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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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14/33

意図”を作る練習

翌日:ブルペン

“意図”を作る練習が始まる


朝練。

ブルペンの土の匂いが濃い。


有村恒一郎が先に座り、ミットを構える。

横には森下真央。スコアブックと小さなメモ帳。

そして、池永智雄が立っている。


昨日までは、ここが「見せ場」だった。

今日は違う。

ここは「土台を作る場所」になった。


有村が言う。


「智雄。今日は球速いらん。

低めにストライクを入れる。それだけ」


智雄が眉をひそめる。


「それだけで抑えられるん?」


有村は即答しない。

代わりに、ミットを低く出した。


「まず、入れろ」


智雄は投げる。

球は速い。

でも、低めに行かず、少し浮く。


真央が淡々と記す。


「高め。初球ボール」


智雄が舌打ちしそうになる。


有村が止める。


「今、舌打ちしたら終わりや。

“何が起きたか”を言え」


智雄は言葉に詰まる。


「……力んだ」


有村が頷く。


「よし。じゃあ次。

“力まん投げ方”を作る。

そのために、フォームを小さくする」


有村は続ける。


「踏み込みを半歩浅く。

腕で投げるな。下半身で運べ」


智雄は、少しだけ素直に頷いた。


変化:智雄、初球ストライクが増える


二十分後。

智雄の球速は少し落ちた。

でも、初球ストライクが増えた。


真央が言う。


「初球ストライク率、昨日より上がってます」


智雄が小さく息を吐く。


「……ほんまや」


有村が言う。


「球速が落ちたのが怖いか?」


智雄は正直に答えた。


「……怖い」


有村は頷く。


「でもな。

試合で怖いのは“球速が落ちること”ちゃう。

ストライクが入らんことや」


智雄は黙って、次の球を投げた。


低めストライク。


有村がミットを鳴らす。


バシッ。


「それや」


智雄の顔が、ほんの少しだけ落ち着く。


しかし、正則には勝てない

同じブルペンで見える「差」


ブルペンの奥で、正則が投げ始めた。

制限はまだある。球数も少ない。

でも、1球目から“音”が違う。


バシッ。

バシッ。


有村が智雄の球を受けながら、視線を一瞬だけ正則へやる。

真央も、記録を止めて見た。


正則の球は、速さだけじゃない。

「線」がある。

低めに吸い込まれるように落ち、角で止まる。


智雄の胸がギュッと縮む。


(なんで、あんなに楽そうなんや)

(俺は必死なのに)


ここで真央が、ぽつりと言った。


「河内くんは、怪我中のページが一番厚いです」


智雄が思わず聞き返す。


「……怪我中のページ?」


真央は正則の記録ノートの写し——

リハビリ計画のメモを指した。


「投げられない期間、

“できない”じゃなくて“できること”を全部やってます」


正則のケア:動かせるところを、徹底的に整える

“投げない時間”が、投げる精度を作った


正則は、怪我で投げられなかった。

でも、止まっていなかった。


肩が使えない日は、下半身と体幹


肘や肩に負担が出ないフォーム作り


股関節の可動域


背中(胸郭)の動き


足首の柔らかさ


“目線”と“間”の取り方


投げられないからこそ、

投球を支える部品を磨いた。


亜由美がベンチで、正則のストレッチをずっと見ていた。

無理をしない。

でも、サボらない。


「痛いところは守る。

動かせるところは、ちゃんと動かす」


正則が言っていた言葉。


その通りに、毎日やっていた。


結果として出る「コントロール」


投げ始めた正則は、怪我前よりも“暴れない”。


球の行き先が最初から決まっている。


有村が、智雄に聞こえるくらいの声で言う。


「正則は、怪我して“力を抜く投げ方”を覚えた。

無理せん投げ方で、結果が出るようになった」


智雄は悔しそうに言う。


「……俺、ずっと無理してたんかな」


有村は頷く。


「無理が“努力”に見える時期がある。

でもな、最後は違う。

続く努力が勝つ」


智雄の限界:追いつけない理由が見えてくる


智雄は思った。


(俺は、投げられない時間が怖い)

(投げないと置いていかれる)

(だから投げ続ける)


でも正則は逆だった。


(投げられないなら、投げるための体を作る)

(その方が、戻った時に強い)


この差は、球速じゃ埋まらない。


“積み上げ方”の差だ。


真央が淡々と言う。


「池永くんは、投げる練習は多いです。

でも、整える練習が少ないです」


智雄が顔を上げる。


「整える…?」


真央は一言で返す。


「ケアです。

投げる以外の準備」


それでも智雄は前に進む

勝てないから、諦めるのか。勝てないから、学ぶのか。


智雄は唇を噛んだ。

悔しい。

でも昨日みたいな怒りじゃない。


「……俺さ」


有村が目を向ける。


智雄は、初めて“頼る言葉”を言った。


「正則がやってたケア、教えてくれん?」


その瞬間、有村の目が少しだけ柔らかくなる。


「よう言うた。

今日からやる。

投げた後のケアも、投げる前の準備も」


智雄は小さく頷く。


「……俺、追いつきたい」


有村は言った。


「追いつくのは、すぐ無理や。

でも“追いつく準備”は今日からできる」


それは、昨日正則に言った言葉と同じ形だった。


ラスト:正則の背中は遠い。だから物語になる


正則は、黙ってキャッチボールを続けている。

軽く見える。

でも軽いのは、手を抜いているからじゃない。


“整っている”からだ。


怪我した身体を、投げられる身体に戻すだけじゃなく、

“より崩れない身体”に作り替えた。


それが、結果になって現れている。


智雄はその背中を見て、悔しさを飲み込んだ。


そして思う。


(俺は、今まで“投げること”しか野球してなかった)

