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「起きろ!」
耳もとで怒鳴られて──僕は慌てて目覚まし時計のアラームを止める。
いつかの誕生日プレゼントでもらった、幼いオードリーの肉声による目覚まし時計──最近は、めっきり彼女に起こされることも減っていたのであるが、久しぶりに怒鳴りつけられてしまう。
演劇部にとっての一つの節目である文化祭を終えて、次は中間テスト──と、本来であれば気を引きしめなければならないところなのであるが、僕は成績がよいから──自慢ではない──いくらか気が抜けていたのかもしれない。
「ツトム!」
台所からであろう、母の呼び声が響いて──僕はベッドから飛び起きる。父の会社の社宅という割に、広いアパートである。さすがに先のオードリーの声までは届いていないと思うのであるが、いくらか気恥ずかしく居間に向かう。
「おはよう」
母に声をかける。てっきり台所にいるものと思っていた母は、なぜか電話を手にして、不安そうにこちらを見ている。
「大鳥居さんからなんだけど──」
と、母に受話器を渡されて──はて、オードリーのやつ、こんな朝っぱらから何の用であろう、と耳をあてる。
「もしもし、トムくん?」
受話器から聞こえるのは、しかしオードリーの声ではなく、彼女の母親──リューダさんのものである。
「リューダさん、どうかしたんですか?」
大鳥居家とは、幼いころから家族ぐるみのつきあいである。オードリーの母親であるリューダさんがスラヴ系のハーフであることも知っているし──つまりオードリーはクォーターである──直接話す機会も多いので、電話に出るのも気安い。
「うちの子が帰ってこないの。トムくん、何か知らない?」
娘が帰ってこないとなれば、普通の家では間違いなく大問題であるが──慌てず、焦らず、まず尋ねる。
「帰ってこないって、いつからですか?」
昨日の夜から、というのであれば──リューダさんには申し訳ないことではあるが、何もめずらしいことではない。
僕らが中学生の頃──オードリーの祖父であるルスランが行方不明になった。もちろん警察に捜索願を出したのであるが、ルスランがあまりにも健康な老人であったためか、いわゆる緊急性を要する特異行方不明者ではなく、一般家出人とされてしまって──あまり熱心には捜索されていないというのが実情らしい。
オードリーは、そんな警察の対応に不満を抱いており、自らルスランを探すことが、ままある。ふらふらと出かけては朝帰り、なんてこともざらで──荒れに荒れていた頃などは、警察沙汰になって、大騒動になったこともあるほどである。
「──昨日の朝から」
リューダさんの答えに、首を傾げる。
「昨日の朝──って、昨日は学校を休んだんじゃないんですか?」
一昨日から始まった中間テスト──二日目にして、オードリーは学校にこなかった。追試と天秤にかけて、惰眠を貪ったに違いないと思っていたのであるが──休んだわけではないとなると、話は変わってくる。
「学校、行ってないの?」
リューダさんの声音に、不安が混じる。
「昨日の朝、家は出たんですね?」
「ちゃんと出たのよ。ねえ、トムくん、どうしよう。警察に──」
「僕が探してきます」
言って、僕はリューダさんの返事を待たずに電話を切って──慌てて制服に着替える。




