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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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11/13

女子プレイヤーの実力

練習再開。

ノックの音、掛け声、スパイクの土を噛む音。

いつも通りのはずなのに、チームのどこかがザワついていた。


紹介されたばかりの宮本さくらがライトで構え、

西村奈緒がファーストで、無駄なく一歩目を刻んでいる。


その様子を、池永智雄はベンチの端で見ていた。

目は笑っていない。


誰かが軽く言った。


「今日から女子も増えて、にぎやかやな」


その瞬間、智雄が吐き捨てるように言った。


「……ケッ、女かよ」


声は小さかった。

でも、近くの何人かには聞こえる音量だった。


空気が一瞬だけ凍る。


有村恒一郎が、ゆっくり振り向いた。

目だけで智雄を刺す。


「智雄」


名前だけ。

それで十分だった。


智雄は肩をすくめて、聞こえないふりをした。



さくら:ライトで“言い返さずに黙らせる”


外野ノック。

高いフライがライトへ上がる。


風がある。打球が流れる。


普通なら一歩目が遅れて、二歩目で慌てる球。

だが、さくらは最初の一歩が違った。


打球の落下点を読むのが早い。

スパッと走り出して、最後は身体を滑り込ませるように――


バシッ。


捕ったまま起き上がり、迷わず二塁へ投げる。


低い弾道。伸びる送球。

二塁ベースの少し前に、ちょうどよく届く。


「ナイス!」


内野から声が飛ぶ。


亜由美が思わず言った。


「肩、めっちゃ強い…」


さくらはニッと笑っただけで、誰にも向かって言い返さない。

“結果”で答えるタイプだった。



奈緒:ファーストで“技術の差”を見せる


次は内野ノック。

ゴロがセカンド方向へ強く飛ぶ。


亜由美が捕って、一塁へ少し逸れた送球。


普通なら、体を伸ばして捕って終わり。

でも奈緒は違った。


まず足。

ベースに残す足を決める。

次に、送球が逸れる角度を読む。

最後に、グラブの面を“受ける角度”に合わせる。


バシッ。


捕球は一発。

それだけじゃない。奈緒はそのまま、次のプレーに備えて視線を切り替えていた。


「送球、次は胸で」


奈緒が淡々と言う。


責めているわけじゃない。

指摘が正確だから、誰も反発できない。


亜由美が返す。


「了解」


その返事が、内野の空気を一段締めた。



智雄:苛立ちが“自分の首”を絞める


智雄はマウンドに立った。

女子がどうこう言ったくせに、

自分は“結果”を出さなきゃいけない。


でも頭の中が熱い。


(ちやほやされやがって)

(どうせ女やろ)

(俺が速い球見せたら――)


その「見せる」が、もう自分本位の入口だった。


初球、力任せ。ストライク。


周りが「おっ」となる。

智雄はそこで気持ちよくなってしまう。


二球目、同じ高さ、同じテンポ。


バットが出る。ファウル。


三球目、さらに力む。


球が高い。

甘い。

打球がライトへ飛ぶ。


さくらが一歩目から走る。

余裕で追いつく。

捕って、すぐ返す。


アウト。


智雄は「取れたやろ」って言いかけた。

でも言葉が出ない。


“取れた”んじゃない。

“さくらが取った”のが分かるから。



有村が空気を切る


捕手の有村がマスク越しに言った。


「智雄。余計なこと考えるな。

目の前の打者だけ見ろ」


智雄がムッとする。


「……分かってる」


有村は短く返す。


「分かってるなら、投げ方で見せろ」


それ以上、何も言わない。

でも智雄には一番効く言い方だった。



亜由美の一言(刺さるけど、踏み込まない)


セカンドの亜由美が、ベース上で声を飛ばす。


「智雄、落ち着いて!

守備はできとるけん、普通に投げたら大丈夫!」


“励まし”だけ。

恋も理解もそこには乗っていない。

あくまでチームメイトとしての声。


それが逆に、智雄にとっては逃げ道がない。



智雄、初めて小さく感じる


次の打者。

智雄はまだ力で押そうとする。


でも、内野の連携がよくなる。

外野が守れる。

ミスが減る。


つまり――「力任せ」が通用しない。


智雄は、自分が小さくなるのを感じた。


そこに追い打ちみたいに、奈緒の声が飛ぶ。


「投球、単調」


たった二文字。


でも、的確すぎて痛い。


智雄は歯を食いしばる。


(……くそ)




紅白戦当日:空気が変わる「実力の証明」


午後の紅白戦。

チームを二つに分けて、実戦形式でやる。


川原監督が言う。


「口より先に、プレーで示せ。

今日はそれだけや」


その言葉に、智雄の目がぎらつく。

さっきの「毛、女かよ」を、誰も真正面からは返さなかった。

でも——グラウンドは、もう答えを出し始めている。


ライトには宮本さくら。

ファーストに西村奈緒。

セカンドには加藤亜由美。

捕手は有村恒一郎。


正則はまだ制限があるため、ベンチから見守る側だ。



1回表(紅組の攻撃)


智雄、先発気取りで入るが——単調さがすぐ読まれる


智雄がマウンドに立つ。

球は速い。見た目の迫力もある。


でも、配球が単調。テンポも単調。

「速さで押す」だけ。


有村がサインを出す。

智雄は——一度、首を振りかけて止める。


(昨日の面談が頭をよぎった)

(首振ったら、また…)


結局サイン通りに投げるが、投げ方が“嫌々”のまま。


それが一番危ない。


先頭打者が軽く当てて三遊間。

抜けそうな打球——


奈緒:ファーストなのに「内野の温度」を上げる


奈緒がすぐ声を出す。


「ショート、前!一塁任せて!」


声の出し方が的確で、余計な感情がない。

ショートが一歩前に出て、ゴロを処理。

一塁へ送球。


奈緒は、捕球の瞬間に体を一塁ベースから半歩外して“最短”で受けた。


バシッ。


アウト。


ベンチが小さくどよめく。


(今の、普通に見えるけど、普通じゃない)

