2
高校には、僕もオードリーも、バスで通学している。
僕は、オードリーの家近くのバス停まで歩いて──時間を遅らせて、いつもオードリーの乗るバスを待つ。このバスは、始業に間に合うかどうかぎりぎりの──言わば遅刻上等のバスである。当然ながら、そんなバスに乗るものは、それほど多くはないし──きっと顔ぶれも変わらない。
ようやく到着したバスに乗り込んで、車内を見まわす。
「お、めずらしい、トムじゃん」
眠そうにあくびをしながら、僕に話しかけるのは、級友のトールである。
ちなみに、このトール──皆から不良のようなものである、と認識されている。昨年、何かの事件を起こして、そのせいで留年しているから、というのがその理由なのであるが──僕をはじめ、男子にとっては、年齢が上であることを感じさせない、単なるいいやつである。とはいえ、トールの学力で松原高等学校に合格できたことは、いまだに七不思議の一つとして語り継がれているというから、謎多き男ではある。
「昨日、バスでオードリーを見なかった?」
「見たよ」
僕の問いに、トールはやはりあくび混じりに返す。
「学校で降りた?」
「いや──降りる様子がなかったから、着いたぞって教えてやったんだけど、何かやることがあるとかで、降りなかったよ」
いつもどおりバスに乗ったのなら、少なくともそのときまでは、通学の意思があったのだろう、と思う。となれば、その意志を変えさせた何かが、昨日のバスにはあったということになろう。
「ありがと」
トールに礼を述べる──と同時に、バスは松原高等学校前で停車する。
「あれ、降りないの?」
「今日は休む」
「あ、そ」
トールは短く返して、バスを降りる。今まさに中間テストをサボろうとしているというのに、とがめることさえないというのは、なかなかに得難い友人であろう、と思う。
バスの窓から、トールを見送る。当の本人はというと、やはりあくびを繰り返しながら、のろのろと学校に向かっていて──あの歩調では遅刻であろうな、と苦笑する。
僕は、あらためてバスの車内を見まわす。乗客のほとんどが松原高等学校前で降りており、残っているものはほとんどいない。バスは続けて、近隣の団地前など、いくつかのバス停に停車する。この時間帯──通学にしろ、通勤にしろ、乗降が多いのは逆向きの路線である。乗ってくるものも、ほとんどいない。
そうすると、オードリーに通学の意思を捨てさせたものは、彼女より以前からバスに乗っていて、松原高等学校でも降りなかったもの、というのがありそうな線であろう、と思う。
オードリーの外見は人目を引く。おそらく運転手の記憶にも残っているであろう。僕は、今日の運転手が、昨日の運転手と同じであることを祈りながら、バスに揺られる。
やがて、バスは田舎道に入る。次は終点の──聞きそびれてしまったが、何とかという営業所前である。車内には、僕と老婆の二人しか残っていない。のろのろと坂をのぼり終えたバスは、寂れたロータリーをぐるりと回って停車する。
僕は老婆に先を譲って、最後にバスを降りる。
「あの──」
運賃を支払いながら、運転手に声をかける。
「この時間のバスは、いつもあなたが運転されているんですか?」
「ああ、そうだけど──」
僕の問いに、運転手は怪訝そうな顔で、ぶっきらぼうに答える。
「昨日、赤毛の女の子が乗っていたと思うんですけど──」
「ああ、のっぽの?」
「それです!」
運転手には、思いあたる節があるようで──僕は勢い込んで返す。探す側からすると、どこだろうと、誰だろうと、印象に残ってくれるオードリーの存在はありがたい。
「昨日は、子どもと一緒にここで降りてったよ」
「──子ども?」
運転手の意外な言葉に、僕は思わず声をあげる。
「小さな──小学校低学年くらいの男の子だったかな」
オードリーはそれほど子どもが好きではない。自分も子どものようなものだからか、よく懐かれてしまって、それがうっとうしいのだという。
「あんた、あの嬢ちゃんの知り合いかい?」
子どもというイレギュラーについて思案する僕に、今度は運転手が話しかける。
「そうです。クラスメイトです」
僕が頷いて答えると、運転手はそれならよかったと続ける。
「あの嬢ちゃんの──忘れ物を受け取ってくれないかな?」
「──忘れ物?」
運転手の言葉に、僕はしばし思案する。通学のバスでの忘れ物となると、生徒手帳でも落としたのであろうか──いや、そもそもオードリーならば、生徒手帳など持ち歩いてはいまい。答えの出ない僕をよそに──運転手はシートベルトを外して、運転席を立つ。
「営業所の方に置いてある」
運転手に案内されて、ロータリーのそばの営業所に向かう。受付でしばし待たされて、運転手から手渡されたのは──何と学校指定の鞄である。何という豪気な忘れ物。学校に行く気など、微塵もないではないか。




