表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
河内正則・栄光への道  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/33

コールド勝ち

2回表。

スコアは 5-1。タイタンズが一気に流れを持ってきた。


でも有村は、ベンチで智雄の肩を叩いてから、低く言った。


「点取った直後が一番危ない。

“安心”で球が浮く。気ぃ抜くな」


智雄は頷いた。


(次の一球だけ)

(先頭を出さない)

(初球ストライク)


マウンドへ向かう足取りは、さっきより少しだけ落ち着いていた。



2回表:先頭打者との勝負


フライヤーズの5番、真鍋健斗。

体が大きくて、強引に引っ張るタイプ。


有村のサインは外角低め。まずストライク。


智雄は投げた。

狙い通り――だが、わずかに高い。


ストライク。


(よし、入った)


二球目。

同じコースで低めを意識しすぎて、今度は外に逃げる。


ボール。


智雄の胸がざわつく。


(あ、ずれた)

(でも…戻せる)


ここで焦って修正しに行くと崩れる。

“結果を投げ直すな”。


智雄は一回だけ長く息を吐いた。

グラブを軽く叩く。

ミットだけを見る。


(次の一球で何をする)

(低めに戻す)


三球目。

外角低め、ストライク。


真鍋が空振りした。


有村がミットを鳴らす。


バシッ。


「オッケー。今のテンポや」


四球目。

今度は内角低め。詰まらせる球。


打たせた。


ゴロ。サード前。


三塁手が落ち着いて捕って、一塁へ。アウト。


ワンアウト。


智雄の肩が少し軽くなる。


(先頭取れた)

(これで崩れない)



6番:ここで“余計なこと”をしない


6番、中西悠斗。

バットを短く持って、食らいつくタイプ。


有村はサインを細かく出す。

三振を狙うより、球数を減らす配球。


智雄は頷いて投げた。


初球、低めストライク。

二球目、ゴロを打たせる球。

中西は引っかけた。


セカンドゴロ。


亜由美が軽快にさばく。二つ目のアウト。


ツーアウト。


亜由美がボールを投げ返す時、智雄に小さく言った。


「ええ感じ。落ち着いとるよ」


智雄は小さく頷いた。


“声”が、支えになる。

守備を信じるってこういうことなんだ、と智雄は少しずつ分かってきた。



7番:小さなピンチ、小さな修正


7番、西川蒼太。

ここで油断すると、また先頭の悪夢が戻る。


初球。

智雄は丁寧に行きすぎて、ボール。


(あ…)


二球目。

ストライクを取りに行って、少し甘い。

西川が引っ張った。


打球は一二塁間を抜けそうになる。


亜由美が横っ飛び。

グラブの先で止めた。

立ち上がって一塁へ——間に合わない。


内野安打。


ツーアウト一塁。


智雄の胸が一瞬ざわつく。


(またランナー…)

(嫌な感じ…)


でも、ここで“昨日の自分”に戻らない。


智雄は、ルールをやる。

長く息を吐く。

グラブを叩く。

狙いを言う。


(次の一球)

(ゴロ)


有村がマウンドに来ない。

それは「お前が戻れてる」っていうサインだった。



8番:打たせて取る、そしてゼロで終わる


8番、藤田海翔。

バントの気配もある。だがツーアウト。普通に打ってくる。


智雄は初球、低めストライク。

二球目、外角へ散らす。ファウル。

三球目、内角低め。詰まらせる。


打球はショートへ。


梶原が落ち着いて捕って、一塁へ。


アウト。


チェンジ。


智雄は、静かにマウンドを降りた。

派手なガッツポーズはしない。

でも胸の中は確かに違った。


(ランナー出ても、崩れなかった)

(ゼロで終われた)


