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ルシール 5

ジェド伯の事件が終結した。

あの東門の前でほとんどの信徒は殺されてしまった。生き残った者達は投獄され、早々に縛り首になるという。


ところがイエローフォレスト王国最高権威のダレード神殿から来ていたエトルリア神官とミノス神官がそれに反対した。何故ならジィド伯の話を聞くという約束であったのに、ハアロ大将軍が独断で殺してしまったからだ。それにジィド伯に連れ従っていたゼノン教の神官達も多数犠牲になった。

その事に付いて彼等は酷く腹を立てていた。

「国民感情を考慮して連れ添った神官や民は殺さぬという約束だった」

彼等はそう言ってハアロに詰め寄った。

 生き残った者達を処刑したら、王家は全ゼノン教神殿を敵に回すと恫喝した。これにはさすがのハアロ大将軍も狼狽えた。リエッサ王妃はそんな父親の狼狽をどこ吹く風という顔で見ていた。

「ジィド伯対応の責任者はハアロ大将軍である。私は父上に全権を委ねておる。文句があるなら父上に言って欲しい」

などと嘯く。


エトルリア神官による説得でハアロ大将軍は生き残った者達を神官預かりとしたのであった。

エトルリア神官は皆に号令し、ジィド伯や彼と命運を共にした者達の亡き骸をサン・リエロの神殿墓地に埋葬させた。そして祈りを捧げた。


人々は鳴りを潜めた。だが、どこか険悪な空気がイエローフォレスト王国全体を取り巻いていた。



王宮では盛んにジィド伯の呪いについて噂話が囁かれた。

夜になるとジィド伯の恨みの声がどこからか聞こえるなどと言って女官達は怖がった。

ジィド伯の幽霊を見たなどという者もいた。

しかし、すでに魔女であるルシールに怖いものなど何も無かった。ジィド伯の幽霊などへのへの河童である。

事件が終わってすっきりした気分だった。


◇◇◇


ルシールは執務室の中でソファに寝転がり、しゃりしゃりとリンゴを齧っていた。自分の歯が小気味よい音を立てて何の苦も無く林檎を齧る。

それが嬉しかった。


こんな風に林檎を齧れるなんて若い体は何と素晴らしい事だろうと思った。年を取って歯が駄目になってからは林檎を食べるには摺り下ろしてもらうか汁を飲むかしか出来なかったと言うのに。

 ルシールはすっかり林檎を食べてしまうと立ち上がって伸びをした。


 部屋の机の中は点検した。

 執務室も机の中も点検した。


ルイスに不意打ちを喰らって慌ててしまった。あんな風にドレスや宝石を見ていないで、まず先に印章とか書類とか見て置くべきだったと反省した。

ルイスは自分に対して違和感を持っただろう。そう思うと上手く立ち回れなかった自分に対しても腹が立ったし、突然現れたあの男にも腹が立った。

 ルイスが自分の首を絞めた事にも、自分があの時酷い恐怖に襲われた事も無性に腹立たしく感じていた。


 折角シンジノアと結婚できると思ったのに……。ルシールは苛々とした。久し振りに男と交わるのなら是非シンジノアがいいと思ったのに。

「ええい!腹立たしい事この上ない!」

さっきまでのいい気分がルイスのせいで台無しだ。


 ルシールはふと不安になる。

あの時はルイスが怖くて、言われるが儘に慌てて書状を書いてしまったが、あの書状を書いて渡しても良かったのだろうか。

今更後悔しても遅いのだが……。しかし、誰もあの顔では結婚など……、まあ、盲人なら顔が見えないから結婚するかも知れないが……。

 そこまで考えてリエッサは「あっ!」と声を上げた。


仕舞った。サンドラ王女。彼女は盲人だった。



ルシールは慌ててサンドラ王女が幽閉されている筈の塔へ走った。窓の所に人影が見える。

「サンドラ王女を今夜にも始末せねば」

ルシールはたまたまそこを通り掛かった近衛兵に言って塔への出入り口のカギを持って来させた。

鍵でドアを開けて階段を駆け上がる。


ルシールはまた後悔した。

なぜもっと早くにサンドラ王女を確認しに行かなかったのか。自分の間抜けさが腹立たしくて仕方が無い。

サンドラ王女のいる部屋の前に立った。

息を整えてドアをノックする。

返事は無い。ドアに耳を付けてみる。何の音もしない。ドアをそっと押してみた。ドアは薄く開いた。

ルシールは違和感を持った。

「どうして施錠していないのだ?」

ドアを開けると窓際に女性が立って外を見ていた。

女性は突然入って来た者を見ようともしない。


「サンドラ王女であろうか?」

ルシールは尋ねた。

「……」

ルシールは女性に近寄った。

「サンドラ王女。無礼であろう」

そう言って肘を掴んだ。途端に肘がぼろりと取れた。

「ひっ」

ルシールは小さく悲鳴を上げた。

自分の手の中の白い腕を見る。それは漆喰で固めた作りものだった。

ルシールはサンドラ王女を見詰めた。

そこには埃を被ったドレスを身に着けた等身大の人形が虚ろな眼差しで外を眺めていた。

ルシールは茫然と立ち竦んだ。



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