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それから、僕は足を棒にして方々を探し歩いたのであるが、オードリーの足取りはようとして知れず──気づけば、日は傾きかけている。やはり、地の利のないところで、むやみに動きまわったところで、求めるものはそうそう手には入らない。せめて先達でもいれば、と早まった行動を後悔しかけた──そのときである。
「あれ? 宮川?」
と、不意に名前を呼ばれて。
「吉崎──先輩?」
振り返ると、そこには吉崎真琴──と、思しき女子が立っている。
口に出したならば、何を当たり前のことを、と笑われてしまうかもしれないが──驚いたことに、吉崎真琴は女子だった。
中間テストの最終日──学校は昼には終わり、帰宅して犬の散歩に出たのであろう。吉崎真琴は、普段の制服姿からは想像もつかないほどにガーリーな装いで、二匹の犬のリードを握っている。
「変──かな?」
僕の視線に気づいたのであろう、恥じらう吉崎真琴に、僕は慌てて首を振る。
「いや──かわいいと思います」
本心から出た言葉に、我ながら驚いて──はたと納得する。考えてみれば、僕にはオードリーが女の子に見えているわけであるからして、男装の麗人など可憐な少女と同義であろう。
「こんなところで、何してるんだ?」
吉崎真琴は、僕の地元がこのあたりではないと知っている。当然の疑問である。
「実は──」
僕はかいつまんで事情を話す。
オードリーが昨日から帰っていないこと、どうやら通学のバスで乗り合わせた子どもと行動をともにしているようであること、そして一時は警察官に追いかけられる騒動にまで発展していることなどを一通り話し終えたところで──吉崎真琴はうなり声をあげる。
「それは──まずいな」
「まずいんです」
僕と同じく、オードリーが未成年略取に問われる可能性があることに、すぐに思い至ったのであろう、吉崎真琴は事の重大さに、眉根に皺を寄せる。
「オードリーがどこに行ったかは──」
「まったくわかりません」
お手あげです、と続ける僕をよそに──吉崎真琴はあるものに目を留める。
「それ──さっき話してたオードリーの鞄だよな」
言って、吉崎真琴は、僕の手にするくたびれた鞄を顎で指す。
「それがあれば、うちの犬を使って、匂いで探せるんじゃないか?」
名案である──というより、もはや藁にもすがる思いである。
僕は心の中で謝罪しながら、オードリーの鞄を開ける。中間テスト二日目の登校時のものであるはずの鞄には、参考書の類はほとんど入っていない。
「──何でこんなものが?」
吉崎真琴は、首を傾げながら、鞄からオードリーの体操着を取り出す。
「おそらくですが──持って帰って洗おうとして、出すのを忘れていたんだと思います。二日くらい」
僕はオードリーの人となりを想像しながらそう返す。
「その習慣には感心しないが、こちらとしては助かる」
吉崎真琴は苦笑しながら、オードリーの体操着を犬の鼻先に持っていく。犬は飼い主の命令に従って、体操着に鼻を鳴らす。うらやましいなどとは、決して思ってはいない。
「その犬、名前は何て言うんですか?」
僕はその小憎らしい犬に寛容を示そうと頭に手を伸ばすのであるが──犬は大事な仕事の邪魔をするなと言わんばかりに、威嚇でもって返す。
「太郎丸」
吉崎真琴からは、意外に古風な名前が返ってくる。
「じゃあ──もしかして、そっちは次郎丸ですか?」
言って、僕はもう一匹の犬──ポメラニアンを顎で指す。
「それは猫。こいつは三郎丸」
吉崎真琴に名を呼ばれたポメラニアンは、うれしそうに鳴きながら跳ねまわる。
「太郎丸はビーグル──昔は猟犬でね。誇り高いんだ」
吉崎真琴は太郎丸をなでる。さすがに飼い主になでられるのは至極のようで、太郎丸は歓喜に身を震わせる。先の僕の扱いとは雲泥の差である。
「まるで、誰かさんみたいだろう?」
続けて、吉崎真琴は得意気に微笑む。ともすればオードリーへのあてつけと受け取られかねない発言も、不思議なことに彼女の口からもれると、素直な賞賛であるように感じられる。ともあれ、僕に優しくない犬を、オードリーみたいと評することには、同意はしかねるのだけれども。
「吉崎先輩は、どうして協力してくれるんですか?」
吉崎真琴の親切に、ふと尋ねる。
「かわいい後輩のためだから──じゃあ駄目なのか?」
もちろん、吉崎真琴とって、オードリーは演劇部の後輩である。後輩の不始末で、演劇部が処分を受けることだってありうるのであるからして、副部長としては協力するのも当然であろう、と言われてしまえば、そのとおりなのであるが──でも、それだけではない、何か特別な親愛の情のようなものを感じる気がするのは、うぬぼれがすぎるであろうか。
「前に高野さんにも言われたじゃないですか。吉崎先輩は僕にあまいって」
「そうかな?」
「そうですよ。周囲の評価を見るかぎりは、たぶん」
「そうかあ」
吉崎真琴は、溜息をついて、うなだれる。自分では、そんなことはないと思っていたようで、反省の面持ちである。
「堂島もオードリーも宮川にはあまいから、私くらいは厳しくしないと──そう思ってはいるんだけどね」
吉崎真琴は、めずらしく困り顔で、頭をかきながら続ける。
「笑わない?」
「笑いません」
めずらしく言いよどむ吉崎真琴に、僕は真摯に答える。
「宮川が──弟に似てるから」
それは、思ってもみない理由で──拍子抜けしてしまうくらいに、どうでもいい理由でもある。
「顔が似てるというわけではなくて、雰囲気がね」
言って、吉崎真琴はどこか寂しそうに笑う。




