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12 告白

「……これでいいかしら? 」


 寝室の鏡の前でオフィーリアはパーティーで着るドレスを自身の身体に合わせていた。

 日頃からパーティーに参加しないオフィーリアにとって、パーティー用のドレスは数える程しかなく、またそのどれもが敢えて目立たないようにと派手さを最小限まで抑えた地味なドレスばかりだった。

 一応伯爵子息の妻であり、姉の結婚を祝う場なのだから、もう少し立場的にも華やかなドレスを着た方が良いのだろうが、今更お金をかけてまでドレスを新調する気にもなれず、オフィーリアは地味なドレスの中でも少し明るめの色のドレスを選んだ。


 コンコン――


「……はい」


 オフィーリアがドレスをクローゼットの中に片付けようとしていると、不意に部屋のドアがノックされた。


 オフィーリアが返事をすると、数名のメイド達がいそいそとその手に沢山のドレスや装飾品を持って部屋へと入ってきた。


「え? 何? 」


 状況が呑み込めず戸惑うオフィーリアに、メイドの一人が嬉しそうに頬を紅潮させながら口を開いた。


「奥様、これからパーティー用のドレスを試着して頂きますね」


「え? 」

「先ずはこの水色のドレスから行きましょう」

「ええ? いえ、私はもうドレスは……っ ! 」


 ドレスは不要と断るオフィーリアに構わず、数名のメイド達はあっという間にオフィーリアの着ていた服を脱がすと、テキパキと見事な連携を取りながら、用意されたドレスをオフィーリアへと着替えさせた。


「わぁ、とても素敵です! 」


 淡い水色のドレスに着替えたオフィーリアは鏡の前に映る自分の姿を見て、遠慮がちに俯いた。


「……ええ、そうね。とても素敵なドレスだわ」


 オフィーリアの細い身体のラインを柔らかく包む繊細なレースの刺繍と銀色のビーズが散りばめられたとても上品で可憐なドレスに、オフィーリアは気後れ気味に返事をした。


「ドレスもそうですが、何よりそれをお召しになられている奥様が素敵なんです。奥様の瞳と髪の色に合わせられていて本当にお美しいです」

「あ……」


 メイドに言われて、オフィーリアはそこでようやくドレスと自分を鏡越しにまじまじと眺めた。


 (本当だわ。これではまるで私の為にあつらえたような……)


「このドレスは一体誰が……? 」


 オフィーリアは恐る恐るメイドに尋ねた。


「勿論、旦那様に決まっているではないですか」

「エドガー様が……? 」


 メイドの答えにオフィーリアは心から驚いた。


 (だって、パーティーのことは彼には一言も……)


「奥様、次はこちらを着てみましょう! 」


 考えが追い付かないオフィーリアにメイドが畳み掛けるように次のドレスを差し出した。


「これはエドガー様のブロンズの髪の色に合わせたとても豪華なドレスです。それともこちらのエドガー様のブルーグレーの瞳に合わせた大人っぽいドレスの方がいいですか? 」


