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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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試合を守る交替

 3回表つづき(ロケッツ攻撃)

 監督の判断:引っ張るか、替えるか――「試合を守る交代」


 智雄は点を取られても、顔色を変えないふりをした。

 でも球は正直だ。

 高い。甘い。テンポが乱れる。


 有村が何度もマウンドへ行く。

 亜由美も二塁から声をかける。

 それでも智雄の頭の中は「抑えたい」「三振取りたい」だけで埋まっていく。


 川原監督はベンチで腕を組み、じっと見ていた。


(替えたら“逃げ道”になる)

(でも引っ張ったら“試合が壊れる”)


 ヘッドコーチの吉岡が小声で言う。


「監督、行かせますか…?」


 川原監督は短く返す。


「……もう少しだけ。

 自分で立て直すチャンスは与える」


 その“もう少し”は、智雄を信じたからじゃない。

 “チームの投手”になる最後の線を、本人に見せるためだった。


 ところが智雄は、そこでさらに力んだ。


 四球。

 そして痛打。


 点が入る。


 スコアが一気に迫る。

(※正則の2回までの完璧な流れが、じわじわ削られていく)


 川原監督は、もう迷わなかった。


「交代。次、星野準備!」


 笛が鳴る。


 智雄はマウンドを降りるとき、悔しさを飲み込めず、ボソッと吐いた。


「……俺、悪ないやろ」


 その言葉を聞いた瞬間、正則は胸の奥が冷たくなった。


(まだそこか)


 4回〜5回:正則の“読み”で立て直す

 ベンチから勝たせるエース


 智雄の後を受けた投手が何とか踏ん張り、タイタンズは致命傷を避けた。

 しかし流れはロケッツ側に傾いている。


 ここで正則が、ベンチでノートを開いた。

 ロケッツの打者の“狙い”が見えてきていた。


 初球の高めを狙ってくる


 カウントが悪くなると待って四球を取りに来る


 外角の甘い球だけを強く引っぱる


 正則は有村に小さく言った。


「恒一郎、ロケッツ、今“高め待ち”や。

 低め徹底して、ストライク先行。

 早いカウントでゴロ打たせた方がええ」


 有村はすぐ頷く。

 そして、内野にも目配せする。


 亜由美がそれを察して叫ぶ。


「みんな、半歩前!ゴロ意識!

 二遊間、ちょい右!」


 守備が、息を吹き返す。


 投手が投げる球だけじゃない。

 “守り方”が変わると、相手の点の取り方が変わる。


 その結果、4回・5回は最少失点で耐えた。

 タイタンズは粘り、粘って――同点に追いつく。


 スコアは 4-4。


 ベンチの空気が変わる。


「追いついたぞ!」


 梶原主将が声を張る。

 亜由美もグラブを叩く。


 有村は、ベンチの正則に視線を送った。

 正則は小さく頷く。


(今の流れ、守り切れば勝ちに等しい)


