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オードリーの冒険!  作者: マリオン
第1話 鏡よ、鏡よ!
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4

 放課後の練習場所は、日によって変わった。ある時は誰もいない教室、ある時は運動部の遠征によって空いたグラウンド、はたまたある時は人通りの少ない渡り廊下を占拠したことさえあった。さだまった活動場所を持たない僕らは、さながら流浪の民のように校内を放浪した。


「よし、練習を始めるぞ!」

 扉を開けながら、遅れたことを詫びもせず、部長が告げる。


 二年六組の教室──机と椅子は後ろに寄せられていて、わずかな練習用のスペースが確保されている。部員たちは僕らの到着を待っていたものか、思いおもいの場所で歓談に時を過ごしている。


「全員いるか?」

「高野がまだだよ」

 答える声に、扉の開く音が重なる。

「ごめんなさい、遅れました!」

 言って、高野美幸が教室に飛び込んでくる。

「遅いぞ、高野。白雪姫が遅れてどうする。トイレには余裕を持って行っておくこと」

「レディーにそんなこと言わないでください!」

 セクハラ紛いのやり取りに、周囲から笑い声が起こる。


 高野美幸は、僕らのような不真面目な部員とは違った。誰よりも熱意があり、しかし空まわりすることもなく、着実に力量を高めており──松原高等学校の()()()と称されるその美貌とも相まって、彼女は間違いなく演劇部のホープと言ってよい。


「おしゃべりはそこまで。全員そろったから、練習を始めようか」

 副部長の吉崎真琴が言って、威圧するように手を叩く。オードリーほどではないものの、引き締まった身体はすらりと伸びて、中性的な顔立ちが高みからあたりを睥睨する。部長の片腕として演劇部を切りまわす彼女に逆らえるものなど、部長を含めて、誰もいない。


 はい、と行儀のよい返事を並べて──ようやく演劇部の放課後が始まる。



 新説白雪姫は、例年お祭り騒ぎになるという文化祭の特色にあわせて、笑いを前面に押し出した脚本となっていた。


「奥さん、リンゴを一つ、いかがですか?」

「そう仰られましても、知らない男性から物をもらってはいけないと家のものから言われておりまして」

 訪問販売を断る主婦のように、白雪姫が架空のドアチェーンの間から答える。


「私は男ではありませんよ」

「これは失礼いたしました。そんなに大きくて厳つい方が女性だなんて、思ってもみなかったものですから」

「──リアルでケンカ売ってんのか、おい」

 演技とは思えぬ妃の怒気が、ざわり、と空気を震わせる。

「滅相もない。素直に申し上げただけですわ」

 慇懃無礼な態度から、白雪姫の底意地の悪さが、ちらり、と顔をのぞかせる。


「男性と間違えてしまったことについては、重ねてお詫び申し上げます。でも、相手が女性であっても、知らない方から物をもらうわけにはまいりません」

 言って、白雪姫が逃げるように架空の扉を閉める。

「知らない人ではないんだよ、白雪姫」

 そうはさせじ、と妃が足先を扉の間に挟み込む。


「この顔に見覚えはないかい?」

 ぬっと顔を突き出して、架空のフードを脱ぎ捨てる。

「あら、お義母さま」

「そうさ、あんたのお義母さまさ」

 顔見知りだと知れたからなのであろうか、白雪姫がドアチェーンを外して、覚悟を決めたように一歩を踏み出す。


「それで、何のご用ですの?」

「ふん、かわいい白雪姫──お前を殺しにきたのさ」

 妃は右手を伸ばして、白雪姫の顎を持ちあげる。

「鏡が言った。この世で一番美しいのは白雪姫だ、と──それならば、お前さえいなくなれば、私が一番になることができる」

 大仰な身振りで、おどろおどろしく告げる。


「そんなの──逆恨みですわ」

 しかし、白雪姫の返す言葉は軽い。自らの顎に触れた妃の右手を、わずらわしそうに振り払う。

「確かに、鏡がそう言うのなら、この世で一番美しいのは私なんでしょう」

 ふふん、と彼女は勝ち誇るように笑う。

「でも、お義母さまが二番目に美しいというわけでなし、私が死んだところで、二番目の方が繰りあがるだけだと思いますわ」

 見下すように言って、妃を挑発する。


「──死にたいらしいな」

「殺しにいらしたんでしょう?」

 白雪姫は不敵に笑って──手のひらを上に向けて、誘うように指先で招く。

「いい度胸だ」

「この日を命日にして差し上げますわ」

 対峙した二人の間に火花が散る。



「──演技に見えんな」

 うなり声をあげながら、部長がつぶやく。

「オードリーの方は素だろう」

 その隣で、吉崎真琴が冷静な分析を加える。


 脚本は、オードリーと高野美幸、それぞれの現実での立ち位置を活かした内輪ネタに過ぎないのであるが、それだけに校内の人間への受けはよい。脚本の内容を知っているにもかかわらず、そのコミカルな演技に、部員の間からも笑い声がこぼれる。


「一年生とは言え、校内の有名人を二人も抱えているのは強みだな。脚本の出来にかかわらず、知らぬ間に芝居に引き込まれる」

 吉崎真琴が緩んだ口許を隠しながら、からかうように言う。

「言ってろ。あんたも有名人の頭数に入ってんだからな」

 返しながら、自らの脚本を否定された部長が、不満もあらわにふくれる。


 部長の発言にも一理ある。確かに、副部長の吉崎真琴の集客能力は、一年生二人のそれとくらべても、劣るところはないように思える。男装の麗人──とでも言えばよいのであろうか。オードリーのかもし出す粗雑な男っぽさとは違って、線の細い彼女から滲み出る凛としたたたずまいは、多くの女子生徒を魅了しているという。吉崎王子の存在と、高野姫を目当てに押し寄せるであろう男子生徒の数とをあわせると、客の入りはまずまずのものが見込めるであろう、と思う。


「ふん、うまくいきそうじゃないか」

 おそらく、まだ見ぬ大観衆を夢想して、部長がにんまりとほくそえむ。その皮算用をたしなめるように、吉崎真琴が部長の額を小突く。我に返った部長が、教壇で取っ組みあう二人に向けて、声を張りあげる。


「次のシーン、いってみようか!」

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