ジィド辺境伯 1
「父上。そろそろ出発致しましょう。今宵の宿であるサルドーレ教会までまだあります」
シャルルが声を掛ける。
ジィド辺境伯は「うむ」と言って「よいしょ」と立ち上がる。
すっかり老け込んでしまった父親を見てシャルルは「お気の毒に」と肩を落とした。かつての勢いはどこにも見られなかった。
幽閉されていた塔からジィド辺境伯をこっそりと連れ出したのは、一番大人しく役立たずと思われていたシャルルであった。
シャルルと数名の従者だけを連れてジィド辺境伯は命からがら城を逃げて来た。息子達に捕えられたら二度と塔から出られないかも知れないと思った。
とことこと馬を進めると、近隣の村からやって来た農民が道端で待っている。彼等は食料や飲み物を差し出し「ジィド辺境伯様へ」と言った。
「ジィド辺境伯様はリエッサ王妃に我々の苦境をお伝えにいらっしゃるのでしょうか?」
農民達がおずおずと尋ねる。
「うむ。……まあ……」
ジィド辺境伯は曖昧に答える。
本当は王都に逃げてリエッサ王妃に泣き付き、兵を出してもらって息子達を城から追い払おうと考えていたのである。ところが何を勘違いしたか、ジィド辺境伯はリエッサ王妃の贅沢を戒めるために王都に向かっているとか、平民の苦境を訴えるために向かっているとか、そんな話が出回り、こうやって行く先々で村人やゼノン教会の人々がやって来る。
「今宵の宿は是非うちの教会へ」などとわざわざ出迎えてくれたりする。
ジィド辺境伯はその度立派なゼノン教信者を装い、謙虚な態度で対応した。また、声高にリエッサ王妃の悪政を非難した。今思えばそれが不味かったのかも知れない。
その内、ゼノン教信者がジィド辺境伯に付き添い始めた。行く先々で人が人を呼びどんどん行列が長くなって行く。それはまるで巡礼の様だった。
その先頭を歩くジィド辺境伯と息子のシャルル。
従者はどんどん増えて行く。通りかかる町や村からリエッサ王妃の支配に不満をもつ村人や傭兵なども加わって行く。その内、旗をどこからか持ち寄って来る者もいて、ジィド辺境伯の一行は訳の分からぬ旗があちらこちらではためく何とも異様な集団と化していた。
ジィド辺境伯は無理やりゼノン教神官の格好をさせられ一行の信心を集めていた。
彼は出来る事ならここから逃げ帰って城に戻り、塔に閉じこもりたかった。
「父上。流石にこれは不味いのでは有りませんか?」
シャルルは青い顔をして言う。
「まるで王都に強訴に向かう百姓一揆の様な……いや、ゼノン教一揆の様な」
「しかし、今更どうやって連れ従う者達を解散させればいいのか……下手な事を言うと信徒達が騙されたと思って暴動を起こし、我等は殺されてしまうやも知れぬ」
「しかし、これではまるで謀反です」
「王都に着いたらリエッサ王妃に訳を話して、我らだけ城に匿って貰おう」
ジィド辺境伯とシャルルはそんな事をこそこそと話している。
「ジィド辺境伯はご領地をラミス殿にお譲りして、ご自分は出家なさるらしい」
「いや、王都に行ってリエッサ王妃の横暴をお叱りになるらしいぜ」
「王都にゼノン教の大寺院を建てるという噂だ」
「大勢の信徒や兵達がお供に加わっているらしい。是非俺もお連れして頂こうと考えているんだ。俺もジィド辺境伯のお役に立ちたい」
「お前もか? 実を言うと俺もなんだ」
行く先々の村や町ではそんな話が聞こえる。
ゼノン教会の神官や修道士、尼僧などが道々に花を撒いてジィド辺境伯を祝福する。そして彼等に手を振り、握手を求める。剣を携え一行に加わる修道士もいる。
ジィド辺境伯とシャルルは作り笑顔をしながらもきりきりと胃が痛くなる。
王都に近付くに連れ、道々に兵達が増えて来た。誰もが武装して一行を監視している。空気がぴりぴりと緊張しているのが感じられる。
「アクレナイトの兵だ」
ジィド辺境伯は青い顔で呟いた。




