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「鏡よ、鏡よ、鏡さん。この世で一番美しいのは、誰?」
「少なくとも、お前じゃねえな」
鏡の横柄な受け答えに、客席からどっと笑い声があがる。
最前列で、やんやと囃したてるのは、一年二組の級友たち。体育祭の応援でさえ、これほどの熱量がこもっていたかどうか。気負うところのない環境が、きっと気軽な熱狂を生んでいる。
彼らだけではない。居並ぶ上級生たちも、自分たちは笑いにきたのだ、といった顔つきで、静かに演劇を鑑賞するというような雰囲気は一切ない。文化祭は、事前に知らされていた通り、やはりお祭り騒ぎである。
演劇と、それ以外の喧騒に包まれる中で、舞台袖に控えた高野美幸の視線が、僕のそれとからみあう。
犯人が誰なのか──結局、僕は部長に報告しなかった。ただ、もう二度と衣装が破られるようなことはないと、それだけを告げた。部長は頷くだけで、それ以上のことを問い質そうとはしなかった。年月の築きあげた無言の信頼が、ありがたかった。
女は怖い──いや、演技の達者な女は、と限定することが、せめてもの礼儀になるであろうか。
オードリーの冤罪を晴らすことはできなかった。今でも時折、彼女に対する陰口を耳にすることがある。でも、それはオードリー自身が望んだことなのだ。自らの悪名など、これ以上増えたところで、どうということはない──僕には想像もつかないけれど、オードリーには高野美幸をかばう理由があったのであろう、と思う。
弁解もせず、汚名にあまんずる、誇り高きアマゾネス──彼女は、女とは思えぬ大股で間合いを詰めると、長い脚を僕の脇に叩きつける。
「もう一度聞くわよ、このクソ鏡」
壁に叩きつけた脚が、まくれあがったドレスから艶かしくのぞく。
「この世で一番美しいのは、誰?」
灰緑色の瞳が、挑むように問いかける。癖のある赤毛からのぞく両眼は舞台の照明を浴びて妖しく輝き、さながら本物の魔女のように僕の心を捕えて離さない。
この世で一番美しい人。それは、もちろん──。
「鏡よ、鏡よ!」完/次話「フーテン・ガール」




