13 エドガーの戯れ
結局ドレスはエドガーによってオフィーリアの瞳に合わせた淡い水色のものが選ばれた。
オーディール家に向かう馬車の中で、オフィーリアは真向かいに座るエドガーを、彼に気付かれないようにこっそりと覗き見た。
エドガーもオフィーリアのドレスとお揃いのタキシードを身に纏っており、彼の胸ポケットには白い百合の花が一輪ちょこんと飾られていた。
パーティーでパートナー同士がデザインや色を合わせることはよくあることだが、自分の身体の一部と同じ色を纏っているとなれば周囲からはどれだけお互いを想い合っているのかを証明しているようなものだった。
ましてや今回の衣装はオフィーリアのサファイアの瞳と白銀の髪の色をイメージしている。
(これでは本当に彼が私のことを想っているようだわ……)
突然のエドガーの心変わりにオフィーリアは只々戸惑うばかりだった。
(だけどきっとお姉様に会ってしまったら、私への想いなんて一瞬で吹き飛んでしまうに違いないわ)
心の中でオフィーリアは自分自身にそう言い聞かせると、彼への揺れ動きそうな気持ちを必死で抑えようとしていた。
(期待してはいけない。どうせそれは一時の彼の気の迷いに過ぎないのだから)
窓の外の景色を見ていたエドガーがふとオフィーリアの視線を感じ、彼女へと振り返った。
お互いにバチッと視線が交わった直後、オフィーリアは内心慌てたが、平静さを装ってエドガーに声を掛けた。
「百合の花、お好きなのですか? 」
「――ああ、この花を見る度君を思い出すからな」
「っ!? あ、そ、うなん……ですね……」
(私の馬鹿……)
自ら墓穴を掘ってしまい、オフィーリアは自分を責めた。
顔を赤くし俯くオフィーリアをエドガーは微笑ましく眺めながら、もっと彼女の困った姿が見たい衝動に駆られた。
「オフィーリアの座っている席は進行方向と逆向きだから、馬車に酔ってしまう恐れがある。まだ先は長い。こちらに来るといい」
「え? あっ、エドガー様っ! 」
エドガーはそう言うと、オフィーリアに手を伸ばし、強引に自分の隣へと座らせた。
隣に座ったオフィーリアは身の置き所が無さそうな様子でひたすら小さく縮こまっていた。
エドガーはそんなオフィーリアを眺めながら、ジュディスを思い出していた。
自信に溢れ、大胆なジュディスは二人きりになると、よく自分の膝の上に乗っては甘えるように首に腕を絡めてエドガーの厚くて広い胸板にすり寄ってきていた。
身体の関係が婚姻時まで持てないエドガーにとってはそれは幸せなようで拷問のような時間であった。
エドガーは騎士道一筋な人生を歩んできたので女性と言うものをあまりよく知らなかった。
だからエドガーにとってジュディスのような積極的な女性は、男の欲を駆り立てる性の対象として非常に魅力的で、あっという間に夢中になった。
(だが――)
エドガーはチラリと隣のオフィーリアに視線を投げた。
赤い顔で困ったように身体を縮こまらせるオフィーリアの姿に、エドガーはきゅんと胸に甘い疼きを感じた。
(彼女をこの腕に抱き締めて、余すことなくその身体を撫で回し、ひたすら愛でていたい)
エドガーは、心の声に釣られるように再びオフィーリアへと手を伸ばすと、彼女の軽い身体をふわりと持ち上げ、自分の膝の上へと横抱きに乗せた。
「――っ! エドガー様、何を!? 」
これにはオフィーリアも驚きを隠せず、エドガーの膝の上でがっしりと抱き止められたまま、バタバタと身体を動かし、慌ててそこから逃れようと必死になった。
「ははっ……」
見たかったオフィーリアの姿が見られてエドガーは満足そうに声を出して笑った。
「わ、私をからかわれているのですね! 」
今度はぷりぷりと怒りで顔を真っ赤にしてエドガーを睨むオフィーリアを見て、エドガーは愛しさで胸がいっぱいになった。
エドガーは怒っているオフィーリアをその大きな身体でぎゅっと包み込むように抱き締めた。
「……どうして、私は今迄君に対してあんなに酷い仕打ちが出来たのだろう……。君がこんなに表情豊かで、純真無垢な女性だとは思いもしなかった。もしも過去に戻れるなら、もう一度やり直して、君を悲しませたりしないのに……」
「過去に……」
戻れるなら、きっとエドガーはあの日の過ちを回避し、ジュディスと結ばれるだろう。
オフィーリアはそう思ったが、口には出さなかった。エドガーの腕の中があまりにも温かくて、オフィーリアはこの幸せな一時をもう少しだけ味わいたいと思った。
* * *
馬車がいよいよ目的地のオーディール家に到着すると、会場は既に沢山の人で溢れていた。
薔薇園は時期的に閉鎖されているため、本日は男爵家の屋敷の広場がパーティー会場となっていた。
エドガーとオフィーリアは到着すると真っ直ぐに会場の中心で楽しそうに談笑しているオーディール男爵夫妻へと挨拶をした。
「お久しぶりです、お父様、お母様」
「おお、オフィーリア、エドガー! よく来てくれたな」
「お久しぶりです。ヨナス男爵。結婚後すぐに挨拶に伺うことが出来ず申し訳ありませんでした」
「いやいや、君も王国騎士団の一員として多忙だということは承知している。そして、何かと心の整理も必要だったろう。……見たところオフィーリアとは上手くやっているようじゃないか。安心したよ」
「――はい、ありがとうございます」
ヨナスの温かい言葉にエドガーは硬い表情を和らげると、ホッと息を吐きながら微笑んだ。
「あら、何だかエドガー様の雰囲気変わったんじゃないかしら」
「本当ね。前はもっと近寄り難い感じだったけど……」
「彼の隣にいる奥様ってジュディス様の妹さんよね? 前は全然印象に残らなかったけど、エドガー様の隣に居てもちっとも見劣りしないわね」
「ええ、寧ろエドガー様がぴったりと寄り添ってらっしゃって、衣装も彼女の色に合わせているし、何だかとても愛されていらっしゃるみたいで羨ましいわ」
「でも、確か彼女って『欲深いオフィーリア』なんて言われていたわよね。あの控え目で従順な雰囲気でエドガー様を惑わしているのではなくて? 」
周囲から好奇の目が二人へと注がれる。エドガーは聞こえてくる人々の噂話からオフィーリアを守るように彼女の肩をぐっと抱き寄せると自分の方へと引き寄せた。
「ご両親への挨拶は済ませた。後はジュディスと相手が来たら祝いの言葉を贈ればいい。少し静かな場所へ移ろう」
オフィーリアが本来、このような華々しい場所が苦手だと知っていたエドガーは、気遣うようにオフィーリアの耳元に唇を寄せると、周囲に見せ付けるように甘い表情でこっそりと彼女に耳打ちした。
「ち、近いです。エドガー様っ……! 」
そんなエドガーに、周囲の目を気にしてオフィーリアが抗議の声を上げるが、エドガーが彼女から離れることはなかった。
「……何だか、お似合いですわね」
「ええ、本当に。見ているこちらの方が当てられてしまいますわ」
仲睦まじい様子で会場から消えていく二人を、パーティー会場の人々は遠巻きに、羨ましそうに眺めていた。