王都の門 東
次の朝。
ジィド伯は自分に付き従う民に向かって話をした。
皆真剣なまなざしで騎乗のジィド伯を見る。
「今日はいよいよ王都へ入る。長い旅であったのう。ご苦労であった。これが最後の儂からの話になる。いいか。儂が伝える。其方らの不満も何もかも。だから儂を信用して村へ、故郷へ帰るのじゃ」
聴衆はしんとして誰も動かない。
「我等は最後までジィド伯と共に」
一人の神官がそう叫んで跪いた。人々は「ジィド伯と共に」「ゼノン信者の心意気をリエッサ王妃に見せてやりましょう」などと言いながら跪く。波が引く様に全員がそこに跪いた。
ジィド伯は感動した。あまりの感動で馬から落ちそうになった。
こんな風に人から慕われた事など無かった。いつも力任せだった。邪魔だと思ったら蹴り飛ばして進んで来た。蹴られた人間の痛みなど考えた事も無かった。人の気持ちなどどうでもよかった。
ジィド伯は涙が零れ落ちない様に空を仰いた。
「それでは皆の者参ろうか。リエッサ王妃に我らの要求を突き付けるのじゃ」
ジィド伯がそう言うと民衆は立ち上がって雄叫びを上げた。
ジィド伯は自分の隣にいる男に声を掛けた。
「さあ、シャルル。行くぞ」
「御意」
フードを被ったままの影武者は低い声でそう言った。
明るく晴れた空、ジィド伯は馬を進め乍ら遠く東を眺めた。
故郷のカーラ山脈は薄い影となって青空の向こうに小さく連なっていた。
◇◇◇
東の城壁の回りには沢山の兵達がいた。
その兵士の先頭にハアロ大将軍がいる。
ジィド伯は立ち止った。片手を上げて後ろの民衆に止まれと合図をする。
門の付近は兵士が二重にも三重にもなって立ち並んでいた。
ハアロ大将軍は馬を進める。
ジィド辺境伯も馬を進めた。
「ジィド辺境伯よ。待っていた。リエッサ王妃は中でお待ちだ」
ハアロは言った。
「ハアロ大将軍よ。お心遣い感謝申し上げる。我々はリエッサ王妃に陳情に参っただけの事。誰もが敬虔なゼノン信者である。そなたもゼノン教信者であろう。我等の話を聞いてくれればそれでよい」
ジィド伯は返した。
「相分かった。いいか。王妃の非になる事は言うでないぞ。約束じゃ」
ハアロは念を押した。
「分かっておる」
ジィド伯はふんと鼻で笑った。
お前はシャルルを殺そうとしたくせに……
そう思った。
ジィド伯を先頭に信徒達は門の中に進んで行った。
民衆の中から女が転げ出て来た。
「ジィド伯!! 入ってはいけません。罠です!」
その声にぎょっとしたジィド伯は立ち止まった。叫んだ女を兵が切り捨てた。
「ハアロ大将軍。貴様。騙したな!」
「ええい!! クソ。忌々しい女め!! 中の兵を呼べ!」
ハアロ大将軍が叫んだ。
門の中から弓を番えた兵がばらばらと出て来た。
「ハアロ大将軍。何をやっている!」
東門でジィド伯を見ていたジョージ・アクレナイトが走り寄る。
思わずハアロの胸倉を掴む。
「話が違う!リエッサ王妃はジィド伯の話を聞くという約束だった!」
「ええい! 煩い!」
ハアロ大将軍はジョージを突き飛ばした。
「貴様。ジィド伯を庇うのか? 貴様も王家に対する反逆で領地召し上げになるぞ」
「信徒達は殺さぬ約束だ! 重臣や神官達とそう決めた! 」
「黙れ!煩い! ジィド伯対応の責任者はこの儂じゃ! 余計な口出しは無用じゃ!」
ハアロは怒鳴った。
聖騎士達、神官達がジィド伯に走り寄り彼を守る。
「儂はリエッサ王妃の悪行を知っておる! 皆の者! 聞け! リエッサ王妃は隣国ブラックフォレスト王国の姫を騙して」
民衆がざわりとどよめいた。
「ええい! ジィド伯を射よ!!」
ハアロ大将軍が叫ぶと兵達が一斉に矢を放った。
ジィド伯は何本もの矢に貫かれどうと馬から落ちた。
