自分の中に落とし込もうとしていた。



ブルペン・ピッチング練習


一方で、正則はすでにブルペンに入っていた。

相手は、有村恒一郎。


有村がミットを構える。


「次、外角低めな」


正則は軽く頷く。


「分かった」


助走。

腕の振り。

迷いはない。


ボールは、有村のミットが構えたその真ん中に、

きれいな軌道を描いて吸い込まれた。


パンッ。


有村が即座に言う。


「今の、完璧」


正則は少しだけ口元を緩める。


「よし。

今日も調子ええな」


それは慢心じゃない。

自分の状態を、正確に把握している言葉だった。



スコアラー・真央のデータ提示(練習)


少し離れたところで、森下真央がタブレットを見ていた。

練習でも、彼女は記録を取る。


「正則、今日のブルペンデータ出てる」


呼ばれて、正則と有村、そして少し遅れて智雄も近づく。



◆ 河内正則・ブルペン投球データ(本日)

•投球数:45球

•ストライク:36球

•ボール:9球

•ストライク率:80%


コース別

•外角低め:18球中 16ストライク

•内角低め:10球中 8ストライク

•高め(見せ球):5球中 4ストライク


連続ストライク数

•最大:9球連続


真央が淡々と続ける。


「狙ったコースへの到達率が高い。

特に外角低めは、ほぼズレてません」


有村が頷く。


「そら、投げやすいわ。

ミット動かす必要ない」



智雄の視線


智雄は、その数字をじっと見ていた。


(いきなり真似しても、無理や)

(でも……)


正則がやっていたのは、

•球数を意識すること

•感情を切り離すこと

•投げた後に、必ず振り返ること


全部、今からでもできることだった。


智雄は、静かに息を吐く。


(まずは、投げる前に考えろ)

(投げた後に、振り返れ)


ようやく、

「追いつく」じゃなく、

「自分の投球を作る」スタートラインに立った。





練習が終わって、グラウンドの土の匂いが少しずつ夕方の空気に溶けていく。

ベンチの片付けも終わり、正則がボールケースを肩にかけたところで――


背中の方から、軽い足音が近づいてきた。


「正則〜」


振り向くと、亜由美が両手を腰に当てて、いかにも当然みたいな顔で立っている。

汗で前髪が少しだけ額に張りついて、頬が赤い。

だけど目は元気そのものだった。


「お腹すいた。帰りになんかおやつ買って帰ろ〜」


正則は一瞬、笑ってから肩をすくめた。


「いいよ。じゃあ今日は俺の奢りや」


亜由美の顔が一気に明るくなる。


「やった〜! じゃあミスドのフレンチクルーラー食べたい!」


「即決かい」


「即決。フレンチクルーラーは別腹やもん」


「別腹って、胃袋いくつあんねん」


「え、知らんの? 亜由美の胃袋、三段構えやで」


正則は吹き出しそうになりながらも、黙って歩き出した。

亜由美は当然のように隣に並ぶ。



ミスドのフードコーナー


店に入ると、甘い匂いが一気に鼻にくる。

練習後の体に、その匂いは反則だった。


トレーを持った亜由美が、ショーケースを覗き込む。


「フレンチクルーラー……あっ、ある。しかもきれいなやつ」


「きれいなやつって何やねん」


「あるやろ? 形が“勝ってる”フレンチクルーラー」


「ドーナツに勝ち負け持ち込むなよ」


亜由美はフレンチクルーラーを迷いなく取り、

ついでみたいにチョコ系も一つ指差す。


「あとこれも。練習頑張ったご褒美」


正則は苦笑いしながら、自分用にオールドファッションを取った。


飲み物は、亜由美がアイスココア、正則がアイスコーヒー。

会計を終えると、二人はフードコーナーの端の席に並んで座った。



亜由美は手を合わせるみたいにして言う。


「いただきまーす」


フレンチクルーラーを一口。

ふわっとした生地がほどけて、砂糖の甘さが広がる。


「……はぁ。生き返る」


「ドーナツで生き返るやつ初めて見た」


「運動した後のフレンチクルーラーは、ほぼ回復アイテム」


「RPGか」


亜由美はむしゃむしゃ食べながら、何気なく正則を見る。


「今日の投げ方、めっちゃ良かったな。ミットが全然動いてへんかった」


正則はアイスコーヒーを一口飲んで、氷をカランと鳴らした。


「まあ……有村が受けやすいとこ出してくれるしな」


「それもあるけどさ。正則、投げる時、落ち着いとるやん」


亜由美はストローをくるくる回しながら言う。


「智雄、最近ちょっと変わろうとしてるの分かる?