ベンチに戻ると、有村がミットを叩いて言った。


「今の回、めっちゃデカい。

“点取った直後”にゼロで返した。これは強い投手の回や」


智雄は汗を拭いて、短く答えた。


「……次も、同じように投げる」


有村は頷く。


「それでええ。“次の一球”だけや」





2回裏。タイタンズの攻撃。

スコアは 5-1。でもベンチは浮かれていない。


この回の先頭は――9番。ラストバッターから。

ここで塁に出れば、また上位に回る。

フライヤーズとしては、何としても先頭を出したくない回だった。


マウンドの相手投手は、さっきから汗が増えている。

「抑えよう」とするほど肩が上がり、球が指にかからない。



9番、四球で出塁


初球、外。ボール。

二球目、低めのはずが高い。ボール。

三球目、慌ててストライクを取りに来て外に抜ける。ボール。


カウント3-0。


球場がざわつく。

キャッチャーがマウンドへ行っても、投手の肩は固いまま。


4球目、ストライク。

5球目、ファウル。

フルカウント。


そして6球目。

際どいコース。ストライクと言われてもおかしくない球。


でも9番打者は、振らない。

ミットの音。


――ボール。


フォアボール。


タイタンズのベンチが一気に息を吸う。

「よし、回った」

その空気が、グラウンド全体に伝染した。


フライヤーズの投手は、マウンド上で小さく舌打ちした。

自分の力みが、最悪の形で出た。



上位打線が火を吹く:4連打で3点


1番・梶原。

初球から振り抜く。レフト前。

ノーアウト一、二塁。


2番・さくら。

追い込まれても崩れない。センター前。

満塁。


3番・亜由美。

外角の甘い球を逆らわずに流す。

右前へ落ちる。


三塁走者、生還。

二塁走者も、三塁を回ってホームへ。


2点。


球場が沸く。


まだ止まらない。


4番手前の打者も、詰まらせながら内野の頭を越える。

センター前。


さらに1点。


この時点で4連打、3点。

スコアは 8-1。


フライヤーズのベンチが慌ただしく動く。

川原監督は腕を組んだまま、微動だにしない。


「ここで正則に回る」


その一言が、相手にとっては“宣告”だった。



正則の打席前:投手交代


フライヤーズの監督がタイムをかける。


「ピッチャー、交代!」


マウンドに上がってきたのは――

左のアンダースロー。


球速はそれほどない。

でも、コーナーを突ける。

そして横から来る独特の軌道で、打者の目線を狂わせるタイプ。


正則がバッターボックスに向かう途中、相手の投球練習を見る。

ボールが浮き上がって見える。

沈むというより、横から“滑ってくる”。


(なるほど)

(大きく曲がるわけじゃない)

(コースで勝負してくる)


正則は、焦らない。

バットを軽く握り直して、打席に入った。



正則:スイングをかけながら見極める


初球。

外。ボール。

正則は軽くスイングをかけて止める。

“見える範囲”を測る。


二球目。

内角寄り、低め。ストライク。

正則は振らない。

(そこは手を出す球じゃない)


三球目。

外角低め。ボール。

正則はまた軽くスイングをかける。

振るというより、合わせに行く動き。


四球目。

インハイ寄り。ファウル。

正則の目が、ほんの少しだけ鋭くなる。


(軌道は読めた)

(あとは“高さ”だけ)


相手投手は、コーナーを突くつもりで投げている。

でも、正則はその“丁寧さ”の裏にある焦りも見ている。


(次、ちょっと浮く)



5球目:アウトハイを強振


五球目。

狙いは外角だったはずの球が、わずかに甘く入る。

アウトハイ。打ち頃。


正則の体が反応する。


振り抜いた。


――ガキィン!!


打球は、センターの頭上を越える。

センターが下がる。下がる。

フェンスまで届く。


センターオーバー、2点タイムリー。


走者が二人、ホームイン。

ベンチが揺れる。


スコアはさらに開いて 10-1。


フライヤーズの選手たちの肩が、目に見えて落ちた。



打者一巡の猛攻:この回7点


止まらない。


正則の二塁打のあとも、タイタンズは繋ぐ。

四球、ヒット、ヒット。

打線が切れない。


「もう一回回るぞ!」


ベンチの声が飛ぶ。

ランナーが返る。

守備の動きが遅れる。

投手のリズムが崩れる。


気づけば、この回だけで――


7点。


スコアは 12-1。


規定により、コールド成立。


審判が両手を広げる。


「ゲームセット!」



コールド勝ちのあと


タイタンズベンチは喜びながらも、どこか落ち着いていた。

強いチームの勝ち方だった。


智雄は、ベンチの端で静かに息を吐く。


(勝った…)

