ルシールとルイス
ルシールがあれこれと考えを巡らせているとドアをノックする音が響いた。
ルシールは苛々とした。
この忙しい時に……。
「誰じゃ」
「フロレスで御座います。至急にリエッサ王妃にお伝えしたい事が」
「何じゃ。私は忙しいのだ。早く申せ」
ドアが開いてフロレス武官が顔を出した。
「はっ。申し訳が御座いません。リエッサ王妃。その、ルイス様が御帰りになられて……」
彼は青い顔をしている。
ルシールはぱあっと顔を明るくさせた。
「何?ルイスが。御父上の仕事が済んだから城に帰って来たのか?」
「いえ、そのルイス様では無く、本当のルイス様……」
フロレス武官はしどろもどろになる。
「本当も嘘もあるか。私にとってルイスはたった一人だ。愛しいルイス。ああ、会いに来たという事は私の嘘を許してくれるのだな。なんて心の広い……」
「あの違うのです。リエッサ様……」
そう言ったフロレス武官を押し退けて大柄な騎士が部屋に入って来た。
「ご無沙汰しておりました。リエッサ王妃。私の愛する妻よ。そうです。ルイスはただ一人。そのルイスが地獄の淵から舞い戻って参りました。あなたと結婚するために」
ルイスはそう言うと王妃を炎の様な目で見た。
ルシールは「あっ」と叫ぶとそのまま動けなくなった。
「リエッサ王妃。私が誰かは分かりますか?」
ルイスは言った。ルシールはごくりと唾を飲んだ。
「ルイス・アクレナイト……死んだ筈では……」
ルイスは、はははと声を出して笑った。
「私が死んでいた方があなたには都合が良かったのですか? リエッサ王妃よ。
ところでフロレス武官。何故、シンジノアがルイス・アクレナイトになっていたのかその訳を教えて貰おう」
ルイスはドアの所で固まったまま二人を見ているフロレス武官に声を掛けた。
フロレス武官はちらりとリエッサ王妃を見る。
「それは、あの……」
「私とシンジノアでは顔も体格も違う。髪の色だって違う。君なら間違うか?」
「いえ……」
「フロレス武官よ。ここはもういいから部屋から出て行きなさい」
ルシールは震える声で言った。
「いいのですか? フロレス武官を追い払ってしまって」
ルイスはそう言うと椅子を引き寄せて座った。
「あなたと私、二人だけになってしまうが。 まあ、私はどちらでも構わないが」
ルシールはフロレス武官を見て頷く。
フロレス武官は一礼をして部屋を出て行った。
「さて、リエッサ王妃。話を続けよう。実を言うと理由は知っている。父上に教えて頂いた。あなたは私恋しさにシンジノアを私と取り違ったという事だ。シンジノアがルイスでは無いと言うと、あなたはパニックに陥って大騒ぎをするから、誰もがあなたを思い遣ってシンジノアをルイスと呼んだ。あなたのお腹の子供の為に」
ルイスはそう言うとぎろりと王妃を睨んだ。ルシールはびくりとした。
「子供は?お腹の赤子はどうしましたか?」
「子供は流産してしまった」
ルシールは小さな声で言った。
「はっ!この期に及んで嘘を吐くとは!」
「言ったであろう。私は父から話を聞いたと」
ルシールは黙り込んだ。そしてルイスを睨み付けた。
「知っているなら聞かなければいい」
ぼそりとそう言った。
ルイスは皮肉な笑みを浮かべた。
「あなたがそれほどまでに私を愛してくれているとは思わなかった。……そう言えば、私が贈った婚約指輪をあなたは」
ルイスは王妃の指に輝くブラッドピンクのルビーを指差して言った。
「あ、ああ……そうだ。あなたが私に贈ってくれた指輪だ。私はあなたを忘れたりはしなかった。あ、あなたを愛する余り、あなたの弟のシンジノア殿をあなたと思い込んでしまって……でも、今あなたの顔を見たら、あ、あ、あなたをちゃんと思い出して」
ルシールは慌てて言った。
「……」
ルイスはルシールを見詰める。
ゆっくりと椅子から立ち上がると彼女に近寄った。
ルシールは後ずさりする。
部屋の端に追い詰められたルシールは目の前に立ちはだかる男を見上げた。
体が小刻みに震えている。
「それほどまでに私を愛しているのなら結婚をしましょう。妊娠を謀ったのも錯乱したのも私を愛する由縁でしょう?」
「ああ。ルイス。そうだ。そ、その通りだ。だ、だが其方の御父上がお怒りになって、婚約を取り消したから、式はもう」
「いや、父の事などどうでもいい。あなたは私を愛しているのでしょう? 私は喜んであなたを妻に迎えます。あなたの過ちは私を愛しているせいですね?」
「も、勿論、その通りだ。だ、だがまずは私の父であるハアロ大将軍にも相談を」
「では、リエッサ王妃。夫である私のキスを受けてくれますか?」
「も、も、勿論だ」
ルイスはルシールの間近に顔を寄せてその頭巾を取った。
片頬の欠けたその顔。唇が半分消えていた。
歯茎がむき出しになっていて耳に掛けて肉が無かった。
ルシールは目を剥いた。
思わず「ぎゃー!!」と悲鳴を上げた。
そしてそこにへなへなと座り込んだ。
フロレス武官が悲鳴を聞いてドアを開けて走り込んで来た。
「リエッサ王妃!!」
振り向いたルイスの顔を見て立ち竦んだ。
唖然としてルイスを見詰める。
ルイスはフロレス武官に言った。
「海賊征伐で敵に切られて海に落ちた。そこで鮫に襲われたのだ。俺は瀕死の状態でオルカ国の浜辺に流れ着いた。そこの漁師に助けられたのだ」
ルシールはぶるぶると震えたままだ。
「どうして海賊なんかにやられたのか分からない。思い出せないのだ。長い間、生死の境をさ迷ったから」
「だが命は永らえた。天の助けだと思ったよ。俺はリエッサ王妃と自分の子供の為に生きてイエローフォレスト王国へ戻らなくてはと思った。その一念で何とか持ち直して、そしてここへ帰って来たのだ」
フロレス武官は感動の眼差しでルイスを見ると片膝を突き、頭を垂れた。
「ルイス・アクレナイト侯。よくお戻りになられました。イエローフォレスト王国はあなた様を待っておりました。あなた様に神のご加護が降り注ぎます様に」
そう言って両手を差し出した。
「あなたの御手に触れさせてください」
ルイスはその手をしっかりと握った。
「さて、リエッサ王妃よ。私はこの様な顔で戻って来た。あなたと子供の為に必死で。子供は消えてしまったらしいが。この様な顔であってもあなたは私を夫と認めてくれるだろうか? よく見ておくれ。一生を決める大事な決断だ。遠慮なく答えて欲しい」
ルイスは自分を見詰めたまま震えているリエッサ王妃に言った。