 6回表:星野、マウンドへ

 “締める投球”で試合を終わらせにいく


 川原監督は6回から決断した。


「星野、行け」


 星野慎一がゆっくり立つ。

 派手さはない。

 でも、空気を落ち着かせる投手だ。


 マウンドで有村と目が合う。


 有村が短く言う。


「低め。テンポ。

 守備を信じて、ゴロ取らせる」


 星野が頷く。


 そして――正則がベンチから一言だけ飛ばした。


「星野、ロケッツ高め待ち。低めだけでええ」


 星野は振り向かず、片手を上げた。

 “聞こえた”の合図。


 6回表:三者凡退


 先頭打者。

 星野は初球、低めストライク。


 打者のバットが遅れる。


 二球目、さらに低め。

 打者は引っかける。


 セカンドゴロ。


 亜由美が捕って一塁へ。ワンアウト。


 二人目。

 外角低めでカウントを作り、最後は内角で詰まらせる。


 ショートゴロ。ツーアウト。


 三人目。

 テンポよく投げて、最後は浅いレフトフライ。


 スリーアウト。


 ベンチが静かに沸いた。


「よし!」


 派手な歓声じゃない。

 “これでいい”という納得の声だ。


 6回裏:タイタンズ、勝ち越し狙うが…


 タイタンズも攻める。

 しかしロケッツも必死だ。


 出塁はする。

 でもあと一本が出ない。


 正則はベンチで、悔しさを飲み込んで言った。


「ええ。守ればええ。

 星野なら守れる」


 7回表:最後の守り

 星野、締める。引き分けを“価値ある結果”にする


 最終回。

 ロケッツも一点を取りに来る。


 先頭が内野安打で出る。

 球場がざわめく。


 亜由美が二塁から叫ぶ。


「大丈夫!ひとつずつ!」


 有村がマウンドへ行き、星野の帽子のつばを軽く叩く。


「焦るな。ゴロでいい」


 星野は頷く。


 次の打者は送りバントの構え。

 星野は落ち着いて外して、一塁へ。


 ワンアウト二塁。


 続く打者。

 打球は一、二塁間。


 亜由美が横っ飛び。

 止める。

 体勢を崩しながらも二塁へ送る。


 ツーアウト。


 ランナーは三塁へ。


 最後の打者。

 一打でサヨナラの場面。


 球場が静まり返る。


 星野は低めを徹底した。

 一球、二球、三球。


 打者が手を出す。


 セカンドフライ。


 亜由美が捕る。


 試合終了。


 大阪タイタンズ 4 – 4 大阪ロケッツ

 引き分け。


 勝ちじゃない。

 でも、崩れかけた試合を“負けにしなかった”のは大きい。


 試合後:それぞれの痛みと、次の課題


 ベンチに戻ると、星野が息を吐いた。


「……守れた」


 有村が頷く。


「ナイス。試合救った」


 亜由美も笑う。


「星野、めっちゃ落ち着いとった!」


 そして正則。

 ユニフォームの袖を握りしめたまま、言った。


「俺、次は…もっと長く投げたい」


 川原監督は正則を見て、短く言う。


「焦るな。

 でも次は、イニングを増やす準備をする」


 その言葉に、正則の胸が熱くなる。


 一方、智雄はベンチの隅で黙っていた。

 前より首を振らなくはなった。

 でも“自分の投球”から抜け切れていない。


 有村は智雄の前に立ち、静かに言う。


「今日の引き分けは、正則と星野と守備で拾った。

 お前が悪いって話じゃない。

 でも、“お前が勝たせた”試合じゃないのは事実や」


 智雄は唇を噛む。


 そこに、亜由美が重ねる。


「智雄、味方見て投げよう。

 それができたら、球速は武器になるけん」


 智雄は小さく頷いた。

 反抗じゃない。

 でもまだ、反省とも言い切れない頷き。


 信頼を取り戻すのは、時間がかかる。


 そしてその時間の中で、正則は確実に前へ進んでいく。



グラウンドの朝:監督からの紹介


練習開始の少し前。

大阪タイタンズのグラウンドに、いつもと違う空気が混じっていた。


選手たちはアップをしながら、ちらちらとベンチの方を見る。

ベンチ前に、見慣れない二人の女子が立っている。


一人は背筋がまっすぐで、表情があまり動かない。

もう一人はキョロキョロしながらも、挨拶だけはやたら元気。


川原監督(川原正志)が笛を鳴らした。


ピッ。


「集合!」


選手たちが集まる。

亜由美はセカンドの位置から駆けてきて、正則の隣に並ぶ。

正則は二人の女子を見て、何となく察した。


(マネージャーか…?)


川原監督が短く言う。


「今日から、チームに入ってもらう。

監督として、頼んだ」


その言い方がいつもより少しだけ硬い。

“お願い”の重さが乗っている。


監督は二人を前へ出した。


「まず、森下真央」


背筋の伸びた方が、一歩前に出る。

深く頭を下げる。


「森下真央です。六年です。

スコアと記録を担当します。

必要なことだけやります。よろしくお願いします」


声は小さいのに、通る。

余計な笑顔がないぶん、真面目さが際立つ。


ざわっとする空気を、監督が切る。


「次、中西莉子」


元気な方が、勢いよく一歩前に出た。


「中西莉子です!五年です!

用具とか、雑用とか、できること全部します!

みんなのこと、覚えます!よろしくお願いします!」


最後の「よろしくお願いします!」が二回目になって、誰かが小さく笑った。

莉子は気づかずにニコッとする。


その瞬間、硬かった空気が少し柔らかくなった。


監督が頭を下げる


川原監督は、そこで一度だけ言葉を選んだ。


「正直に言う。

俺もコーチも、回らん。手が足りん。

勝つチームほど、裏方が必要になる」


いつもなら「黙って練習しろ」で終わる監督が、ここまで言うのは珍しい。


「……だから、知り合いのつてを頼って、お願いした。

二人とも、野球が好きで、ちゃんとやれる子や。

頼む。雑に扱うな」


その言葉に、選手たちの表情が変わった。


(監督が“お願いした”)

その重みが伝わる。


森下真央:距離感は最初から一定


森下真央は、選手を見渡す。

一人ひとりの顔を覚えるように、視線が正確に動く。


そして淡々と言う。


「最初に確認します。

背番号と名前、ポジション。

間違えると記録が崩れるので」


言い方が仕事そのもの。

媚びない。馴れ合わない。

でも雑でもない。


正則は思った。


(この子、たぶん…チームの空気より、事実を見るタイプや)