(俺は、先頭に三塁打打たれた)

(でも、崩れなかった)

(点を取ってもらって、ゼロで返せた)


結果だけじゃない。

自分の中身が、少し変わっている。


有村が隣に来て、ミットを軽く叩く。


「な。今日の最初のスリーベース。

あれで崩れずに次を投げれた。

それが“幅”や」


智雄は小さく頷いた。


「……次は、先頭打者に打たれんようにする」


有村はニヤッとする。


「それでええ。

“次の一球”を積み上げろ」


グラウンドの向こうで、正則はいつも通り表情を大きく変えず、

淡々と道具を片付けていた。


勝っても、打っても、次の準備。


その背中は、やっぱり遠い。

でも智雄は、もう“遠いからイラつく”だけじゃなくなっていた。


追う理由が、少しずつ変わってきている。






試合後。

ベンチ前が少し落ち着いた頃、川原監督が二人を呼び止めた。


「池永、河内。ちょっと来い」


二人が並んで立つ。

智雄はまだ汗が引ききらず、正則はいつも通り静かだ。


川原監督はまず智雄を見る。


「智雄、ナイスピッチングや」


智雄が一瞬、目を見開く。


「先頭に三塁打食らって、あの回どうなるかと思った。

でもな、あそこで崩れんかった。

点取ってもらった直後の回をゼロで返した。

あれは“投手として一段上がった”内容や」


智雄は、ゆっくり頭を下げた。


「……ありがとうございます」


次に、監督は正則へ視線を移す。


「それから河内。ナイスバッティング」


正則が少し照れたように、肩をすくめる。


「特に、あのアウトハイや。

左のアンダーから、あそこを迷わず振り抜けるのは簡単ちゃう。

よく打てたな」


正則は、ほんの少しだけはにかんで答えた。


「……ピッチング練習を見てて、

だいたいの軌道は予測できてました」


淡々とした言い方。

でも、それが“準備していた”という何よりの証拠だった。


川原監督は、ふっと口元を緩める。


「やっぱりな。

打席に立つ前から勝負は始まっとる、って顔しとった」



そこへ、森下真央がスコアブックを抱えて近づいてきた。


「監督、データ出ました」


川原監督が頷く。


「おう、見せてやれ」


真央は正則の前でスコアブックを開く。


「河内くん。

これで公式戦の通算打率、.428です」


智雄が思わず小さく息をのむ。


「……四割?」


真央は淡々と続ける。


「出塁率は .681。

四打席に三回以上、塁に出てます」


数字が、静かに重い。


真央はさらにページをめくる。


「これがカウント別です」


そこには、細かく整理された数字が並んでいた。

•初球打率:.500

•追い込まれてからの打率:.333

•フルカウント時の出塁率:.800


真央は、次のページを指で押さえる。


「コース別です」

•アウトハイ:.667

•外角低め:.375

•内角高め:.300

•甘く入った真ん中:.750


正則は黙って見ている。

驚いた様子はない。

“確認している”だけだ。


真央は言う。


「今日のホームランとツーベース、

どちらも“アウトハイ寄り”。

予測通りのゾーンです」


智雄は、数字と正則の顔を交互に見た。


(感覚だけで打ってるんちゃう)

(全部、積み上げてきた結果や……)


川原監督が腕を組んで言う。


「数字は正直やな。

河内、お前は“待てる”し、“振る時は迷わん”。

それがこの数字や」


正則は少し考えてから、静かに言った。


「……でも、まだ取りこぼしもあります」


真央がすぐに答える。


「あります。

外角低めの見逃し三振、2つ。

次の課題ですね」


正則は頷く。


「はい」


そのやり取りを、智雄は黙って聞いていた。


(打率とか出塁率とか……)

