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9 心変わり

 その日を境に、明らかにエドガーに変化が起きていた。


 訓練の日はいつもオフィーリアを避けるように遅く帰ってきていた彼だったが、可能な限り夕食の時間に間に合うように屋敷へと戻るようになった。

 そしてエドガーを出迎えるオフィーリアに対して、以前のように暴言を吐かなくなり、代わりに


「お帰りなさいませ、エドガー様」

「ああ、出迎えありがとう。遅くなってすまなかった。待っていた間お腹が空いただろう。直ぐに食事にしよう」


 とオフィーリアを労うような声を掛けるようになったのだった。

 突然のエドガーの態度の変化は、オフィーリアに怪我をさせた罪悪感からくるもので、怪我が治ればまた元の彼に戻るだろうとオフィーリアは思っていた。

 しかし、オフィーリアの左手から包帯が取れ、怪我が完全に治ってもエドガーの態度は変わらなかった。


 二人の結婚以降、ここにきてようやく初めてこの屋敷に穏やかな時間が訪れていた。

 屋敷の者達は一様に喜び、二人を温かく見守った。



 * * *



「最近、訓練が終わるとすぐに帰っているけど、どんな心境の変化だ? いや、いいことなんだけどさ。ようやく奥さんを大事にしようと思ったわけ? 」


 訓練の休憩中。いつものようにアーノルドがエドガーに声を掛けてきた。


「……そうだな」


 アーノルドの言葉にエドガーが素直に答えると、アーノルドは嬉しそうにニヤリと笑顔を浮かべた。

 最近のエドガーはどこか憑き物が取れたような、以前の真面目で誠実な本来の彼に戻ってきているようで、アーノルドは彼の変化を喜んでいた。


「いいじゃん、いいじゃん。ようやく結婚生活を満喫し出した訳だな。……で、何でそうなった? 」


 アーノルドはエドガーの肩を馴れ馴れしく抱きながら、興味深々にエドガーが変わった理由を尋ねた。


 エドガーは自分に抱き着くアーノルドを鬱陶しそうに引き離すと、答えを待つアーノルドに向かってポツリポツリと話し始めた。


「……彼女の身体の細さに気付いたんだ」

「うん? 」

「元々痩せている方だとは思ったが、彼女の腕に触れた時、そのあまりの細さに驚いた。怪我をした彼女の腕を治療している間、少しでも私の手に力を入れたら骨が折れてしまうのではないかと思うぐらいに……」

「え? 奥さん怪我したの? 大丈夫か? 」

「怪我はもう完治した。……しかし、そのことで彼女について考えるようになった。そう言えば食事はいつも残していたな、とか。食が細いのか、それともいつも私が彼女に辛く当たっていたから、食事が喉を通らなかったのかもしれない」


 エドガーの話にアーノルドはオフィーリアの姿を思い浮かべると、彼女に同情するように相槌を打った。


「……それは気の毒に……」

「ああ。だから、いつも夕食を食べずに私の帰りを待っている彼女のために、早く帰らなくてはと思って……」

「そーいうことか。なら今日は尚更早く帰ってやれよ」


 アーノルドが物知り顔でちらりとエドガーに視線を送る。


「何故だ? 」

「今日は恋人に愛を捧げる『聖ヴィナスの日』じゃないか。世の男性達が愛するものに感謝の花を贈る日だ」

「愛するものに……」


 エドガーの脳裏にかつての婚約者であったジュディスが過る。


「はいはいはい! そう言う訳だからお前は今日はいつも以上に早く家に帰って、奥さんに日頃の感謝を込めて花束を贈ること! 」


 押し黙ってしまったエドガーに、アーノルドは彼が何を考えているのか察すると、エドガーの思考を遮るようにバンッ、とわざと強く彼の背中を叩き、賑やかに振る舞った。


「分かったからもう少し静かにしてくれないか? 」


 アーノルドの思惑通り、賑やかなアーノルドに対して、エドガーがげんなりとした表情で彼の行いを(たしな)めた。


「おー、悪かったな。じゃ、まー、そーゆーことだから。お前は奥さんに贈る花でも考えとけよ」


 そう言ってアーノルドは笑顔を浮かべると、ヒラヒラと手を振って訓練へと戻っていった。



 その場に残されたエドガーは、アーノルドの言葉を受け、オフィーリアの姿を思い浮かべると彼女に贈る花について思案し始めた。




 * * *



「お帰りなさいませ、エドガー様……? 」


 いつものように屋敷へと戻ってきたエドガーの手に白い百合の花束が抱えられているのを見て、オフィーリアは疑問の声を口にした。


 エドガーも苦虫を噛み潰したようななんとも言えない表情でその場に立っていた。


 (今日は何かのお祝いでもあったのかしら……? でもあまり嬉しそうには見えないわ)


 騎士の昇進でもあったのかと思い、オフィーリアはエドガーに声を掛けた。


「……綺麗な百合の花束ですね。職場で何かお祝い事でもあったのですか? 」

「いや、そうではない」

「? では、それは誰から……? 」


 花束の真意を尋ねるべくオフィーリアがエドガーの手元に視線を向けると、スッとオフィーリアの目の前にエドガーが百合の花を差し出した。


「これは私からお前に、だ」

「え? 」


 きょとんとした表情で目の前の花束を眺めながら、オフィーリアは、先日の朝食のデジャヴ感に襲われた。


 オフィーリアが困惑気味にそろりと後ろに控えていたハーメルに視線を送る。


 ハーメルはコホンと咳払いをすると、言葉の足りないエドガーをフォローするように説明した。


「奥様、今日は『聖ヴィナスの日』です。世の男性達が愛するものに愛を捧げるため、花束を贈る日です」

「愛を……」

「日頃の感謝を込めて、だ! 」


 愛という言葉にエドガーは敏感に反応し、即座に言葉を被せると、無理矢理オフィーリアの手に花束を握らせた。


「直ぐに食事の用意をっ……! 」


 そして気まずさを誤魔化すようにハーメルに食事の指示を出すと、自分はとっととその場から去っていってしまった。


 その場に残されたオフィーリアは手元の百合に視線を向けた。


「良かったですね、奥様」


 ハーメルが優しい笑顔を浮かべてオフィーリアに声を掛けた。


「……ええ」


 言葉とは裏腹に、オフィーリアはエドガーからの初めての贈り物を複雑な気持ちで見つめていた。


 (白い百合の花言葉は、『純潔、無垢』。何て私に不釣り合いな花なのかしら……)


 夫の好意を否定するわけではないが、エドガーはどのような思いでこの百合の花を選んだのだろうか。


 オフィーリアはツキリと胸の痛みを感じながら、百合の花にそっと顔を埋めた。




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