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ジィド辺境伯 2

神殿の門は固く閉ざされていた。

幾ら門を叩いても開く気配は無かった。


人々が神殿を取り巻いて騒ぎ始めた頃、横手の扉が開いて一人の神官が出て来た。

「我等はゼノン教の信者である。一夜の宿を借りたい」

ジィド伯は言った。

神官はしどろもどろになって返した。

「リエッサ王妃に貸してはならぬと命令されております。貸したなら、この神殿を取り潰すと脅かされております」

「むう……何と卑怯な」

シャルルは憤る。

「申し訳が御座いません」

神官は深く頭を下げる。

「我等は明日死ぬやも知れぬ。その前に一夜の宿をと言っておるだけだ」

ジィド伯は繰り返す。

「くっ……。同じゼノン教の神官なのに……。ジィド辺境伯。申し訳が御座いません」

神官は這いつくばる。


「ハアロ大将軍を呼んで参れ。丁重にな」

ジィド伯は後ろに控えた神官にそう告げた。


「ジィド辺境伯。何だ」

ハアロ大将軍が数名の供を引き連れて馬に乗ってやって来た。

「其方の娘殿がゼノン神殿を脅かしておる。我らを入れたらここを取り潰すと。知っておられたか?ハアロ大将軍」

「そんな事は知らん」

「門を開ける様に言ってくれ」

「王妃が決めた事だ」

「ほう。……そうか。ではここで儂がリエッサ王妃の妊娠は嘘だったと大声で告げても良いのだな?」

「な、何だと?」

ハアロは目を剥く。

「腹に詰め物をしていたと。民はどう思うだろうか? 笑い者になるのは誰だ?」

「くっ……ええい!業腹な!」

ハアロ大将軍は大声で怒鳴った。

「門を開けい。今宵はここで休ませろ!」

「でも、リエッサ王妃が」

神官は狼狽えながら返す。

「儂から王妃に伝える。よい。門を開け!!」

「はっ」

彼は慌てて戻り、大きく門扉を開いた。



「ハアロ大将軍。恩に着る。其方に借りが出来たのう」

ジィド伯は静かに微笑んだ。深く皺を刻んだその顔をハアロはまじまじと眺める。

「今宵の宿はここじゃ。皆の者。ゆっくりと休め」

ジィド伯が一行にそう言うと人々はがやがやと言いながら門から入って行く。

「シャルル。教会の者に言って皆の為に何か食べ物と水を貰っておくれ」

「御意」

シャルルは先に入って行った。

「それでは失礼仕る」

そう言ってジィド伯は馬を返して門から入ろうとした。それをハアロは呼び止めた。




「ジィド辺境伯。何故其方はリエッサが腹に詰め物をしていたと知っているのだ? 誰も知らぬはず……もしや、アクレナイトが? ……いや、それよりもどうしてリエッサの妊娠が嘘だと知っていたのだ?」

ジィド辺境伯はしばし考える。そして口を開いた。

「アクレナイトの息子殿、ルイス殿が儂の所に確認をしに来たのだ。神官に手紙を託したのかと。だが、儂はそんな手紙は渡していないし、リエッサ王妃の妊娠が嘘だという事など知らなかった」

ハアロは驚いた。

「な、何だと? では全てはアクレナイトの自作自演なのか? まさか?」

「違う!! よく聞け。ハアロ大将軍よ。いいか? アクレナイトは儂に手紙を送ったかと確認をしに来たのだ。誰かが儂の名を騙って神官の振りをしてアクレナイトに真実を知らせる手紙を送ったのだ。アクレナイトも騙されたのだ」

「何と!驚いた。……むう。誰がそんな事を……」

「それよりも何よりもアクレナイトを騙し、重臣や貴族、国民を騙したリエッサ王妃が悪いのではないのか? 其方の娘は王妃と言うには余りにお粗末過ぎる」

「くっ……」

ジィド伯に諭されてハアロはぐうの音も出なかった。


「ジィド辺境伯。もうひとつ教えて欲しい。その手紙には自分も騙されたと書いてあった。それは本当なのか? 本当だとしたら一体リエッサは其方に何をしたのだ?」

「それは娘殿に聞けば良い。だが、それを知られる事は儂にとっても大きな恥じゃ」

ハアロはじっとジィド伯を見詰めた。そして大きなため息を吐いた。

「恥ずかしい話だが、あの娘は嘘を吐く。それも平気な顔をして親さえも騙すのだ。

今回もとんでもない嘘を吐きよった。儂がジィド伯に何かやったのかと言ってもジィド伯の勘違いと言うばかり……。偽妊娠の件では儂はアクレナイトに合わせる顔が無かったよ」

そう言って肩を落とした。


「ハアロ大将軍よ。リエッサ王妃は隣国ブラックフォレスト王国の王女サツキナ姫を儂に妾として献上すると言ったのじゃ。その代わり増税に応じろと。そして二度とジョレス国王の喪に服せと言うなとな」

ハアロは驚いた。

そんな密約が事もあろうか一国の王妃とこんなジジイの間に交わされたとは!