亜由美も横で小さく頷く。

“私の立ち位置とは別”だとすぐ分かる。


中西莉子:動きが早い


一方の莉子は、もう動いていた。

ベンチの水筒を揃え、バットの向きを揃え、ボール籠の位置を直す。


「これ、こっちの方が取りやすくない?」


誰にでも同じ距離で声をかける。

変に特別扱いがない。


梶原主将が言った。


「お、助かる。ありがとう」


「いえいえ!仕事なんで!」


莉子はそう言って笑う。

その笑いが、チームに一つ余裕を作った。


有村恒一郎、最初の確認


有村が前に出た。

捕手として、チームの“裏側”を守る立場だ。


「森下、中西。

分からんことは俺に聞いてくれ。

グラウンドは危ない。勝手に入ったらあかん場所もある」


真央は短く頷く。


「了解です」


莉子も元気よく頷く。


「はいっ!」


有村は最後に、全員を見て言った。


「二人は“勝つために来た”んや。

いじったり、からかったり、そういうの無しな」


その声に、誰も茶化さなかった。

空気が、もう“チーム”になっている。


亜由美と正則:いつも通り、だからこそ強い


紹介が終わって、練習が始まる。


亜由美が正則にだけ、小さく言った。


「正則。今日、投げる前に肩の確認しよ」


正則は頷く。


「分かった」


二人のやり取りは、いつも通り。

だからこそブレない。


真央はそれを見て、何も言わずにメモを取った。

莉子はそれを見て、何も言わずにタオルを用意した。


誰も“入り込まない”。

でも、必要なことはちゃんとする。


――こうして、タイタンズの新しい歯車が噛み合い始めた。




続・監督からの紹介(女子選手)


マネージャー二人の紹介が終わり、選手たちが少しざわつき始めたところで、

川原監督がもう一度、手を上げた。


「まだある。今日はもう二人」


その一言で、グラウンドが静まる。


「選手として入る。

特別扱いはせぇへん。

できるから、ここに立っとる」


監督の視線が、外野の方を向く。


「まず――宮本さくら」


ライト方向から、一人の女子が小走りで前に出てきた。

キャップを深くかぶり、日焼けした顔。

表情は明るいが、浮ついた感じはない。


「宮本さくらです!

ライト守ります。

ソフトボールやってました。

打球、怖がりません」


言い切りが気持ちいい。


誰かが小さく「おぉ…」と声を漏らす。


川原監督が続ける。


「守備範囲は広い。肩もある。

外野、任せる」


それだけ。

説明は最小限だが、十分だった。


さくらは軽く敬礼みたいに手を上げて、

「よろしくお願いしまーす!」とだけ言い、すっと列に戻る。


(この子、場の空気を軽くするタイプやな)


正則はそう思ったが、

同時に「深くは踏み込んでこない」距離感も感じ取っていた。


二人目の女子選手


監督は少し間を置いた。


「次、西村奈緒」


今度は内野側から、静かに一人の女子が前に出る。

背筋が伸びていて、目線がぶれない。


「西村奈緒です。

ファーストをやります」


それだけ。


短いが、声に迷いがない。


川原監督が補足する。


「状況判断が早い。

無理せん。ミスを広げん」


奈緒は軽く会釈しただけで、それ以上何も言わない。


亜由美が、ちらっと奈緒を見る。

奈緒も一瞬だけ亜由美を見る。


互いに、測るような目。


(この人、技術しか見てへん)


亜由美は直感で分かった。

だからこそ、安心もした。


監督の一言(線引き)


川原監督は、ここで釘を刺すように言った。


「もう一回言う。

男や女やない。

野球できるかどうか、それだけや」


グラウンドに、はっきりと線が引かれる。


「亜由美はセカンド。

さくらはライト。

奈緒はファースト。

それぞれ、役割は違う」


その言葉で、

亜由美の“特別な位置”が、逆に明確になった。


さりげない最初の動き


練習再開。


さくらは外野で声を出す。


「オッケー!任せてー!」


軽い。

でも適当じゃない。


一方、奈緒は内野ノックで、

送球を受けるたびに一歩だけ動く。


無駄がない。


「今の、低い。次は胸」


誰に向けたでもない、淡々とした一言。


有村が小さく頷く。


「使えるな」


亜由美と正則


亜由美が正則に言う。


「内野、締まったね」


正則は答える。


「うん。投げやすい」


それだけで十分だった。


恋人としての距離、

バッテリーでもマネージャーでもない距離。


他の女子が増えても、

そこは一切揺れない。




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