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10 不穏な手紙

 城からの帰り、エドガーは街の花屋に立ち寄ると、店頭前に並べられた花達をぐるりと見回した。


 鮮やかな花達を目にしながらエドガーはオフィーリアを思い浮かべていた。


 エドガーの目に赤やピンクの鮮やかで豪華な薔薇が映る。

 薔薇を見るとエドガーはついジュディスを思い出してしまう。

 オーディール家の薔薇園の薔薇達に引けをとらないジュディスの美しさにエドカーは何度見惚れたことだろう。


 今すぐにでも彼女の為にここにある全ての薔薇を買い占めて、彼女の元へと届けたい。嬉しそうに微笑む彼女の前に跪いて愛を囁きたい。


 そんな考えがエドガーの頭の中を占領しかけた時、薔薇の後ろに隠れるようにひっそりと置かれていた白い百合の花がエドガーの視界に映った。


 白い百合はまるで目の前に広がる豪華な薔薇を引き立てるかのように、自らを主張せず、ただそこに静かに佇んでいるように見えた。


「……オフィーリア……」


 ぽつりとエドガーの口から無意識にその名前が洩れた。

 その見覚えのある光景は、美しき薔薇に囚われかかったエドガーの頭を徐々にクリアにしていった。


「この百合の花をあるだけ全部貰おう」

「畏まりました」


 エドガーは白い百合の花束を腕に抱くオフィーリアの姿を想像した。

 プラチナブロンドと雪のように白い肌の控え目な彼女に、上品で清楚な百合はとても良く似合うだろう、とエドガーは満足感で心が浮き立った。


 (早くこの花をあの華奢な腕いっぱいに抱えた彼女の姿を見たい――)


 エドガーは足早に帰路に着いた。



 * * *



「あの、エドガー様。お花をありがとうございました。早速部屋に飾らせて頂きました」


 夕食の席で開口一番にオフィーリアがエドガーに先程の花の礼を述べた。


「……ああ。妻に対して今日花を渡さないと私は無慈悲で冷たい夫と世間に思われてしまうからな」


 エドガーはなるべく感情を表に出さないよう、努めて冷静に振る舞おうとし、つい今迄の癖で皮肉めいた返事をオフィーリアに返してしまい、内心「しまった」と、言ったことを後悔した。


 案の定、オフィーリアは感情の消えた顔で


「気を遣わせてしまい、申し訳ありません」


 と謝りの言葉を述べた。


「ち、違う。そうじゃないっ……! 」


 そんなオフィーリアにエドガーは慌てたように弁明した。


「気など遣っていない。私が買いたくて買ってきたのだ。あの花を見て、とてもお前に似合うと思ったから……っ! 」


 必死な様子のエドガーに、オフィーリアは目をぱちくりと瞬かせ、彼を見つめた。


 (あ、また、だ……)


 最近、時折見せるオフィーリアの無防備な表情に、エドガーの胸がギュッと締め付けられる。


 結婚してからずっと無表情な彼女の顔しかみたことがないエドガーにとって、驚きで素の表情を見せるオフィーリアは新鮮だった。

 控え目で、何でも受け止める彼女は年下ながらも大人っぽく見え、何となくそれがエドガーの神経を逆撫でし可愛げなく思えていたが、こうして無防備な表情の彼女を見ると、年相応の幼さが垣間見え、エドガーは彼女に対して不思議な感情が沸いてきた。


 (可愛いな……)


 エドガーの心の中でオフィーリアに対して新しい気持ちが生まれていた。


 今迄ジュディスしか見えていなかったが、こうしてオフィーリアをまじまじ見れば、彼女なりの魅力に溢れていた。

 ジュディスが輝く太陽のような女性であるなら、オフィーリアは闇夜を照らす美しい月のようだと思った。

 決して自分を表に出さず、その美しささえも夜に紛れて隠すような。

 表舞台に堂々と立つジュディスとは全てに於いて正反対の女性。


 (どうして私は今迄しっかりと彼女と向き合おうとしなかったのだろう。


 もっと、


 もっと色んな彼女を見てみたい――)


「エドガー様? あの、お食事が冷めてしまいますので、取りあえずお食事を食べませんか? 」


 オフィーリアを見つめながら固まっていたエドガーに遠慮がちにオフィーリアが声を掛けた。

 オフィーリアの声掛けでエドガーはハッと我に返ると、気持ちを整えるためコホンと一度咳払いをし、


「食べよう」

「はい」


 素直にオフィーリアの言葉に従ったのだった。



 * * *



「ふぅ……」


 食事を終え、部屋に戻ったオフィーリアはテーブルに飾られた百合の花に視線をやった。

 ここ最近のエドガーは酷くオフィーリアを混乱させていた。

 罵倒されていた頃よりは全然いいのだけれど、突然夫らしく振る舞うようになってきたエドガーにオフィーリアはどう接して良いのか分からずにいた。

 少しずつ優しくなっていくエドガーに甘えてはいけない、とオフィーリアは自分を叱責していた。


 たまたま今はそんな気分なだけで、いつまた彼が元の彼に戻り、自分を酷く憎み出し、辛く当たってくるかも知れない。

 一度彼の甘さに慣れてしまったらそれは酷く辛く悲しいものとなるに違いない。


 (だって彼はまだお姉様を愛しているのだから――)


 オフィーリアは白い百合を眺めて辛そうに顔をしかめた。



◇ ◇ ◇



 そんなオフィーリアの心配は現実のものとなった。


 聖ヴィナスの日から数日後のこと。

エドガーとオフィーリア宛に一通の手紙が届いた。

 差出人はオフィーリアの父、ヨナスからであった。

 手紙の内容を見て、エドガーはショックのあまり膝から崩れ落ちた。


 手紙にはジュディスの結婚が決まったとの報告が書かれていた。


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