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フロレス武官

フロレス武官は憂鬱な気分で舟に乗り込んだ。

ジィド伯の事件は予想通り嫌な余韻を国全体に残した。

イエローフォレストのあちらこちらで民衆による不穏な動きが見られる。



イエローフォレスト王国で全ゼノン教神殿連合はこの度の事件に対する神殿側の態度を明らかにするために80年振りの大会議を開く積りらしい。

前回はブラックフォレスト王国へ進軍しダッカの森を焼いたチャンドラルに対する神殿の見解を王に突き付けた。それは『否』であった。

当然と言ったら当然の事である。

神々の住処、ダッカの森を焼いたのだから。


神殿連合の判断が出る前に宰相はガロン・ド・チャンドラルとその妻を殺した。チャンドラル一族は次々と亡くなり滅亡した。


今回の判断も王家にとって有難いものでは無いだろうとフロレス武官は考えた。

多くの信者や神官を殺した事への怒りと困惑がイエローフォレスト王国の宗教界を包んでいる。

ジィド伯は国を救おうとした聖人に祭り上げられた。ジェド伯の似せ絵は飛ぶように売れた。印刷屋は毎日徹夜仕事らしい。

ジィド伯の城は聖地と化し、カーラ山脈は信仰の対象となりつつある。



それなのに、今度はブラックフォレスト王国へ金を持って来いと言いに行かねばならぬ。

そしてそれを蹴ったら海軍をけしかけると言うのだ。

大体、結婚式は無くなったのだから、400万ビルドを受け取る理由がない。それよりも100万ビルドを返さなくてはならないのだ。

それなのに頑として献上しろと言い張る。

馬鹿馬鹿しくてやっていられない。


それに軍を派遣など宰相や重臣達と話し合って決めた訳では無い。リエッサ王妃が勝手に言っているだけなのだ。

最近は物忘れの病も重臣達に知られ、相手にされなくなりつつある。

早く退位して欲しい。



しかし王妃が言えばハアロ大将軍が動くかも知れない。

陸軍が動けば、海軍も動かざるを得ない、かも知れない。


まだジィド伯の傷跡が生々しいのに、この後戦争をする積りなのかと思うとつくづくあの王妃が嫌になった。



ルイス・アクレナイト。

恐ろしい顔を思い出した。

しかし、あの方が王になってくださればイエローフォレストも変わるだろうという予感があった。それなのに、あんなに必死になって帰ってきた気の毒な婚約者に王妃は婚約破棄を言い渡したのだ。フロレス武官はそれを思うとルイスが気の毒でならなかった。涙が出そうである。あんな立派な騎士はイエローフォレスト中を探してもいないと感じた。


いっその事王宮を辞めてアクレナイトへ奉公したいと思った。

この仕事が終わったら武官を辞めるとリエッサ王妃に申し出ようかしらと考えた。



小舟はインディグランド川を横切りブラックフォレスト王国へ近付く。

と、船着き場の辺りに大きな船が見えた。

フロレス武官は驚いた。

船にはブルーナーガ海上国家の旗とオルカ国の旗が翻っていた。

フロレス武官は思わず立ち上がり、船がぐらりと揺れた。

「馬鹿野郎!何をやっているんだ」

舟渡しに怒鳴られた。

フロレス武官はそれに対して「無礼者!」と怒る気力さえ無かった。



「何故、オルカ国の船が……?」

暫く来なかったうちに船着き場がすごい港に変貌していた。木造の防流枠が延々と並んでいる。沢山の船が停留できる様に港は続いていた。

「これは一体……?」

フロレス武官は茫然としたまま船着き場に降り立った。



舟渡が言った。

「サツキナ王女がブルーナーガオルカ国の宰相の息子殿と結婚するらしい。いや、それは物凄い宝物が運び込まれたらしいよ。見ていた舟渡が言っていた。流石オルカ国。ブルーナーガの盟主だからな」

フロレス武官は更に驚いた。

「サツキナ姫がオルカ国と?」

「そうだ」

「……」


舟渡が去ってもフロレスは茫然と船を見ていた。

ブラックフォレスト王国の衛兵が寄って来た。


「イエローフォレスト王国のフロレス武官とお見受けする。この度は何用で我が国へ?」

「リエッサ王妃からの使いで」

「それはご苦労様です。ではこちらへどうぞ」


歩きながら話をした。

「サツキナ姫がオルカ国の宰相殿の息子殿とご婚約とか」

「そうです。シンジノア・シャーク殿とこの度目出度くご婚約が相成りました」

「シンジノア!?」

フロレス武官は思わず立ち止った。

「まさか……?同じ名前?」



◇◇◇◇



「何? 残りの400万ビルドを運んで来て献上しろと? スズメバチはそう言ったのか?」

フロレス武官は顔を伏せたまま「はい」と答えた。

顔を上げられなかった。


「ふん。それよりも其方の国では結婚式はどうなったのだ?」

「あの、結婚式は無くなりまして……」

「嘘つき王妃の偽妊娠がばれたせいじゃな」

ダンテ王はそう言った。

フロレス武官は驚いた。

何でそんな事を知っているのだ?