守備の“形”ができてる。


智雄は、内心イラついた。


(守備が良いのが当たり前みたいな空気、やめろ)


でも、それを言う前に次の打者が打つ。



1回表(二死)


さくら:ライトの守備が軽快すぎる


智雄の球が少し高く入る。

打球はライト前へふわっと落ちそうなライン。


普通なら「前進してワンバウンドで止める」球。

でも、さくらは最初の一歩が速い。迷いがない。


前へ突っ込み、最後はスライディング気味に——


バシッ。


ノーバウンド。


捕ってすぐ、二塁へ鋭い返球。

ランナーはスタートを切れない。


「うわ、うま…」


誰かが呟いた。


その瞬間、智雄の胸に“嫌な現実”が刺さる。


(こいつ、伊達にソフトやってたわけじゃない)

(ガチで野球できるタイプや)



2回裏(白組の攻撃)


さくらの打撃:「軽いスイング」なのに強烈


白組の攻撃で、さくらに打席が回る。


相手投手が「女子だし、まずはストライク」みたいな入りをした。

甘い真っ直ぐ。


さくらは大振りしない。

でも、腰が回る。軸がぶれない。手首が強い。


カキン——!


打球がレフト線をえぐる。

ツーベース。


さくらは二塁上でヘラッと笑って、手を上げた。


「オッケー!」


その軽さが逆に怖い。

“まぐれ”じゃない。


亜由美がセカンドから見て、ぼそっと言う。


「……あれ、野球のスイングやね」


正則もベンチで頷く。


(経験がソフトでも、打つ理屈は同じや)

(それを“分かってる”)



奈緒の打撃:「理屈派」が打席でも理屈で打つ


続く奈緒。

相手投手がコースを突こうとする。内角低め。


奈緒は引っ張らない。

逆方向へ“運ぶ”。


コツン、じゃない。

コンパクトなのに、ライナーで一二塁間を抜く。


ヒット。


奈緒は一塁で一切喜ばない。

ただ、守備位置を確認するみたいに相手内野を見る。


(打っても変わらない。次のプレーの準備)

その感じが、またチームを締める。



智雄のイライラが“投球”に戻ってくる


「女子がどうこう」じゃない。「自分が揺れてる」だけ


智雄はベンチで、グラブを握り締めていた。


さくらが守る。

奈緒がさばく。

亜由美が声を出す。

有村が落ち着いてサインを出す。


チームが“野球の形”になっていくほど、

智雄は自分の居場所が細くなるように感じる。


(俺の球速だけじゃ、主役になれん…?)


その焦りが、またマウンドで出る。



3回表(紅組攻撃):智雄、荒れかける


有村が止める:「チームの投手になれ」


智雄は先頭に四球を出す。

球が高い。力みがある。


有村がマウンドへ。


「智雄。今、お前の頭の中、打者おらんやろ」


智雄がムキになる。


「おるわ!」


有村が静かに返す。


「おるなら、抑え方が“自分の気分”にならん」


智雄の目が泳ぐ。


有村は言葉を短くする。


「サイン通り。低め。テンポ。

守備はもう整ってる。信じろ」


智雄は頷く。

頷くが、心の底ではまだ抵抗している。



ここで守備が救う:さくら→奈緒の連携


次の打者が打つ。

ライト前へ運ばれそうな打球。


さくらが前へ出る。

捕ってすぐ返す。低い送球。


二塁がカット。

三塁進塁を止める。


さらに次。

内野ゴロ。

亜由美が捕って、一塁へ送球が少し逸れる。


奈緒が伸びる——だけじゃない。

ベースから離れて受け、すぐ送球体勢に入る。


アウト。


一塁で止めた瞬間、奈緒が淡々と言う。


「今の送球、次は胸」


亜由美が即答。


「了解」


言い訳なし。

責め合いなし。

改善だけ。


その空気が、“勝つチーム”の匂いになっていく。



智雄、ついに気づきかける


「俺が抑えてる」じゃなく「抑えさせてもらってる」


この回、智雄は守備に救われて無失点で切り抜けた。


ベンチに戻って、智雄は言いかけた。


「……ほら、抑えたやろ」


でも声が続かない。


今日の無失点は、

自分の球速だけの結果じゃない。


さくらの一歩目。

奈緒の捕球の形。

亜由美の声。

有村の配球。


全部が揃って、初めて“抑えた”になっている。


智雄は唇を噛む。


(野球は一人でするもんじゃない)


監督が言った言葉が、遅れて刺さる。



正則:ベンチで静かに決める


正則は、ベンチでグラブの紐を触りながら思う。


(俺が戻った時、今の守備なら勝てる)

(そして、智雄も…変われるなら、もっと強い)


亜由美が横から小さく言う。


「正則、次の登板…楽しみ」


正則は笑って頷く。


「うん。もう怖いだけじゃない」



監督の締め:女子2人は“戦力”、それで終わり


紅白戦が終わって整列。


川原監督が言う。


「宮本、西村。

今日のプレーで十分分かった。戦力や」


さくらは元気よく返事する。


「はい!」


奈緒は短く返す。


「はい」


監督は続けて、全員に向けて言う。


「余計なこと言う暇があるなら、練習しろ。

タイタンズは勝つ。

そのために必要なやつが、ここにいる」


智雄の顔が、少しだけ下がった。


今日、言い返されなかった。

怒鳴られもしなかった。

ただ、実力で“黙らされた”。


それが一番効く。


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