深い森
森は昼間でも薄暗かった。
「不気味な森だな」
シンジノアが言った。シンジノアの兵はガジールを始め精鋭がついて来ている。シャルルの兵は2人だけだ。総勢15人程度である。
「しかし、道があるから助かる。道が無かったらこの森で迷ってしまうだろう」
シャルルは言った。
シンジノアとシャルルはずっと一緒だったから色々な事を話して来た。
シンシノアはシャルルの人柄に感心した。ジィド伯の息子もジィド伯と同じかと思っていたが、そうでは無い事を知った。
「しかし、どうしてリエッサ王妃は物忘れの病気になどなってしまったのでしょう」
シャルルは言った。
「さあ?」
シンジノアは返した。
魔女などと言っても誰も信用しない。却ってこちらの頭を疑われる。だったら健忘症で退位に追い込んだ方がいい。ジョージはそう言った。だからルシールが魔女などとは誰にも言わない。
ふと物音がした。
「しっ」
シンシノアは立ち止まった。
辺りを見渡す。
誰もが身構える。
鹿が逃げて行った。
ガジールは馬から降りると地面に耳を付けた。
ばらばらと走る馬音が聞こえた。
「蛮族かも知れない。北から来る」
彼は言った。
遠くで角笛の音がした。
誰もが青くなって顔を見合わせた。
ガジールが言った。
「我らがここで食い止めます。隊長、先を急いでください!」
シンジノアは閃いた。馬から降りると腕の黄金のブレスレットを急いで解く。
「早くこれを結ぶんだ!」
皆が馬から降りて細い髪を慌てて結び合わせた。
「た、隊長、こ、こんな細い髪の毛で何を」
「だったら切って見ろ。お前の手が切れる。いいから、さっさとやれ!」
長くつないだ髪をこちらの木と向こう側の木に結ぶ。首に巻いたスカーフを取ると目印の木の枝に結び付けた。
ビュンと矢が飛んで来た。
「いいか。ここから向こうへは決して行くな。体が真っ二つだ」
シンジノアは叫んだ。
「誰も死ぬな! 向こうで会おう!」
そう言うと走り去った。
ビュンビュンと矢が飛んで来る。
「馬を逃がせ。木の陰に隠れるんだ」
ガジールは叫んだ。誰もが木の陰に隠れた。馬だけが走り去って行く。
次々と矢が飛んで来る。ビン!と隠れている幹に刺さる。
蛮族の一群。先頭で走って来た馬の体が張ったアンジェ・リリカちゃんの髪に触れた。
馬の首がすぱっと切れた。乗っていた男の胴も切れた。
どうと馬が倒れる。次から次にやって馬が犠牲になった。弓を番え男がそのまま地面に放り出され、首が切れた。辺りは血飛沫が散り、悲鳴といななきと叫び声で騒然とした。
辺りには体を分断された人と馬が苦しそうに呻いている。
ガジールは自分の見ているものが信じられなかった。
「げええぇ!」
止めて欲しい。
まるでホラー映画のスプラッタそのものだ。
スプラッタ過ぎる。
前方で何かトラブルが起きたと知った数騎が道を逸れた。
「行かせるな!必ず仕留めろ!」
ガジールはそう叫ぶと剣を振りかざして走り出した。
川横の道を下流に向かって走る。その後ろから異様な風体の数騎が追い掛ける。
頭に動物の角を飾り、その顔には刺青があった。
彼等は木の間を風の様に走り抜ける。彼らに道など必要は無かった。
どんどん差が縮まる。
殿が馬を返して彼等に立ち向かう。
断末魔の声が聞こえる。
既に前を走るのはシャルルとシンジノアだけだ。
「アクレナイト侯! まだ来る!」
シャルルが叫んだ。
後に3騎。
目の前に橋が見えた。
これがきっと古い橋だ。
「シャルル殿!ここを渡るんだ!」
「駄目だ。あなたも一緒だ」
「すぐに後から行く。この橋は一人なら渡れる。先に行くんだ。早く行け! 言い争っている暇は無い!」
シャルルはシンシノアの目を見てがくがくと頷いた。
急いで馬から降りると蔓橋を渡り始めた。小走りで渡る。
それを確認するとシンジノアは馬を返した。
すらりと剣を抜く。
蛮族が弓を射る。それを薙ぎ払う。
「この野郎!」と怒鳴るシンジノアの声が聞こえた。
遠く下はごうごうと音を立てて流れる急流だ。雨が降った所為か水量が多い。シャルルはそれを見ない様にして走る。突然足が板を踏みぬいた。慌てて蔓にしがみ付く。体が腰まで落ちた。頭が真っ白になる。はあはあと荒い気を吐いて必死で体を引き起こす。グラグラと揺れる橋を後も見ないで必死で渡った。
漸く橋を渡り終えた。
「アクレナイト侯!」
そう叫んで後ろを振り返った。
だが、そこにはシンジノアの姿も蛮族の姿も無かった。
「アクレナイト侯!」
シャルルの叫びはどうどうと流れる川に飲み込まれて行った。
アンジェ・リリカちゃんの髪で切られる場面はグロすぎですね。
済みません。すっ飛ばしてください。
しかし、ヒトよりも馬の方に胸が痛むのは何故でしょうか?