(正則は、投げられなくても野球してた)


——この差は大きい。

今は、勝てない。


でも、ここからが本当の勝負になる。




グラウンドの夕方。

日が落ちかけて、風が少し冷たくなる時間帯。


智雄はブルペンに立っていた。

昨日から、低めを意識している。テンポも意識している。

ケアも始めた。フォームも少し小さくした。


——それでも、正則の投球を見た瞬間、全部が揺れる。


(追いつかなきゃ)

(早く)

(今すぐ)


焦りが先に走ると、体は正直だ。

投げ急ぐ。踏み込みが強くなる。上体が突っ込む。

腕が先に出る。リリースがズレる。


バシッ——のはずが、


ズドン。


ミットの下で球が弾む。


有村が顔を上げる。


「智雄。今の、何をしたかった?」


智雄は答えられない。

“したかった”じゃなく、“追いつきたかった”だけだから。


次の球。

今度は外に抜ける。


「くそっ!」


智雄は声を荒げた。


真央がスコアブックに書く。


「高め、ボール。外、ボール。テンポ乱れ」


智雄が苛立つ。


「書くなや!」


真央は顔色ひとつ変えない。


「事実です」


その言葉が、智雄の焦りに油を注ぐ。


「事実って……分かってるわ!」


有村が立ち上がる。

声は大きくないが、芯がある。


「分かってるなら、一回止まれ。

今のお前、投げてるんじゃない。追いかけてる」


智雄は息を荒くしたまま、ボールを握り締める。


視線の先に、正則がいた。

グラウンドの端で、淡々とストレッチをしている。

ケアの動きが正確で、無駄がない。


(あいつのやり方を聞けば——)


智雄は、ふいに歩き出した。


正則に近づく智雄


正則は地面に片膝をつき、股関節を丁寧に開いていた。

顔は汗ばんでいるが、呼吸は落ち着いている。


智雄が言う。


「おい、河内」


正則は顔だけ上げる。


「なに」


智雄は言葉を選ばない。


「お前、怪我してた間、何してた?

どんなメニューや?

どうやったらあんなコントロールになる」


正則は一瞬だけ、智雄を見る。

その目は優しくも冷たくもない。

ただ、まっすぐだった。


「……自分で考えた」


智雄が食い下がる。


「そんなん、分かっとる。具体的にや!」


正則は立ち上がらない。

ストレッチの姿勢を崩さず、ゆっくり言う。


「教えても、すぐできるもんじゃない」


智雄の眉が動く。


「なんでや。ケチか」


正則は、その言葉に反応しない。

代わりに、息を吐いてから言った。


「俺が怪我して投げられん時、

毎日、毎日、できること探してやった。

痛い日もあった。思うようにいかん日もあった」


智雄は黙る。


正則は続ける。


「その積み上げを、

“追いつきたいから教えろ”って言われて、

簡単に渡す気はない」


言葉は刺さる。

でも正則の声は、怒っていない。

“当たり前のこと”を言っているだけだった。


智雄が唇を噛む。


「……じゃあ、俺はどうしたらええ」


正則は一度だけ智雄を見る。

その視線が、「答えはお前の中にある」と言っている。


「勝ちたければ、やってみろ。

自分の力で」


それだけ言って、正則はまたストレッチに戻る。

背中が、もう“会話は終わり”と言っていた。


教えない。

でも、拒絶でもない。


“簡単に手に入れるな”

“積み上げろ”


背中でそう伝えている。


智雄の焦りが暴れる


智雄はブルペンに戻った。

頭の中が熱い。


(なんやあいつ)

(エース気取りか)

(…でも)


でも、否定できない。


正則は、奪ったわけじゃない。

積み上げた。


智雄はボールを握り直す。


「……くそっ」


投げる。

力む。

荒れる。

球が抜ける。

高く浮く。


有村がミットを出したまま言う。


「智雄。今のままやと、悪化する。

悔しいのは分かる。

でも悔しさでフォームは整わん」


真央が一言だけ足す。


「焦りでコントロールは戻りません」


智雄はミットを見つめた。

目が潤むほど悔しい。


追いつけない。

焦る。

焦るほど荒れる。


悪循環。


——でも。


さっきの正則の背中が、頭から離れない。


(勝ちたければ、自分の力でやってみろ)


その言葉が、挑発じゃなく“道”に見え始める。


智雄は、ようやく息を整えた。


「……有村」


有村が顔を上げる。


智雄が言った。


「俺、何からやればいい。

“俺の形”を作るには、どこからや」


有村は、そこで初めて小さく頷いた。


「よし。そこからや。

正則の真似じゃない。

お前の形を作る」


真央がスコアブックを閉じる。


「今日の最後、10球だけ。

全部、狙いを言ってから投げてください」


智雄はボールを握る。

さっきよりも、少しだけ軽く握れた。


「……低め。外。ゴロ打たせる」


言葉にしてから投げる。


バシッ。


ミットが鳴った。


完璧じゃない。

でも、荒れてない。


智雄は、ほんの一歩だけ前に進んだ。


正則の背中は遠い。

だからこそ、追う価値がある。

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