女子プレイヤーの実力
練習再開。
ノックの音、掛け声、スパイクの土を噛む音。
いつも通りのはずなのに、チームのどこかがザワついていた。
紹介されたばかりの宮本さくらがライトで構え、
西村奈緒がファーストで、無駄なく一歩目を刻んでいる。
その様子を、池永智雄はベンチの端で見ていた。
目は笑っていない。
誰かが軽く言った。
「今日から女子も増えて、にぎやかやな」
その瞬間、智雄が吐き捨てるように言った。
「……ケッ、女かよ」
声は小さかった。
でも、近くの何人かには聞こえる音量だった。
空気が一瞬だけ凍る。
有村恒一郎が、ゆっくり振り向いた。
目だけで智雄を刺す。
「智雄」
名前だけ。
それで十分だった。
智雄は肩をすくめて、聞こえないふりをした。
⸻
さくら:ライトで“言い返さずに黙らせる”
外野ノック。
高いフライがライトへ上がる。
風がある。打球が流れる。
普通なら一歩目が遅れて、二歩目で慌てる球。
だが、さくらは最初の一歩が違った。
打球の落下点を読むのが早い。
スパッと走り出して、最後は身体を滑り込ませるように――
バシッ。
捕ったまま起き上がり、迷わず二塁へ投げる。
低い弾道。伸びる送球。
二塁ベースの少し前に、ちょうどよく届く。
「ナイス!」
内野から声が飛ぶ。
亜由美が思わず言った。
「肩、めっちゃ強い…」
さくらはニッと笑っただけで、誰にも向かって言い返さない。
“結果”で答えるタイプだった。
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奈緒:ファーストで“技術の差”を見せる
次は内野ノック。
ゴロがセカンド方向へ強く飛ぶ。
亜由美が捕って、一塁へ少し逸れた送球。
普通なら、体を伸ばして捕って終わり。
でも奈緒は違った。
まず足。
ベースに残す足を決める。
次に、送球が逸れる角度を読む。
最後に、グラブの面を“受ける角度”に合わせる。
バシッ。
捕球は一発。
それだけじゃない。奈緒はそのまま、次のプレーに備えて視線を切り替えていた。
「送球、次は胸で」
奈緒が淡々と言う。
責めているわけじゃない。
指摘が正確だから、誰も反発できない。
亜由美が返す。
「了解」
その返事が、内野の空気を一段締めた。
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智雄:苛立ちが“自分の首”を絞める
智雄はマウンドに立った。
女子がどうこう言ったくせに、
自分は“結果”を出さなきゃいけない。
でも頭の中が熱い。
(ちやほやされやがって)
(どうせ女やろ)
(俺が速い球見せたら――)
その「見せる」が、もう自分本位の入口だった。
初球、力任せ。ストライク。
周りが「おっ」となる。
智雄はそこで気持ちよくなってしまう。
二球目、同じ高さ、同じテンポ。
バットが出る。ファウル。
三球目、さらに力む。
球が高い。
甘い。
打球がライトへ飛ぶ。
さくらが一歩目から走る。
余裕で追いつく。
捕って、すぐ返す。
アウト。
智雄は「取れたやろ」って言いかけた。
でも言葉が出ない。
“取れた”んじゃない。
“さくらが取った”のが分かるから。
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有村が空気を切る
捕手の有村がマスク越しに言った。
「智雄。余計なこと考えるな。
目の前の打者だけ見ろ」
智雄がムッとする。
「……分かってる」
有村は短く返す。
「分かってるなら、投げ方で見せろ」
それ以上、何も言わない。
でも智雄には一番効く言い方だった。
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亜由美の一言(刺さるけど、踏み込まない)
セカンドの亜由美が、ベース上で声を飛ばす。
「智雄、落ち着いて!
守備はできとるけん、普通に投げたら大丈夫!」
“励まし”だけ。
恋も理解もそこには乗っていない。
あくまでチームメイトとしての声。
それが逆に、智雄にとっては逃げ道がない。
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智雄、初めて小さく感じる
次の打者。
智雄はまだ力で押そうとする。
でも、内野の連携がよくなる。
外野が守れる。
ミスが減る。
つまり――「力任せ」が通用しない。
智雄は、自分が小さくなるのを感じた。
そこに追い打ちみたいに、奈緒の声が飛ぶ。
「投球、単調」
たった二文字。
でも、的確すぎて痛い。
智雄は歯を食いしばる。
(……くそ)
紅白戦当日:空気が変わる「実力の証明」
午後の紅白戦。
チームを二つに分けて、実戦形式でやる。
川原監督が言う。
「口より先に、プレーで示せ。
今日はそれだけや」
その言葉に、智雄の目がぎらつく。
さっきの「毛、女かよ」を、誰も真正面からは返さなかった。
でも——グラウンドは、もう答えを出し始めている。
ライトには宮本さくら。
ファーストに西村奈緒。
セカンドには加藤亜由美。
捕手は有村恒一郎。
正則はまだ制限があるため、ベンチから見守る側だ。
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1回表(紅組の攻撃)
智雄、先発気取りで入るが——単調さがすぐ読まれる
智雄がマウンドに立つ。
球は速い。見た目の迫力もある。
でも、配球が単調。テンポも単調。
「速さで押す」だけ。
有村がサインを出す。
智雄は——一度、首を振りかけて止める。
(昨日の面談が頭をよぎった)
(首振ったら、また…)
結局サイン通りに投げるが、投げ方が“嫌々”のまま。
それが一番危ない。
先頭打者が軽く当てて三遊間。
抜けそうな打球——
奈緒:ファーストなのに「内野の温度」を上げる
奈緒がすぐ声を出す。
「ショート、前!一塁任せて!」
声の出し方が的確で、余計な感情がない。
ショートが一歩前に出て、ゴロを処理。
一塁へ送球。
奈緒は、捕球の瞬間に体を一塁ベースから半歩外して“最短”で受けた。
バシッ。
アウト。
ベンチが小さくどよめく。
(今の、普通に見えるけど、普通じゃない)
守備の“形”ができてる。
智雄は、内心イラついた。
(守備が良いのが当たり前みたいな空気、やめろ)
でも、それを言う前に次の打者が打つ。
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1回表(二死)
さくら:ライトの守備が軽快すぎる
智雄の球が少し高く入る。
打球はライト前へふわっと落ちそうなライン。
普通なら「前進してワンバウンドで止める」球。
でも、さくらは最初の一歩が速い。迷いがない。
前へ突っ込み、最後はスライディング気味に——
バシッ。
ノーバウンド。
捕ってすぐ、二塁へ鋭い返球。
ランナーはスタートを切れない。
「うわ、うま…」
誰かが呟いた。
その瞬間、智雄の胸に“嫌な現実”が刺さる。
(こいつ、伊達にソフトやってたわけじゃない)
(ガチで野球できるタイプや)
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2回裏(白組の攻撃)
さくらの打撃:「軽いスイング」なのに強烈
白組の攻撃で、さくらに打席が回る。
相手投手が「女子だし、まずはストライク」みたいな入りをした。
甘い真っ直ぐ。
さくらは大振りしない。
でも、腰が回る。軸がぶれない。手首が強い。
カキン——!
