ルイスとミア
リエッサの部屋から出て来たルイスはドアの前に立つフロレス武官に言った。
「フロレス武官よ。あなたはイエローフォレスト王国に忠誠を誓うか?」
そう尋ねた。
「当然であります。イエローフォレスト王国の為で有るならば私はこの命さえも惜しくは有りません」
緊張してそう答える有能な側近にルイスは笑い掛けた。
「命は惜しめ。国は潰えても命があるなら次を目指せる」
そう言うと深刻な目で言った。
「リエッサ王妃はまるで別人だ。人が入れ替わってしまったみたいに。それとも頭がおかしくなったのだろうか? 昔の事を悉く忘れてしまっている」
フロレス武官は黙ってルイスの顔を見詰める。
「良いか。注意して見ているんだ。脳に異常を来しているかも知れん。何をやり出すか分からない」
「……」
「貴殿は常にリエッサ王妃の傍にいる。変異はすぐ分かるはずだ。何かあったらまずは俺なり、ハアロ大将軍なりに伝えろ」
そう言うと去って行った。
ルイスの後姿は廊下を曲がって消えてしまった。フロレス武官は視線を戻すとリエッサの部屋のドアをじっと見詰めていた。
◇◇◇
王宮を出た所に馬車が停まっていた。
ルイスは従者に何やら伝えるとその馬車に乗り込んだ。
従者達は王宮を去って行った。
馬車の中にはミアがいた。
ルイスが馬車に乗り込むと馬車はすぐに動き出した。
ルイスの目は険しかった。
どさりと椅子に座った。腕を組んでミアをじっと見る。
◇◇◇
先程、リエッサの部屋へ行く前にミアと廊下で会った。
挨拶をして通り過ぎたルイスをミアは追って来たのだ。
「ルイス様。少しお話が」
ミアはルイスに声を掛けた。
一行は立ち止まった。
「お願いです。少しこちらに」
ミアは柱の陰を目で指し示す。
「ここで少し待て」
ルイスは従者に指示する。そしてミアの後ろを付いて歩いて行った。
ミアは立ち止まると辺りを伺った。
そして小声でルイスに言った。
「あの、……私の頭がおかしくなったと思われますでしょう。きっと。でもルイス様……」
ミアはもじもじしていたが意を決した様に言った。
「あれはリエッサでは有りません。リエッサでは無いと思うのです。……あれは我が家にいた老婆ルシールです。ルイス様。ルシールは魔女だったのです」
ルイスは驚いて目を見張った。
◇◇◇
ミアは「如何でした? ルイス様」と尋ねた。
ルイスは言った。
「それよりもどうしてミア様はそう思われるのか。それを先に伺いたい」
ミアは何と言っていいか分からなかったが、この所の不思議な出来事や、ルシール婆の言葉などについてぽつぽつと話をした。
乗馬の話や『私の子馬』と言う曲の事についても話をした。
話をしている内に、あれはリエッサでは無いという確信が強くなって行く。
テスタロッテの殺害についても自分の考えを説明した。
「テスタロッテはリエッサが偽妊娠を装っていた時にもリエッサと一緒にいました。テスタロッテがリエッサの風呂や着替えを一手に引き受けていたのです。リエッサの嘘に加担をしていたのです。リエッサの為にやったと言っておりました。テスタロッテは我が家からリエッサが連れて行った侍女です」
ルイスはそれを黙って聞いていた。
「リエッサは私的な事だけで無く国の政治についてもルシールに相談していたらしいのです。リエッサはルシールに唆されていたのです。悪いのはルシールです」
ミアは言った。
馬車はゆっくりと王都の西に向かう。
話を聞き終わったルイスはミアに言った。
「テスタロッテは大方リエッサに乗り移ったルシールに殺されたのでしょう。……全く、有り得無い話だ。しかし、あれはリエッサ王妃では無い。それは私もそう感じる……」
ルイスは少し黙る。
「本心を言えば、確信をもってそう言えます。だが、それは秘密だ。良いですか。誰にも言ってはいけない。ハアロ大将軍にさえも。これは大変危険な賭けだ。薄氷を渡る様な……。相手は魔女だ。知らぬ振りをしなさい。気付かれてはあなたの命もルシール婆の中にいるリエッサ王妃の命も危ない。
リエッサ王妃があなたの家を訪れる時には一人で会ってはいけない。
出来るだけ用を作って会わない様にして欲しい。ルシールは病気が悪化したと言ってどこかに移した方がいいだろう。どこかの療養所へでも……。そうしないと、いつ殺されてしまうか分からない。
何かあったら遣いを寄越してください。アクレナイト邸の私宛に。いいですか? これは今の所私とあなたしか知りません。何度も言います。注意してください。あなたに気付かれたと魔女に思わせてはいけない」
ルイスは言った。
「あの、主人にも言っては駄目なのですね?」
ミアは恐る恐る尋ねた。
「駄目だ。信じないと思う。魔女など……。誰も信じやしない。逆に侮辱罪で投獄されて死刑になるだけだ」
ルイスは答えた。
馬車は西門から繁華街に向かった。
その一角に馬車は止まった。ルイスは馬車から降りた。
彼を下ろすと馬車は走り去った。
ルイスは一人で繁華街の雑踏を歩くと小さな居酒屋へ入って行った。
店の主人に案内されて地下の部屋へ向かった。
「お父上はもうお見えです」
店の主人はルイスに言った。
ドアを開けると中にジョージとシンジノアがいた。
「ジョンから伝言を聞いた。リエッサ王妃はどうだった?」
ジョージは尋ねた。
「御父上。あれはやはりリエッサでは有りません。あれはルシール婆です。ルシール婆は魔女です」
ルイスは答えた。




