レノン湖 1
レノン湖の湖面に小さな船が浮かんでいた。船は滑る様に湖を渡る。
「奥様。もう少しで村に辿り着きます」
櫂を漕ぐ船頭が言った。
「そう。有難う」
頭からすっぽりとフードを被った女は村を眺めた。
空は夕焼けである。
「この季節はベストシーズンですからね。レノン湖も。美しく色付いた紅葉の綺麗な事。
沢山の観光客が見えます。こんな不便な所なのに」
「そうね」
船頭はさっきから女に話し掛けるが、女は大して話にも乗って来ない。
女は身分の高い貴族の侍女だと言った。ここに卵を求めに来たのだと。
「陸路よりも船の方が速いですよ。どの家にも船があります。それに俺達みたいな舟渡もいますしね。馬車で途中まで来て後は船に乗るのがベストチョイスです」
「……」
「ここの卵はそりゃあ滋養がありますからね。しかし、もう夕方じゃ、卵も終わりですよ。今日はこちらにお泊りですか?」
「そうね」
女は言った。
船着き場に到着すると女は船頭に金を渡した。
「毎度アリ」
船頭はそう言うと頭を下げた。
立ち去ろうとした女に「あの、奥様。宜しかったら明日の朝にでもお迎えに参りますか?」
と尋ねた。
女は暫し考える。
「そうね。では朝一番でここに」
フードを被った顔の口だけがそう言った。
女は夕刻の村を歩いて行く。
途中で荷物を背負った行商の女に出会った。
「ここいらに貴族の方が別荘として買い上げた農家は有るかしら? 私はその家にご主人様から用を謂い遣ったのだけれど」
行商の女はじろじろと見慣れぬ女を見た。
「その売れ残った卵を全部買うわ」
女はそう言った。
行商の女は目を見張った。
卵は全部で10個あった。それを持って来た籠に入れる。
「釣りはいいわ」
女は言った。
行商の女は満面の笑顔だった。
彼女は村はずれの小さな農家を指差して言った。
「どこかの貴族の奥様が農家ごと買い上げたんだ。農家の家族も買い上げた。家族と言っても婆さんと爺さんと嫁き遅れた娘だけだがな。運のいい事だよ。今にも死にそうな老婆の面倒を見るだけで月に10ビルドも貰えるらしい。時々奥様が馬でいらっしゃってその婆さんと話をしているってさ」
「ふうん。どうも有難う」
「こっちこそ。お嬢さん」
行商の女はお世辞を言った。
その言葉に女は微笑んだ。微かに笑った口元だけが見えた。
女はその家のドアをノックした。
「誰か来たぞ」
「誰だ?こんな夕飯時に」
家の主人が出て来た。
ドアの外にはフードを被った女がいた。
「ミア様から命じられて参りました。ここはミア様の別荘で宜しかったでしょうか?」
女はそう言った。