打球がレフト線をえぐる。
ツーベース。
さくらは二塁上でヘラッと笑って、手を上げた。
「オッケー!」
その軽さが逆に怖い。
“まぐれ”じゃない。
亜由美がセカンドから見て、ぼそっと言う。
「……あれ、野球のスイングやね」
正則もベンチで頷く。
(経験がソフトでも、打つ理屈は同じや)
(それを“分かってる”)
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奈緒の打撃:「理屈派」が打席でも理屈で打つ
続く奈緒。
相手投手がコースを突こうとする。内角低め。
奈緒は引っ張らない。
逆方向へ“運ぶ”。
コツン、じゃない。
コンパクトなのに、ライナーで一二塁間を抜く。
ヒット。
奈緒は一塁で一切喜ばない。
ただ、守備位置を確認するみたいに相手内野を見る。
(打っても変わらない。次のプレーの準備)
その感じが、またチームを締める。
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智雄のイライラが“投球”に戻ってくる
「女子がどうこう」じゃない。「自分が揺れてる」だけ
智雄はベンチで、グラブを握り締めていた。
さくらが守る。
奈緒がさばく。
亜由美が声を出す。
有村が落ち着いてサインを出す。
チームが“野球の形”になっていくほど、
智雄は自分の居場所が細くなるように感じる。
(俺の球速だけじゃ、主役になれん…?)
その焦りが、またマウンドで出る。
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3回表(紅組攻撃):智雄、荒れかける
有村が止める:「チームの投手になれ」
智雄は先頭に四球を出す。
球が高い。力みがある。
有村がマウンドへ。
「智雄。今、お前の頭の中、打者おらんやろ」
智雄がムキになる。
「おるわ!」
有村が静かに返す。
「おるなら、抑え方が“自分の気分”にならん」
智雄の目が泳ぐ。
有村は言葉を短くする。
「サイン通り。低め。テンポ。
守備はもう整ってる。信じろ」
智雄は頷く。
頷くが、心の底ではまだ抵抗している。
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ここで守備が救う:さくら→奈緒の連携
次の打者が打つ。
ライト前へ運ばれそうな打球。
さくらが前へ出る。
捕ってすぐ返す。低い送球。
二塁がカット。
三塁進塁を止める。
さらに次。
内野ゴロ。
亜由美が捕って、一塁へ送球が少し逸れる。
奈緒が伸びる——だけじゃない。
ベースから離れて受け、すぐ送球体勢に入る。
アウト。
一塁で止めた瞬間、奈緒が淡々と言う。
「今の送球、次は胸」
亜由美が即答。
「了解」
言い訳なし。
責め合いなし。
改善だけ。
その空気が、“勝つチーム”の匂いになっていく。
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智雄、ついに気づきかける
「俺が抑えてる」じゃなく「抑えさせてもらってる」
この回、智雄は守備に救われて無失点で切り抜けた。
ベンチに戻って、智雄は言いかけた。
「……ほら、抑えたやろ」
でも声が続かない。
今日の無失点は、
自分の球速だけの結果じゃない。
さくらの一歩目。
奈緒の捕球の形。
亜由美の声。
有村の配球。
全部が揃って、初めて“抑えた”になっている。
智雄は唇を噛む。
(野球は一人でするもんじゃない)
監督が言った言葉が、遅れて刺さる。
⸻
正則:ベンチで静かに決める
正則は、ベンチでグラブの紐を触りながら思う。
(俺が戻った時、今の守備なら勝てる)
(そして、智雄も…変われるなら、もっと強い)
亜由美が横から小さく言う。
「正則、次の登板…楽しみ」
正則は笑って頷く。
「うん。もう怖いだけじゃない」
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監督の締め:女子2人は“戦力”、それで終わり
紅白戦が終わって整列。
川原監督が言う。
「宮本、西村。
今日のプレーで十分分かった。戦力や」
さくらは元気よく返事する。
「はい!」
奈緒は短く返す。
「はい」
監督は続けて、全員に向けて言う。
「余計なこと言う暇があるなら、練習しろ。
タイタンズは勝つ。
そのために必要なやつが、ここにいる」
智雄の顔が、少しだけ下がった。
今日、言い返されなかった。
怒鳴られもしなかった。
ただ、実力で“黙らされた”。
それが一番効く。