それも隣国の王女! どうやって献上するのだ? まさか拉致? 拉致なのか?


「勿論、サツキナ姫は送られて来なかった。儂は馬鹿な色ボケ爺だったのじゃ。とても恥ずかしい事じゃがのう。儂は儂をコケにしたリエッサ王妃を憎んだ。

じゃがの、今回儂が王都まで来たのはリエッサ王妃に助けを請うためじゃった。情けの無い話じゃが、儂は息子達に塔に幽閉されてしまってのう。シャルルに助けられて命からがら逃げて来たのじゃ。リエッサ王妃に援軍を頼んで息子達を懲らしめようと思っただけなのに、いつの間にか祭り上げられ、こんな風に皆が付き従う様になってしまった。儂が呼び寄せた訳では無い。皆勝手に付いて来たのじゃ。儂は国を救う大神官的な役割を背負わされてしまって引くに引けなくなったのだ」

ジィド伯は苦笑いをした。


「じゃがのう……もうここまで来たら、それを背負っていくしか無かろうよ。儂の後ろにはこの何倍もの無辜の民が付き従っていたのじゃ。それを何とかここまで減らす事が出来たのは、その、アクレナイトの息子殿のお陰よ。ルイス殿が助言してくれたから無駄に命が損なわれなくて済んだ。

命を懸けてまで、リエッサ王妃に物申したいという無力な民や神官がこれ程おるのじゃ。それについてはハアロ大将軍よ。其方はどう思われるだろうか?

戦が無くなって用無しになり仕事を失った傭兵や、借地料が払えなくて困窮しておる小作人や、子供が病気になっても金が無くて薬も買えず子供を亡くした親達もおる。

道々には物乞いが座り込んでおったよ。物乞いも増えたのう……。

イエローフォレスト王国はいつの間にこんなに貧しい国になってしまったのかと儂は驚いた。


儂は本当は逃げたかった。逃げて領地の塔に閉じこもりたかった。だが、儂の浅慮がこれを招いた。せめて最後まで責任を取らねばと漸くここへ来て覚悟を決めた次第よ。陸軍の兵を見てのう。これは逃げられぬと悟ったのじゃ」


「儂はもう仕方が無い。だが、シャルルだけは助けて欲しい。馬鹿な親父を思いやってここまで付いて来てくれたのだ。シャルルには何の罪も無い」

ジィド伯はそう言った。


「だが、シャルル殿もリエッサの悪行を知っておるのだろう? それを公にされては、この先リエッサの……」

「シャルルは言わない。決して。儂は全てを胸に仕舞って、ただのゼノン信者としてリエッサ王妃の前に出る。それは其方に約束しよう。だが、其方がシャルルも断罪すると言うのなら話は別じゃ」

「儂は国民に全てを明らかにしようと思う。儂の恥も全て公開してのう」

ハアロは腕を組んで考える。

「うむう。仕方が無い。ではシャルル殿は見逃そう。だが、決して他言はせぬと誓って欲しい。それでシャルル殿はどうやって逃がすお積りじゃ?」

「夜になったら神殿から脱出させる。そして我が領地へ向かわせる。二度と王都にはやって来ないと約束させるよ」

「うむ……」



「了解した。ジィド伯。……儂も子供を持つ親であるから、其方の気持ちはよく分かる。あんな娘だがのう」

「ご理解頂けたか。ハアロ大将軍よ。痛み入る。では明日」

「おう」


ジィド伯は頭を下げると静かに馬を進めた。

ハアロ大将軍はその後姿に苦々しく呟いた。

「変態の色ボケ爺の癖に。何を偉そうに説教しているのか。儂はお前の正体を知っておるぞ。……ふん。お前の好色がこんな事態を招いたのだ。その責任はきっちりと取って貰おう。……さらばだ。ジィド辺境伯」



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