(俺はまだ、そこまで考えてへん)


でも同時に、こうも思った。


(投球も同じや)

(俺も、“なんとなく抑えた”じゃなくて、

 “どう抑えたか”を積み上げなあかん)


川原監督が、二人を見比べて言った。


「今日の試合はな、

智雄は“投手としての幅”を広げた。

正則は“準備の質”を結果で示した。

どっちも価値のある一日や」


最後に一言。


「このまま満足するな。

次の試合では、相手も対策してくる。

そこからが本当の勝負や」


二人は同時に答えた。


「はい」


グラウンドに夕日が差し込む。

数字も、言葉も、背中も——

全部が、次の試合へと繋がっていく。


その中心に、今は確かに

二人の投手と一人の捕手が立っていた。





真央は、もう一度スコアブックをめくった。

今度は、正則ではなく――池永智雄のページで手を止める。


「池永くんのデータも、出しておきますね」


智雄は一瞬、身構えた。

数字を突きつけられるのが、正直怖かった。


真央は感情を挟まない。

事実だけを、静かに置いていく。



池永智雄・大阪市長杯(対 西成フライヤーズ)


投球回:3回

被安打:3

失点:1

四死球:2

奪三振:2

投球数:58球


「結果だけ見れば、悪くはありません」


真央はそう前置きして、ページを指で押さえた。



カウント別データ

•初球ストライク率:41%

•有利カウント(0-1/0-2/1-2)被打率:.364

•不利カウント(2-0/3-1)被打率:.500


「初球で主導権を握れていないです。

その結果、有利なカウントでも球が甘くなってます」


智雄は、唇を噛んだ。



コース別・被打率

•高め:.556

•真ん中:.429

•低め:.167

•外角低め:.000


有村が、ここで口を挟む。


「低めはええ。

問題はな、高めや。

“速さで抑えたい”って気持ちが、全部ここに出とる」


真央も頷く。


「高めに行くとき、

ほぼ全部が“決め球”になっています。

配球の中の高めじゃなくて、“力でねじ伏せる高め”です」


智雄は、何も言えない。



球種(※変化球制限内)

•ストレート使用率:92%

•ワンバン誘発率:8%


「ほぼ全部、ゾーン内で勝負しています」

真央は言葉を選びながら続けた。


「逃げているわけじゃない。

でも、“外す勇気”がまだ少ない」



川原監督が、ここで静かに口を開いた。


「智雄。

数字を見てどう思う」


智雄は、しばらく黙ってから答えた。


「……速さに頼りすぎてます」


有村がすかさず続ける。


「それと、もう一つや」


有村は智雄の目を、真正面から見た。


「抑えたい相手が、打者やなくて“河内”になっとる」


その言葉は、重かった。


智雄の肩が、わずかに揺れる。



真央が、最後のページをめくる。


「ちなみに、

河内くんが怪我で登板できなかった期間――」


そこには、練習試合を含めたデータが並んでいた。


「その間、

ブルペン投球数は、池永くんが平均より15%多い。

でも、試合での制球は逆に落ちています」


智雄が顔を上げる。


「……え?」


真央は、はっきり言った。


「量はやっている。でも、整理ができていない。

目的が“追いつくこと”になってしまっているからです」


その瞬間、

智雄の中で、何かがはっきり形を持った。


(俺は……)

(河内に勝つために投げてた)

(打者を抑えるためやなくて)



川原監督が、締めくくる。


「智雄。

今のお前はな、

“速い球を投げられる投手”や。

でも、河内はもう

“抑え方を知っとる投手”になりかけとる」


一拍、置いて。


「追いつきたいなら、

真似する相手は河内やない。

昨日の自分や」


智雄は、深く頭を下げた。


「……はい」


数字は残酷だ。

でも同時に、正直でもある。


この日、智雄は初めて

**「なぜ勝てないのか」**を

感情じゃなく、事実として突きつけられた。


そして物語は、ここから

“差が広がる時間”へと進んでいく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