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ノニ子爵

その頃シンジノアとシャルルはノニ子爵の屋敷を訪れていた。


シャルルの持って来たジェド伯からの手紙を読んだノニ子爵は暫し瞑目した。

ノニ子爵には右手が無かった。


彼はシンジノアに言った。

「ルイス殿は無くなられたと聞いていた。……生きておられたのだな」

「はい」

「それは本当に良かった。神が守ってくださったのじゃのう」

そう言って微笑んだ。そしてシャルルに視線を移す。

「シャルル殿。ご立派になられたのう。以前お会いした時はまだお小さかったのに。

……御父上のご意向は承った。むかっ腹は立つが仕方あるまい。サンドラ王女を解放いたそう」

そう言った。


「御父上! それは駄目です」

そう言ったのはノニ子爵の息子のアンソニーだった。

「リエッサ王妃からの直接のお許しも無いのに……、勝手に解放したと言って我等は王妃に攻められ殺されてしまうやも知れません」

アンソニーは青い顔をして言った。


シンシノアは微笑んで言った。

「それは大丈夫です。アンソニー殿。リエッサ王妃は酷い物忘れの病気なのです。それこそ重臣達の名前さえも覚えていないらしい。ノニ子爵にサンドラ王女を預けた事すら忘れていますよ」

「そんな馬鹿な!」

「いえ、本当です。兄が言っていましたが、リエッサ王妃は兄が渡した婚約指輪がどれだったかも忘れてしまったそうです。兄も驚いていました」

「マジか……?」

「マジです」


「リエッサ王妃は兄との婚約を破棄しました。兄の顔には酷い傷があるからです。そんな醜い顔の男と結婚をしたくは無いと言ったそうです。兄は生死の境をさ迷って必死の思いで帰って来たと言うのに……私は兄が憐れで仕方ありません」

シンジノアは目を伏せた。


「兄と結婚を望む女性ならだれでも自由に結婚をして宜しいという許可書をリエッサ王妃は出しました。兄がレンドル侯よりサンドラ王女との結婚の許可を頂いてここに参った時にはそれをお見せいたします」

アンソニーは疑り深い目でシンジノアを見る。

「アクレナイト侯、そんな事を言って我々を騙すお積りでは?」


シンジノアとシャルルは顔を見合わせる。

ノニ子爵はそんな息子に言った。


「儂はジィド伯には借りがある。命を助けて頂いた。ジィド伯は死ぬ間際にそれを返してくれと儂に願ったのだ。手紙にはそうある。儂の最後のお願いだと。

どうして聞かぬ理由がある? 

儂は若い頃、危うくA伯爵に殺される所だったのをジィド伯が取りなしてくれたのだ。ジィド伯のお持ちだったウルティムス鋼60%の剣と引き換えに」


「儂は裁判に掛けられた。A伯爵は儂の命を取る代わりに、その剣で儂の右手を切断した。試し切りだと言って。だが、儂は右手だけで済んだのだ」


「いいか? とんでもなく高価な剣だ。武人なら垂涎の代物だ。ジィド伯はA伯爵にそれをあっさりと渡したのだ」

「それは父上がA伯爵の妻に手を出したのが悪いのでしょう!」

「うむ。それはそうだ。だが、逢引の現場を取り押さえられた儂には逃れようが無かった。それに向こうは格上の伯爵様だ。裁判では儂が圧倒的に不利だった。儂は死罪、女は鞭打ち100回になる所じゃった……それが右手だけで許されたのじゃ。全てはジィド伯のお陰じゃ」


アンソニーはちっと舌打ちをする。

「そのA伯爵の妻も浮気な女だ。夫がありながら。だらしのない女だ!!」

「言ってはおらなかったが、何を隠そうその女がお前の母親じゃ」

「な、何と!!」

アンソニーはがたりと立ち上がった。

「儂は右手を失ったが愛しい女を妻に貰い受ける事が出来た」

ノニ子爵はそう言って笑った。



「儂とジェド伯は学校時代からの付き合いじゃ。あの時、ジィド伯は悪友のお前が死んでしまったら儂は寂しくてならぬと言ってくれた……。懐かしいのう。あの悪ガキだった日々が……」


「リエッサ王妃がサンドラ王女を儂に預けると決めたのは婚約者であるルイス殿にそう進言されたからじゃと聞いておる。儂とレンドル侯の仲が悪いから、レンドルの利になる事はせぬと踏んだとな。確かに儂とレンドルは仲が悪い。何故ならA伯爵に儂とお前の母親の事を告げ口したのがレンドルだからじゃ! あのチクリ野郎め! 不倫は許せぬなどと言いおった!! 頭でっかちの堅物野郎め! あいつは学校時代、儂に好きな女を取られたのをずっと根に持っているんじゃ!! 儂の方がモテたから、それを僻んでおったのじゃ!!」

ノニ子爵は左手の拳を握り締めた。

「……そんな理由……。知らなかった……」

アンソニーは茫然とした。


「レンドルは毎年儂にサンドラ王女の生活費やらを支払う。

 儂はそれが何よりも楽しみじゃった。あの偉そうな侯爵殿が子爵の儂に頭を下げて「どうかよろしくお願いします」と言って金を献上するのじゃ。盆暮の付け届けも欠かさぬわ。ふふふ。この爽快感は何にも代え難い。だが、他でもないジィド伯の願いでは仕方あるまい」


「ルイス殿は一度ここへサンドラ王女を見舞いに来られた。その時に『ノニ子爵の事を常々父より聞いておりました』と言った。『型破りだが信頼に値する人物だと父は申しておりました。だから私はあなたにサンドラ王女をお願いしたいと思います』とも言ってくれた。

……古くから続くイエローフォレスト王国随一の貴族であるアクレナイトがこんな小さな領地に暮らす子爵である儂をそう言ってくれたのじゃ。そして格下の儂にルイス殿は頭を下げてくれた。次期国王になられるお方がじゃ。儂は感激したよ。儂をちゃんと評価してくださる方がおるのだと思うと嬉しくて仕方が無かった」


ノニ子爵はシャルルを見た。

「シャルル殿。そなたの父上はろくでも無い男だった。それを儂は知っておる。何故なら儂もろくでも無い男だからじゃ。だが、ジィド伯が死ぬ時には立派な聖人として国中の者達から尊敬を受けた。中身はいずれにしろ、大義を成した男なのだ。それをシャルル殿は助けたのじゃ」

「儂はジェド伯が羨ましいぞ。儂も出来る事ならそんな風に民に慕われたいものよ。……ジィド伯ともう一度酒を飲みたかったなあ……」


「有難う御座います。ノニ子爵。そのお言葉、父も嬉しく思っておる事でしょう」

シャルルは涙を拭きながらでノニ子爵を見た。

シンジノアは「有難う御座います。決してノニ子爵殿にはご迷惑が掛かりませぬようにアクレナイトが全責任を持ちます」と頭を下げた。


アンソニーはまだ釈然としない顔で三人を見ていた。



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