 日頃から自分にはお金をかけず、地味なドレスを身に着けているオフィーリアを美しく着飾らせようと、メイド達は張り切ってその腕を振るった。

 この屋敷に嫁いでから、自分の目の前で楽しそうにしているメイド達を見るのが初めてだったオフィーリアは、その光景を眺めながら眩しそうに目を細めた。


「……わぁ……」


 メイドの一人が、ブルーグレーのドレスを着たオフィーリアを見て、思わず感嘆の声を洩らした。


「奥様、お美しいです……」

「本当に……。奥様がお美しい方だとは日頃から常々思っていましたが、これ程とは……」

「そんな……」


 メイド達から次々に溢れる賛辞の声に、オフィーリアはこそばゆさと気まずさに視線をさ迷わせた。


 ふと、オフィーリアの視線の先に部屋の入り口で遠目からオフィーリアを見つめるエドガーを見つけ、オフィーリアはギクリと身体を強張らせた。


「エ、エドガー様、いつからそこに? 」


 オフィーリアの言葉にメイド達も一斉に部屋の入り口へと視線を向ける。


「いや、その、たった今だ。楽しそうな声が聞こえて、つい――」


 エドガーが頬を赤く染めながら、ばつが悪そうに言い淀んだ。


「――奥様、私達は一旦下がります。御用がありましたらいつでもお呼び下さい」

「え? あの? 」


 雰囲気を察したメイド達がササッと部屋から退室し、部屋にはエドガーとオフィーリアの二人だけが取り残された。


 しんと静まり返る部屋の中、エドガーはオフィーリアから視線を離さず、じっとひたすらに彼女に熱い眼差しを向けていた。


 エドガーから発せられる異様な雰囲気に耐えきれず、オフィーリアが先に口を開いた。


「あの、ドレスを……ありがとうございます。でも……」

「……良く似合っている。夜空の星をイメージしたそのドレスを着る君は、まるで月の女神のようだ」


 オフィーリアがパーティーについて尋ねようとすると、気持ちが溢れたエドガーが言葉を被せるように彼女のドレス姿を褒め称えた。


 (あまりのショックに、おかしくなってしまったのかしら……)


 エドガーらしくない言葉と、先程から向けられたままの熱い視線に、オフィーリアは嬉しさよりも不安な気持ちが込み上げてきた。

 そんなオフィーリアをよそにエドガーはずいとオフィーリアとの距離を詰めると、オフィーリアを見下ろしながら真剣な様子で思案し始めた。


「……でも、最初に着た君の瞳の色のドレスも捨てがたいな。あれは水の妖精のように可憐で君の繊細な美しさがとても良く引き出されていた」


 エドガーの言葉にオフィーリアはギョッと目を見開いた。


「本当はいつからあそこにいたのですか!? 」

「大丈夫だ。着替えは見ていない」

「答えになっていません! 」

「……オフィーリア」


 非難するようなオフィーリアの言葉をさらりと交わし、エドガーが唐突にオフィーリアの名を呼んだ。


 (……今、オフィーリアって……)


 初めてエドガーの口から名前を呼ばれたオフィーリアは憤慨していたことも忘れて、その場でピタリと動きを止めた。


 嫁いでから今まで、エドガーがオフィーリアを呼ぶ言葉は『お前』だった。

 初めて名前を呼ばれたオフィーリアはゆっくりとエドガーを見上げると、彼のブルーグレーの瞳をまじまじと見つめた。


「ハーメルに言われてようやく目が覚めたよ。いい加減私も前に進まなくてはいけない。君を一人でパーティーになんて行かせない。一緒に夫婦としてジュディスの結婚を祝おう」


 エドガーの瞳がオフィーリアの瞳と重なる。

 エドガーの真っ直ぐで真摯な眼差しに、オフィーリアは酷く心を動揺させた。


「そんな……。だって、あなたはお姉様をまだ愛しているのに……」

「確かに私の心にはまだジュディスの未練も残ってる。だが、それ以上に――」


 エドガーの口から紡がれる言葉がオフィーリアの耳にゆっくりとスローモーションのように流れ込んでくる。


「今は君のことが気になって仕方がなくなっている。……オフィーリア、君の今迄の健気な献身が私の心を動かしたんだ」

「……そんな、駄目です……」


 エドガーの告白のような言葉に、オフィーリアはくらりと眩暈のようなものを覚えた。


「駄目なものか。私達はこれからやり直すんだ」

「エドガー様……」


 エドガーの大きな手がぎこちなくオフィーリアの背中に回される。

 力任せに、だけど壊れないように優しく、エドガーは自身の腕の中にオフィーリアを閉じ込めた。


 熱く脈打つエドガーの鼓動とは正反対に、オフィーリアの心臓はどくんと不安に大きく揺れた。





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