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8 夫婦の時間

「どうした? 手が痛むのだろう? 口を開けろ」


 自分の口許に食事を運ぶエドガーに対して、オフィーリアは困ったように後ろで二人の様子を静かに見守っていた執事長のハーメルに、助けを求めるように視線を向けた。


 ハーメルもエドガーの突然の行動に驚いているようだったが、オフィーリアの視線に気が付くと、オフィーリアを見返しながら神妙な顔で小さくこくりと頷いた。


『旦那様に従うように』


 (そ、そうなの……!?)


 ハーメルの合図を受け、彼の意図を汲み取ったオフィーリアは半ばやけくそ気味に口を開けると、目の前に差し出された料理をパクリと口に含んだ。

 その後無理矢理料理を咀嚼し、やっとの思いでごくんと飲み込むと、無慈悲にもエドガーによって再び次の料理がオフォーリアの口許に運ばれた。


「ん」


 無表情のエドガーがオフィーリアに再び口を開けるよう、ぶっきらぼうに声を掛ける。


「も、もう結構です。充分お腹いっぱいで……」


 最早料理の味など分からず、食欲も失せたオフィーリアがエドガーに訴える。


「まだポテトサラダを一口しか食べていないじゃないか。それっぽっちで腹が満たされる訳がないだろう。だからお前は痩せているんだ。いいから、口を開けろ」


 オフィーリアの訴えをエドガーは聞き入れず、『早く口を開けろ』と急かすように、オフィーリアの口許にズイとフォークを近付けた。


 (これは食べないと許してもらえない感じね……)


 絶望的な気持ちでオフィーリアは悟ると、観念したように再び口を開けてエドガーの差し出す料理を口に頬張った。


 食堂は奇妙な空気に包まれていた。



 * * *


 朝食を終え、部屋へと戻ったオフィーリアはぐったりとした気持ちでベッドにボフンと身体を投げた。


 恥ずかしさと、自分に優しいエドガーの態度にえも言われぬ恐怖を感じ、感情がめちゃくちゃのまま料理を食べたせいか、何だか胃の辺りがムカムカして気持ちが悪い。


 ハーメルに胃に効くお薬を持ってきて貰おうかとぼんやり考えていると、丁度良くコンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。


「どうぞ」


 オフィーリアはベッドから身体を起こしながら、扉の先の使用人に入室の許可を告げた。


「――入るぞ」

「え? 」


 扉が開くと同時にオフィーリアは本日何度目かの驚きの声を上げた。

 部屋に入ってきたのは片手に小箱を持ったエドガーだった。

 驚くオフィーリアを尻目にエドガーはズカズカとベッドに座るオフィーリアの隣にドカリと腰を降ろした。


「――見せろ」

「はい? あの……? 」


 口数少なく、尚且つ不機嫌な表情のエドガーがオフィーリアに何かを見せるよう要求してきた。

オフィーリアは未だに事態が呑み込めず、不審な目をエドガーへと向けた。


「怪我をした左手だ。いいから、早く手を出せ」

「あっ……! 」


 業を煮やしたエドガーが乱暴にオフィーリアの左腕を自分の目の前へと引っ張った。

 エドガーはそのままオフィーリアの左手に巻かれた包帯を優しく丁寧に巻き取ると、包帯の下に隠れていた赤黒く内出血した傷痕を目にして、辛そうに眉根を寄せた。


 咄嗟のこととは言え、感情に任せて力いっぱいオフィーリアの手を叩いてしまった。

 ただでさえか細いオフィーリアに対して、鍛え上げられた騎士の加減のない力で暴力を振るったのだ。彼女の細い腕なら骨が折れても不思議ではなかった。


 オフィーリアの白く細い腕に浮かぶ痛々しい傷痕を、エドガーは暫くの間無言で見つめていた。


「……まだ痛むか? 」


 振り絞るような声で辛そうにエドガーがオフィーリアに尋ねる。

真剣に怪我を心配するエトガーの眼差しに、オフィーリアは気持ちを整えると、正直に答えた。


「はい。……少しだけ」

「そうか。……すまなかった」

「え? 」


 初めてエドガーの口から謝罪の言葉を聞いたオフィーリアは自分の耳を疑うように、隣に座って項垂れるエドガーを信じられない思いで凝視した。

 突然のエドガーの変わりように、オフィーリアは彼に一体何があったのかと心配になってきた。

 そんなオフィーリアの気持ちを察したのか、エドガーはばつが悪そうにオフィーリアの視線から顔を背けると、誤魔化すように小箱から薬と新しい包帯を取り出し、たどたどしい手つきでオフィーリアの傷を自らの手で治療し始めた。


「……私だって鬼じゃない。流石に昨夜はやり過ぎた。手を挙げるつもりはなかったし、ましてや怪我をさせようなどとも思わなかった。……女性に手を挙げるなど騎士失格だ……」


 女性に手を挙げ、怪我をさせた罪悪感から本来の誠実で真面目なエドガーが顔を出したのかとようやくオフィーリアは腑に落ちた。

 今迄散々オフィーリアに対して暴言を吐きまくっていたエドガーではあったが、確かに手を挙げられることはなかった。それに関しては彼の中でも絶対に踏み越えてはいけない領域だったのだろう。

 しかし、酒に酔い、感情の抑えがきかず、あの日以来触れることを避けてきたオフィーリアと接触行為に、彼の理性のタガが外れてしまったのだ。


「いいえ、そんなに自分を責めないで下さい。私の配慮が足りなかったのです。あなたがどれほど私を嫌い、憎んでいるかを知っていたのに、気安くあなたに触れてしまった。……もう二度と同じ過ちは犯しません。……手の治療もありがとうございました。きっと明日にはもっと良くなっているでしょうから、どうかもう気になさらないで下さい」


 そう言うとオフィーリアは治療の終わった左手をスッとさりげなく、エドガーの手から引き抜いた。

 そしてエドガーから離れるようにベッドから立ち上がると、エドガーに向かっていつものように頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。全て私が悪いのです」

「っ……!? 」


 オフィーリアの言葉に、そしてエドガーを責めることなく自分が悪いとひたすらに謝る彼女の姿に、エドガーは何故だか酷く胸が締め付けられたのだった。

  


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