「いえ、リエッサ王妃は流産をされてしまい……」

フロレス武官はごにょごにょと言った。

「たわけが。嘘妊娠の話はここまで届いておるわ。道理で身重なのにひょいひょいと身軽に動くと思ったよ。あのスズメバチめ。我らを騙しおって。騙されたアクレナイトが気の毒じゃ。

結婚式の為の徴税と言っておった。式が無ければ払う謂われは無い。フロレス武官。其方にはその程度の事も分からぬのか? 呆れた脳みそよ。其方の国こそ100万ビルドを返せ!!」

ダンテ王は大喝した。

フロレス武官は返す言葉が無かった。


「それに我が王女を拉致してジィド伯へ妾として献上しようとしたのだと?」

ダンテ王の言葉にフロレス武官は愕然とした。

思わず顔を上げた。


フロレス武官は有能な近衛兵であったのでジィド伯の本性を知っていた。だが、そのジィド伯にまさかサツキナ姫を賄賂で送るなど、そんな密約は勿論知らなかった。


 「隣国ブラックフォレスト王国の王女を騙して」。

 ジィド伯はそこで絶命した。

 その先は誰も分からなかった。


「そ、そ、そんな事が?」

フロレス武官は信じられなかった。

「まさか!」

「嘘では無い。思い出しても腹立たしい。胸糞悪くて仕方が無い。おぬしの顔など見たくもないわい。のう、カラミス王子、モーレイ隊長、モモや」

「御意に御座いまする」

「きぃ」

二人と一匹は頭を下げた。

フロレス武官はごくりと唾を飲んだ。


謁見の間にはダンテ王を始め、サツキナ姫、ロキ、ロベルト、ヨハン、重臣達、そしてカラミス王子とモーレイ隊長、モモがいた。

皆難しい顔をしてフロレス武官を見ている。


「ダンテ王、こちらの方々は……?」

フロレス武官は燃える様な赤い髪と青い目をもつ異国の貴人と見慣れぬ軍服を身に着けた軍人とちっさいサルを見た。


「うむ。カラミス王子はレッドアイランド王国の第三皇子であらせられる。この度、我が国と友好条約を結ぶ事となった。それからモーレイ隊長はオルカ国第二海上隊長である。我がサツキナ王女がオルカ国のシャーク宰相殿の次男殿と婚約をしたのだ。モーレイ隊長はシャーク宰相が我が国の警護の為に寄越してくれたのじゃ。何しろ性質の悪い国がお隣さんじゃからのう」

二人は頷く。

フロレスは頭を下げる。



「そしてモモはレッドデザイアーのサラマンダー国特産のサルじゃ」

「きぃ!」

 サルは胸を張る。

「何と、サラマンダー国まで!!」

フロレスは驚いた。思わずサルを見詰める。

サルはそっぽを向いた。



「いやいや驚く所はそこじゃないじゃろ!」

ダンテは言った。

「サツキナ姫がオルカ国へ嫁ぐのじゃ。そこに驚け!」

フロレス武官は力なく笑って答えた。

「それを先程、舟渡に聞きしました。もうそこで驚いてしまったので……。サツキナ姫。

ご婚約おめでとう御座います」

「有難う。フロレス武官も大変ね。リエッサ王妃に無理難題を言い付けられて」

そのお言葉にフロレス武官は思わず涙が零れるかと思った。

このままブラックフォレスト王国へ亡命しようかしらとも思った。


「ちょっとお尋ね致したいのですが、お相手の方はシンジノア殿と?」

サツキナはびくりとした。思わずモーレイ隊長の顔を見た。モーレイ隊長もサツキナを見る。

「そうじゃ。シンジノア・シャーク殿じゃ」

ダンテがさらりと言った。



「あのう、それはイエローフォレストのシンジノア・アクレナイト侯とは……」

「何だって?!」

カラミス王子とヨハンは同時に叫んだ。

「関係は有りません!」

思わずサツキナは言った。


「何? シンジノア? アクレナイト侯の所に同名の者がおるのか?」

「はい。その方はアクレナイト侯の次男殿で」

「何だって?」

「ええっ?!」

 カラミスとヨハンはまた叫んだ。


「そんな事よりも伝言は終わったの?」

サツキナはフロレス武官を遮って言った。


フロレス武官は口を噤んだ。

この先の事は言いたくない。

汗をだらだらと流した。


面々を見渡す。四面楚歌とはこの事なり。項羽の気持ちがよく分かる思いだった。

それもここにはレッドアイランドもオルカ国も(サラマンダー国まで)いるのだ。

こんな後ろ盾が有ったら、幾らアクレナイトが強くてもこれは……。


フロレス武官は言った。

「ダンテ王。お気持ちはよく分かります。私はイエローフォレストの武官で御座いますが、この様な事をお伝えしなければならぬのが残念で御座います。しかし、主の言う事を伝えなくてはなりません。あのう、もしも金を持って来なければ……」

ごくりと唾を飲む。


「アクレナイト侯を、海軍をブラックフォレスト王国へ侵攻させるとリエッサ王妃は……」

「何ですって!!」

サツキナは思わず立ちあがった。


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