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僕は、バスの運転手に礼を述べて、営業所を後にする。ロータリーまで戻り、バス停のベンチに腰かけて、これまでの情報を整理する。
運転手の証言のとおり、オードリーが子どもと一緒だったとすると──それはバスの中で出会った子どもということになろう。
未成年略取──と、縁起でもないことを考えかけて、振り払うように首を振る。オードリーの性格からすれば、子どもが困っていて、どうにも放っておけなかったという方が、ありそうな話ではある。
子どもは小学校低学年くらいだったという。それなのに保護者がついておらず──さらにはバスに乗っていたのであるから、どこかに行こうとしていたはず。となると、オードリーでなくても心配になろうというもの。彼女はその子を保護して、交番を訪ねたのかもしれない、と思う。
僕は営業所に戻り、受付の女性に最寄りの交番の所在を尋ねて──礼もそこそこに足早にそちらに向かう。交番までは、それなりに距離もある。歩くうちに情報収集もできよう、と僕は前向きに考える。
田舎道の向こうから、自転車に乗った老爺がやってくる。ゆらゆらと揺れる老爺の自転車は、危なっかしいこと、この上ないのであるが、あと十年くらいは変わらず運転しているであろうと思わせる、田舎の日常でもある。老爺は、ちょうど交差点を渡るつもりのようで、自転車を降りて、僕の目の前で、信号が変わるのを待ち始める。
「突然すみません──昨日、赤毛の女の子を見ませんでしたか?」
問いかける僕に、老爺は怪訝な顔で返す。いきなりこんなことを問われれば、誰だって怪訝な顔くらいするであろうから、それ自体は何とも思わなかったのであるが──意外なことに、老爺はすぐに警戒を解いて、ぽん、と手を打つ。
「ああ、あの赤毛の姉ちゃん」
「見たんですか!?」
まさか最初に話しかけた老爺から、いきなり情報が得られようとは思ってもおらず、僕は身を乗り出して、続きをうながす。
「見たも何も──昨日は、こんな田舎にしては、大騒動でねえ」
「何か──あったんですか?」
老爺の口ぶりに嫌なものを感じて──オードリーと十年も時をともにすれば、よくあることである──僕はおそるおそる尋ねる。
「その赤毛の姉ちゃんが──お巡りさんに追いかけられてた」
「はあ!?」
老爺の意外な言葉に、僕は思わず声を荒げてしまう。老爺は僕の声に驚いたものか、それ以上のことは何も知らんよ、と言い残して、青になった横断歩道を渡る。
未成年略取──再び不吉な言葉が頭に浮かんで──待て、待て待て、と自分に言い聞かせる。オードリーにかぎって、それはない。彼女なら、愚直に子どもの利になることをするはずである。だからこそ、子どもを連れて、交番を訪ねて──と、そこまで考えたところで、はたと思い至る。
交番の警察官が、その子どもの利にならないことしようとしたなら、どうであろう。
子どもの希望が、必ずしも警察の道理と重なるわけではない。子どもが望み、警察官がそれを否定したなら──オードリーは子どもの望みを優先して、警察官に敵対するのではないか。最悪の結末が、まざまざと想像されて、背筋に冷たいものが走る。
子どもは、バスに乗って、どこかを目指していた。オードリーは、子どもと一緒に交番を訪ねて、その場所について尋ねた。しかし、警察官は、子どもを保護者に引き渡すべきと考えた──当然である。子どもがそれを嫌がって、オードリーが彼を連れて逃げたとすると──大騒動という証言にも合致する。
考えろ──その大騒動とやらで、すでにオードリーが警察に捕まっているのなら、保護者であるリューダさんに連絡が入っているはず。それがないということは、無事に逃げおおせたということ。警察はオードリーを探しているであろう。僕は警察よりも先に彼女をみつけて、事を収めなければならないというわけである。




