ヨハン
滅多に売らない薬をずっと買い求めている御仁がいる。
森番のアジがヨハンに相談を持ち掛けた。
「イエローフォレストにある施薬院から注文が来るのだが……。高価だし滅多に売れないから在庫も少ない。長く服用すると深刻な副作用があると伝えては有る筈なのだが」
ヨハンは尋ねた。
「何の薬だ?」
「女性の薬だ。月のものを止める薬」
アジが言ってヨハンは首を傾げた。
「……何でそんな薬があるのだ? それを必要とする人がいるのか?」
「いるのだろうな」
「月のものを止めて何かいい事があるのか?」
「例えば旅行に行くとか、結婚式とか何か大きなイベントが有るとか、後は妊娠したと相手の男に思わせて金を分捕るとか」
「妊娠か……」
そう言えばリエッサ王妃は身重の体でわざわざブラックフォレスト王国までやって来たとダンテ王が言っていた。
「まさかな」
そう思って首を振る。
「高価なのに惜しげも無く金を出す」
アジが言った。
「ふうん……。それじゃあ貴族だな。もうどれ位買っているんだ?」
「半年位かな」
「ちょっと危ない話だな。いいよ。その業者を教えてくれ。俺が薬を届ける。そしてどんなお方がそれを買っているのか調べて来るよ。それで、もう一度副作用について話をして来る」
ヨハンは言った。
そしてここはイエローフォレストの件の施薬院。
ヨハンは薬を届けた。そして薬師に言った。
「これをどこに届けているのか教えてくれないだろうか。これは長く使っていると皮膚がただれて酷い湿疹が出来る事があるんだ。だからこれ以上は使わない様にして欲しいんだ」
そう言ったヨハンに薬師は面倒臭そうに言った。
「誰が使っているか分からない。毎回町医者が取りに来るんだ。貴族の女性に需要があると言って。患者の名前は教えてくれないよ。複数人いるのかも知れない。
自分の事は秘密にして欲しいと言われている。それに副作用の話など最初からしてある。湿疹の事など何も言っていないから大丈夫なんじゃ無いか?」
「この薬を常用していると、それを止めた時に湿疹が出来るのだ」
ヨハンは言った。
「そうなのか? だが、教えられない。秘密だから」
「成程。口留め料も込みという訳か。一体いくらで売っているんだ?」
「……さあな」
男はにやりと笑った。
「そうか。それならいいが。だが、もう在庫が無い。だからお宅にも売る事は出来ない」
「何だって? おい。それは困るんだ。何とかしてくれ」
薬師は慌てて言った。
「無いものは無い」
ヨハンはそう言って施薬院を出た。
「おい。何とかしてくれ」
男は追い掛けて来た。
「俺に協力すれば、森番の長に声を掛けてやってもいいぜ?」
ヨハンは追いすがる男にそう言った。
施薬院を出たその足でヨハンはボンド商店に向かった。ジェームズ達、ボンド商店の仲間と協力して薬を買っている貴族を突き止めようと考えていた。
◇◇◇◇◇◇
その医者はいつも月末にやって来る。
施薬院の薬師は言った。
暫く施薬院に臨時の職員として入り込んだ。薬の知識は豊富である。(製造元だから)
一人の男がやって来た。男は「いつもの薬を」と言ってヨハンの持って来た薬を持ち帰った。
男は店を出ると馬車に乗り込んだ。ヨハンはジェームズに用意させて置いた馬車に乗り込んだ。
馬車は大きな屋敷の前に止まった。男は門番に声を掛けるとそのまま中に入って行った。
二人は道向こうに停めた馬車の中からそれを見る。
「何と! ここはハアロ大将軍の屋敷では無いか!?」
ジェームズが言った。
「マジか?」
ヨハンは驚いた。
暫くするとさっきの男が出て来た。空手である。男は待たせていた馬車に乗り込むと去って行った。
「薬は屋敷の中にある。俺達はあの医者を締め上げて誰に薬を渡したか聞き出だす。誰かここに残ってこの屋敷への来客を見ていてくれ」
ヨハンがそう言うと仲間の一人が馬車を降りた。
馭者は馬車を走らせた。