でも、焦りが顔に出るねん。投げる前から負けそうな顔する時ある」


正則はすぐには答えず、ドーナツをちぎって口に運ぶ。

噛んで、飲み込んでから、ぽつりと。


「……変わろうとしてるだけ、前よりマシやろ」


「うん。マシ。だからこそ、ちゃんと変われたらええなって思う」


亜由美は言い終わると、最後のひとかけらを食べて、満足そうに頷いた。


「よし。糖分補給完了。これで明日も動ける」


「ほんまにRPGやん」


「せやで。正則はエース、私はセカンド、役割分担な」


正則は笑って、紙ナプキンで手を拭いた。


「ほな帰ろか」


「うん。……あ、奢りありがと!」


「はいはい」


二人はトレーを返して、店の外に出る。

夕方の風が少し冷たくて、でも心地よかった。


亜由美は歩きながら、何でもないように言う。


「次はさ、試合勝った日、ミスドじゃなくて、たこ焼きにしよ」


「いきなり大阪魂出すな」


「そら出るよ。うちら大阪やもん」


正則は笑って、少しだけ歩幅を合わせた。





ミスドを出ると、空はもう夕方の色になっていた。

昼の熱が少しだけ落ちて、風が自転車のハンドルを撫でる。


「ほな帰ろか」


正則が自転車のカギを回すと、亜由美も自分の自転車にまたがった。


「よーし、帰り道レースな」


「アホ、ここ車通るねん」


「冗談冗談。安全運行でいきまーす」


二人並んでペダルを踏む。

タイヤがアスファルトをこする音が、一定のリズムで続く。

練習の疲れがあるはずなのに、不思議と足は軽かった。



河内家の前


河内家の前まで来ると、玄関灯がついていた。

正則が自転車を止めると、ちょうど玄関の扉が開く。


「おかえり」


出てきたのは姉の一香だった。

制服じゃない。部活帰りみたいにラフな格好で、手には冷えたペットボトルのお茶。


そして亜由美を見ると、ぱっと表情が柔らかくなる。


「亜由美ちゃん、暑いやろ。

冷たいお茶あるさかい、飲んで帰り」


「えっ、いいんですか? ありがとうございます!」


亜由美は遠慮しつつも、喉の渇きには勝てない。

玄関先の涼しい影に入って、ペットボトルを受け取った。


正則も自分の自転車を壁際に寄せて、一緒に立つ。

お茶の冷たさが、練習後の体にじわっと染みる。


「はぁ〜……生き返る……」


「さっきも生き返ってなかった?」


「今のは“第二形態”」


一香がくすっと笑った。


「相変わらずやな、亜由美ちゃん」


亜由美は照れたように笑って、もう一口飲む。



そのとき、家の中から父・恒一の声がした。


「一香、誰や?」


一香が玄関の奥へ向かって返す。


「亜由美ちゃんやで。

練習帰りに寄っただけ〜」


少し間があって、恒一が玄関まで顔を出した。

作業着のまま、腕を軽く拭いながら二人を見る。


「おう、加藤さんとこの亜由美ちゃんか。暑いなぁ」


「はい、めっちゃ暑かったです」


恒一は頷いてから、正則に目を向ける。


「正則。亜由美ちゃん送ってき」


正則は間髪入れずに返す。


「分かった」


亜由美は慌てて手を振る。


「えっ、いいですって! 私、一人で帰れますし…!」


一香が即ツッコむ。


「なに言うてんの。

この暑さやし、暗なるのも早い。送ってもらい」


「…う、うん。じゃあ……お願いしよかな」


亜由美はペットボトルを両手で持って、ちょこんと頭を下げた。


「ありがとうございます」


正則は照れ隠しみたいに前輪を軽く回して言う。


「ほな行こか。

…そのお茶、飲み終わったら返してな」


「返す返す! 大事に返す!」


「なんで“借り物感”そんな強いねん」



再び自転車で


二人は並んで自転車にまたがる。

亜由美はまだ冷たいお茶を少し残したまま、ペダルを踏み出した。


「正則んち、やっぱ優しいな」


「まあ…姉ちゃんが世話焼きなだけ」


「一香さん、めっちゃしっかりしとる。

私が姉やったら、弟にジュース奢らせるもん」


「最低やん」


「冗談やって!」


笑いながら走る自転車の音が、夕方の住宅街に溶けていく。

さっきまで“野球”でいっぱいだった一日が、

こういう普通の時間で静かに締まっていく。


正則は横目で亜由美を見て、何でもない声で言った。


「…明日も練習やで」


亜由美は前を見たまま、元気よく返す。


「知っとる。

せやから今日、甘いもんでチャージしたんやん」


「ほんま都合ええ体やな」


「うらやましい? ほな、正則も第二形態なり」


「ならんわ」


二人の自転車は、夕暮れの道を並んで進んだ。





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