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「鏡よ、鏡よ、鏡さん。この世で一番美しいのは、誰?」
「少なくとも、お前じゃねえな」
大柄な妃の問いに、横柄に答える。間髪を入れぬ返答に、妃の顔が大きく歪む。彼女は、女とは思えぬ大股で間合いを詰めると、長い脚を僕の脇に叩きつける。
「もう一度聞くわよ、このクソ鏡」
壁に叩きつけた脚が、まくれあがったドレスから艶かしくのぞく。
「この世で一番美しいのは、誰?」
灰緑色の瞳が、挑むように問いかける。癖のある赤毛からのぞく両眼は舞台の照明を浴びて妖しく輝き、さながら本物の魔女のように、僕の心をとらえて離さない。眼前に迫った唇からもれるかすかな息づかい──彼女の呼気がやわらかく触れるたび、僕は目眩すら感じる。
「──カット!」
部長の声に我に返る。しまった、と慌てて次の台詞を探すが、もう遅い。呆けた僕の頭を軽く小突きながら、妃──オードリーが大げさに溜息をつく。
「台詞くらい覚えてろよな」
「ごめん」
台詞を覚えていないわけではなかったのであるが、口ごもった理由を説明するのも気恥ずかしくて──素直に謝り、部長に向けて、もう一度、と合図を送る。
「よし、じゃあ今のところ、もう一回な。時間がかぎられてるんだから、集中してやるぞ!」
おう、と運動部のような声をあげて──演劇部の朝練が再開される。
朝の間、それも一週間だけ、という約束で運動部からもぎとった体育館の使用権。無駄にするわけにはいかなかった。軽く頬を張って、緩んだ気を引き締め直す。
「あたしも気合い入れてやろうか?」
言って、オードリーが右手をひらひらと躍らせる。冗談ではない。並外れた長身と大きな手、そこから繰り出される平手打ちを想像するだけで、背筋が寒くなる。もう一度、先ほどよりも心持ち強めに自らの頬を張って、彼女に曖昧な笑顔を返す。
「よし!」
満足そうに笑って、オードリーが踵を返す。彼女の歩みにあわせて、次第に空気が張り詰めていく。舞台の中心、まるで主役のように尊大に──彼女は、おもむろに僕に向き直り、朗々と台詞を紡ぎ出す。
「鏡よ、鏡よ──」