「ジィド伯!!」
「ジィド大神官!!」
民衆から悲鳴が上がる。うわぁという雄たけびと共に長い間ジィド伯に連れ添って来た民衆が兵に襲い掛かる。馬のいななきが聞こえる。怒号が飛び交う。剣がぶつかり合い跳ね返す音が響く。辺りは騒然として血飛沫が散った。
「馬鹿野郎! 民を殺すな。おい! ハアロ大将軍! 貴様! 陸軍を止めろ!」
ジョージは叫んだ。
◇◇◇
王都への道を急ぐルードとカランは道の向こうからやって来た騎馬の兵士と出会った。
後、1日で王都へ辿り着くという所だった。
兵士はジィド伯と一緒に行った家来だった。
彼は黒いマントの下にゼノン神官の服装をしていた。
「ルード様!!」
驚いた様に叫んだ。
「お前は、親父と一緒に行った……」
ルードは言った。
「何でこんな所にいる? 逃げて来たのか? おい。親父はどうした?」
「我等はシャルル殿の代わりに囮として教会から出て来たので御座います。追い掛けて来たハアロの兵に襲われ戦闘になりましたが、私だけが何とか逃げおおせて来ました。……くっ……。仲間は全て殺されてしまいました」
「何だって?!」
「もしも運よく追手より逃れられたら、そのまま国へ帰って我が言葉を伝えよとご領主様は仰いました。それで私は後も見ず逃げて参ったので御座います」
「親父殿は死んだのか?」
「私が最後にお会いしたのは昨晩で御座います。今朝方、ジィド伯は民衆を引き連れて東門から入る予定で御座いましたから、もう既に……」
カランは目の前が真っ暗になった。
「そ、それでシャルル兄はどうされた?まさか父上とご一緒に……」
青い顔をして聞いた。
「いえ、シャルル様はルイス・アクレナイト侯と一緒にお館様からの手紙を持ってノニ子爵の元へ。私達のすぐ後にご出立された筈です」
カランは大きく息を吐いた。
「ノニ子爵? 親父の悪友では無いか。何故、ノニ子爵?」
ルードは言った。
「アクレナイトが手紙を持ってジェド伯様に」
「それよりも何故、ルイス・アクレナイトが? そいつはリエッサの婚約者だろう?」
「いえ。婚約は破棄されたそうで御座います」
「どうして?」
「さあ。それは分かりませんが、リエッサ王妃は偽妊娠を装っておったとの事」
「偽妊娠!? はあ? なんだ? それは」
騎士は言った。
「そんな事よりも、ルード様。御父上からのお言葉です。決して王都へ来るなと仰っておられました。領地を堅固にして陸軍に備えろと。リエッサ王妃は謀反の疑いを掛けて兵を送るかも知れないと」
その言葉にルードは青くなった。
「かー!! 何て事だ! あの馬鹿親父の所為でそんな事に。一体どうしてくれる!」
その言葉に騎士はむっとする。
「ルード様。お言葉で御座いますがご領主様はそれはご立派なゼノン信者で行く先々の民に慕われて」
「リエッサはカーラ山脈の発掘権を取り上げるかも知れん。そうしたら我々はただの坑夫と同じだ! くー!!どうしてくれる!!」
騒ぐルードを尻目に兵士は冷静に言った。
「ルード様。もうひとつ御座います。もしもアクレナイト侯から何か申し出があったなら、どんな申し出であったとしても必ず受ける様にとの事で御座います。理由はシャルル様が領地へご帰還された時にお聞きしろという事でした。必ずだと念を押して伝えろと我らに」
ルードはぽかんと口を開けた。
カランも言葉が出なかった。
「同じ事をラミス様にもお伝え致しなくてはなりませんので、では私はお先に」
そう言って兵士はとっとと行ってしまった。
「兄上、早く戻ってラミス兄上と相談しなくては」
「そ、そうだ。まずは帰ろう!」
ルードは慌てて馬を返す。
一行は今来た道を領地に向かって急いで帰って行った。




