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ミア

ルシールはリエッサの衣裳部屋でドレスを見ていた。

どれもこれもため息が出る程豪華なドレスだった。宝石だって素晴らしい物ばかりだった。

特にこの大粒のエメラルド。深く輝くグリーンはリエッサの白い肌によく似合った。だが、ルシールの一番のお気に入りは真っ赤なルビーだった。ブラッドルビー。血の滴る様な。

その美しさに見惚れた。ルビーはリエッサの誕生石だ。

これがルイスに送られた婚約指輪なのだろうと思った。

両手の指にそれぞれ違う指輪を付けて見た。

それを目の前に翳して見る。


中指と人差し指を失った自分の手を思い出した。


髪には真珠の髪飾りが付けられている。首にはダイヤを散りばめた首飾りが掛けられている。ルシールは鏡に映った自分の姿に満足した。



これからいくらでも贅沢が出来るのだ。ドレスだって宝石だって。

美しく装って私はシンジノア・アクレナイトと結婚する。

久し振りに男と交わる事が出来るのだ。このリエッサの体を使って。

そう思うと自然と笑みが浮かんで来た。涎が落ちそうだった。

「おっとと」

慌て涎を拭う。



男と交わるのはどれ位ぶりだろうか。ルシールは遠い記憶を思い出す。

もう何十年も昔にハアロ大将軍の父親に抱かれた。あの時以来だ。あれだって好きで抱かれた訳では無い。老齢に差し掛かった男に買われて後妻になっただけの話。

これからは男だって贅沢だって思いのままだ。



ルシールはシンジノア・アクレナイトと過ごす閨を想像しながら鏡を覗き込む。頬が紅潮していた。心が浮き立つ。そんな自分がすごく可愛らしいと思った。


「おや?」

首の所にぽつりと赤い湿疹が見えた。ルシールは何だろうと思った。

鏡に向かって襟を少し引っ張ってみる。

何か虫にでも刺されたのだろうか。そう思った。と、その時、ノックの音が聞こえた。

「リエッサ様。ミア様がお見えです」

侍女が部屋に来てそう告げた。



「リエッサ。テスタロッテが殺されたのですって?」

部屋に入るなりミアはそう言った。

「あら、お母様。よくご存じですわね」

ルシールは指から一つずつ指輪を外しながら言った。

宝石箱にそれを仕舞うとまた違う箱を開けて見る。そしてまた一つ一つを手に取って眺める。



ミアはそんなリエッサの姿を訝し気に見ていた。

この子はテスタロッテが亡くなって悲しくないのかしら?

そう思った。


「リエッサ。あなたが用を言い付けたのですって?」

ミアは言った。

ルシールはちらりとミアを見た。

「そうなのです。贔屓にしていた店に遣いを頼んだのです。その後でテスタロッテは何者かに襲われて殺されてしまったらしく……。物取りの仕業です。今、犯人を捜している所ですが、まだ見つかっていません」

「そうなのね。……私は幼い頃からあなたを見て来たテスタロッテが殺されてしまって、さぞかし悲しんでいるだろうと思って駆け付けたのだけれど……」

「あら、お母様。私はもう散々泣きましたわ。だって、テスタロッテは私を育てて来てくれた様なものですもの。泣いて泣き疲れて涙も枯れ果てましたの。幾ら泣いてもテスタロッテは帰って来ませんわ。私はそれに気付いたのです」

リエッサはまた宝石箱に視線を戻してそう言った。


ミアはリエッサの横顔を見詰める。

リエッサはその視線に気付く。


「お母様?」

「……ああ。何でも無いの。あなたが元気ならそれでいいわ。……ところでリエッサ。近い内にレノン湖まで遠乗りに行きましょう。紅葉が綺麗よ。乗馬にはぴったりだわ」

ミアは言った。

「乗馬? ああ。お母様。申し訳が有りません。私は今忙しいの。ジィド辺境伯の事もあるし遠乗りなどやっている暇は御座いませんの」

「えっ?」

ミアは驚いた。

「だって、あなたが屋敷にいる時に言ったのしょう? レノン湖まで栗毛の馬で乗馬をしたいって」

「えっ? あ、あら、そうですわね。御免なさい。お母様。この所、忙しくてすっかり忘れていました。でも、お母様。今はそれ所じゃ無いの。王宮に帰って来てから休む暇も無い位忙しいの」

ルシールは慌てて言った。

ミアはリエッサを見詰める。その目に疑惑の色が浮かんでいた。


忙しいって言って、あなたは今ずっと宝石を見ていたじゃないの……

そう思った。


リエッサはミアの目を見ないで冷たく言った。

「お母様。……特別、御用が無いのなら帰ってくださるかしら」

ミアは目を見張った。

そして項垂れた。

「リエッサ。忙しい所を邪魔して御免なさい。あなたが心配だったから……。でも心配は無用だったらしいわね。公務が一段落したらまた家に来てくれる?」

「ええ」

ミアはドアへ向かった。

ふと立ち止まる。



「リエッサ、覚えているかしら?昔、あなたがサロンで歌った曲」

「そんなの覚えていないわよ」

「あら?変ね。あなたは絶対に覚えていると思ったけれど」

ルシールは疑り深い目でミアを見る。

「どうして?」

「だって、結婚式には是非それを演奏させるって言っていたじゃないの」

「えっ?」

ルシールは驚く。

「私、そんな事を言ったかしら?」

「言っていたわよ。思い出深い曲だからって。それで楽譜を」

ルシールは慌てて言った。

「ああ、そうね。言ったわね。確かに言ったわ。この所、色々とあって忘れていたわ。そうそう。楽譜をって言ったわ。楽譜はまだ頂いていなかったかしら? 御免なさい。忘れてしまって」

ルシールはしどろもどろになる。


ミアはじっとリエッサを見詰める。

「御免なさい。お母様。ずっと王宮を留守にしていたから公務が溜まってしまって……忙しくてそれ所じゃ無かったのよ。それに結婚式は無くなってしまったし……」

「そうね。残念ね。題名は勿論覚えているわよね?」

ミアは言った。

「だ、題名? ええっと、ええっと、何でしたっけ……」

焦るリエッサをじっと見る。

「題名は『青い小鳥』よ。楽譜はまだ渡していないわ。忘れてしまうなんておかしいわね。結婚式に演奏させる程、あなたは気に入っていたのにね」

「ああ、今、思い出したわ。そうそう『青い小鳥』だったわ。大丈夫。お母様。ちゃんと覚えていてよ。ではまた後程」


ルシールはせかす様にそう言ってミアはドアから出て行った。


ルシールはドアを見詰める。

「ちっ」と舌打ちをした。

自分が失敗をしたのかどうかも分からなかった。

何とかごまかしたがミアは何か疑いを持っただろうか……?

それともミアは何か探りに来たのだろうか?

リエッサが何を言っても呆けた老女の言っている事だから気にもすまいと思っていたが……。

 

 ルシールは床に這いつくばってベッドの下に隠して置いた鞄に手を伸ばした。

 中身を確認するとまたベッドの下に戻した。

毒は必需品だ。いつどこで必要になるか分からない。


テスタロッテは人を雇って殺害した。

同様にリエッサとミアも早めに始末した方が良いかも知れない。

そう思った。



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