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「もう──行っちゃうの?」
少年は、オードリーにすがりつくようにして、上目で問いかける。
オードリーにぶっとばされた父親は、祖母の通報で駆けつけた警察官に、すでに連行されている。父親が刃物を振りまわしていたこと、また祖母が事前に児童相談所に相談していたこともあって、オードリーが未成年略取に問われることはなかった──が、当然ながら、僕らも事情を聴取されることとなり、今から交番に出向かなければならないのである。
辛い目にあった少年を、今すぐに聴取するのは酷であろうという祖母の申し出により、彼の聴取は明日になる。だから──僕らはここでお別れとなるのである。
「お前を無事に送り届けたからな。そろそろ、あたしも自分の家に帰らないと」
言って、オードリーが少年の頭をくしゃりとなでる。その大きな手のひらに包まれて、初めて別れを実感したのであろう、少年が顔を歪める。
「おいおい、泣くことはないだろう」
大げさだな、とオードリーは笑う。だが、それはきっと、大げさなことではない。僕には──僕にだけは、小さな戦友の気持ちが、痛いほどによくわかる。それが、おそらくは彼の初恋だったのであろう、と思う。
同情と憐憫に目を細めかけて──いや、待て、と思いとどまる。あの少年──いや、あの小僧、もしかしなくともオードリーと一夜をともにしたのではあるまいか──そんな可能性に思い至り、僕は大人げなくも嫉妬で下唇を噛む。
「僕、オードリーのこと忘れないよ!」
涙を拭いながら、空元気であろうに、少年が笑う。
「ああ、あたしも忘れないよ」
言って、オードリーは、少年の頭をさらにくしゃくしゃになるまでなでる。
オードリーは、嘘はつかない。自らに向けられた好意には疎い彼女のことである。少年の淡い恋心には気づいていないのだろうけれども、彼のことをずっと覚えているというその言葉には、嘘はないのであろう、と思う。
「ねえ、聞いてもいい?」
少年はオードリーの応えを待たずに続ける。
「オードリーの本当の名前は何ていうの?」
憧れにあふれた少年の眼差しを受けて、オードリーが初めてうろたえる。自らの名前に苦手意識のある彼女にとっては、その名を口に出すのもためらわれるようで。
「名前なんて、どうだっていいだろ」
「──お願い」
ぷい、と視線をそらすオードリーに、少年は再び上目で懇願する。
名は体を表す。よい名前だと、僕は思うのだけれども。
夕陽に照らされて、オードリーの影は、誰よりも遠くまで伸びる。彼女は、あきらめたように大きな溜息をついて、天に向かって、投げやりに叫ぶ。
「茜だよ!」
「フーテン・ガール」完/次話「ドーピングはカンニングに含まれますか?」




